【短編】傘は忘れずに

オオオカ エピ

第1話

「君は本当に天気に愛されているよね」


 夫が感嘆とともに漏らした。

 何度目か判らない台詞。


 私達の眼の前には、爽快なほどに美しい青空が広がっていた。

 

 ただし、今日が快晴だという話では無い。

 後ろを見れば、水を含んで重い黒い雲が、すぐにでも雨を落とそうと待ち構えている。

 ほんの奇跡のような雲の切れ目に、私達は居るというだけの話だ。


 どう考えても雨。


 気圧配置、雲の流れ、雨以外あり得ないだろうという天気予報、予定通り旅行に来た私達はまだ傘を開いていない。


 道中は雨だった。

 これ以上無い、土砂降りだった。

 ただ、観光予定の地に降りたつと、不思議と雨は保つ。

 そして、時にはこうして晴れ間すら見せている。


「何度も言うけど、こればかりは、龍神様に感謝としか言えない。あるいは、ご先祖様か……」


 私は、目の前の美しい景色に、大きく息を吐いた。


 私は天気に愛されている。

 実感したのはいつだっただろう。


 その日に限って晴れる。


 行った場所、私が行ったそのタイミングだけ晴れていた。


 私が通ったルートだけが晴れていた。


 ずっと入場待ちで並んでいて、会場に入ったとたん土砂降りになった。


 家に入った途端、雨が降った。


 そんなことが、偶然ですまされないほどにある。


 逆だってある。


 めったに来られないアミューズメントパークに来た時、むしろ雨が降ってくれないかなと私は思っていた。

 そうすれば、人の出が減る。思い切り、楽しめる。

 ——本当に雨だった。


 私は晴れ女というわけではないことを知った。


 やはり、天気に愛されているのだ。


「予報では雨だって」

「大丈夫、私が乗り気の行事なら、たいてい晴れるから」


 そんなことを口にすると、本当に晴れる。


「今日、雨じゃなくて良かったよね。昨日も明日も土砂降り予報」

「だって、私が乗り気だったからね」

「……?」


 意味がわからないだろう。

 私だってわからない。 


 私は、自分自身、水の神様にここまで愛されるほど徳を積んだ人間では無いということを知っている。


 きっと、ご先祖様が多大な対価を払ってくれたお陰で、この加護をうけているのだと思うしか無い。


「ホントに、ご先祖さまに感謝だよ……」


 ただし、傘は忘れずに。


 いくらささないからと言って、傘を忘れる時に限って、雨は降る。

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