第3話 「年中行事に、するな!」

 断言する。

 告白は、年中行事にしていいものじゃない。


 問題は、愛結が“約束”を覚えていたことじゃない。

 子どもは、案外そういうものを覚えている。


 もっと厄介なのは……

 毎年、律儀に“約束”を更新してきたことだ。


 近所の公園。

 いつもの砂場。


 季節は春。

 桜が散り始める頃。


 俺は中学三年生になっていた。

 受験がちらつき始め、

 周囲が急に「将来」の話をし始める、あの時期だ。


 なのに。


「かずおに~ちゃん!」


 背後から聞こえる声は、

 まるで去年と変わらない。


 振り返ると、

 ランドセルを背負った愛結が、砂場の前に立っていた。


 小学四年生。


 ああ……またか。


「ん? なに?」


 できるだけ淡々と返す。


 愛結は、こちらを見て、にこっと笑った。


「今年も、聞くね。」


 嫌な予感しかしない。


「聞かなくていい。」

「だめ!」


 即却下。


 そして、胸を張る。


「彼女にして!」


 ほら来た。


「だから、まだ早いって言ってるだろ!」


 俺は頭を抱えた。


「何回目だと思ってるんだ!」

「四回目!」


 即答。


 回数、数えてたのかよ。


「ほら、ちゃんと続いてるよ?」

「続けなくていい。」


「でも、約束したもん」


 ふくれっ面がかわいい……

 いや、そうじゃなくて。


 その一言で、

 俺の防御力は一気に下がった。


 正直に言うと、

 この頃にはもう分かっていた。


 これは一過性の冗談じゃない。

 照れ隠しでも、勢いでもない。


 愛結は、本気だ。


 だからこそ、

 適当に流すわけにもいかなかった。


「なあ、愛結」


 俺は、砂場の縁に腰を下ろした。


「彼女っていうのはな」


 できるだけ、

 大人っぽく説明しようとする。


「好きって言うだけじゃ、だめで」

「うん」


 聞く姿勢が完璧。


「責任とか、将来とか」

「うん」


 ちゃんと頷く。


「いろいろ考えなきゃいけないんだ」


 ここで、困った顔をしてくれれば楽だった。

 でも。


「それなら……」


 愛結は、少し考えてから言った。


「愛結、待つよ?」


 あまりにも、自然に。


 胸の奥が、

 少しだけざわついた。


「待つって……」

「大人になるまで」


 さらっと言うな。


「かずおに~ちゃんが、大人になって」

「準備ができたら」


 にこっと笑う。


「そのとき、彼女にして」


 それは……ずるい。


 逃げ道を、ちゃんと残しつつ、

 拒否もさせない言い方。


「はぁ~……分かった」


 俺は、深く息を吐いた。


「分かったからな」


「せめて、毎年言うのはやめろ」


 切実な願い。


「なんで?」

「俺の心臓に悪い」


 即答。


 愛結は、きょとんとしてから、

 くすっと笑った。


「じゃあねぇ……」


 嫌な予感。


「学年が変わるたびに、聞くね!」


 ……いや、それ変わってないからな。


 それからというもの。


 愛結の告白は、

 完全に定例行事化した。


 春。

 新学期。

 学年が一つ上がる。


 すると。


「今年は五年生です!」

「彼女にして!」

「関係ない!」


「今年は六年生です!」

「彼女にして!」

「関係ないって言ってるだろ!」


 中学に上がっても。


「中学生になりました!」

「だからなんだ!」

「見て! 制服! どう? かわいい? 彼女にして!」

「論点ずれてる!」


 もう、逃げるタイミングすら読める。


 それなのに。


 逃げきれたことは、

 一度もなかった。


 今思えば。


 あれは、告白じゃない。

 確認作業だった。


 約束が、まだ有効か。

 俺が、まだ逃げているか。


 毎年、毎年。

 同じ砂場で。

 同じ距離で。


 愛結は、

 変わらない目で、俺を見ていた。


「なあ……」


 ある年、俺は思わず聞いた。


「なんで、そんなに俺なんだよ」


 愛結は、少し考えてから言った。


「ん~……約束したから」


 それだけ。


 理由としては、

 あまりにもシンプルで。


 だからこそ、

 重かった。


 告白が、年中行事になった時点で。


 俺はもう、

「いつか向き合う」ってことから、

 逃げられなくなっていたのかもしれない。


 その事実に、

 まだ気づかないふりをしながら。

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