『約束は、今度こそ本物』 ~幼馴染と十年越しの恋~

しゆう

第1話 「大きくなったら、お嫁さん」

 人生には、

 軽い気持ちで言った一言が、あとになって牙を剥くことがある。


 俺の場合、それは……

 近所の公園の砂場で交わした、ひとつの約束だった。


 その公園は、住宅街のど真ん中にある。

 小さな滑り台と、ブランコと、申し訳程度の砂場。

 子どもたちが遊び、大人たちが立ち話をする、どこにでもある場所だ。


 当時の俺――結城和臣は、小学五年生。

 部活も始まって、少しだけ「子ども」から抜け出した気になっていた頃だった。


 砂場の縁に腰を下ろし、ぼんやり空を見ていたとき。


「かずおに~ちゃ~ん!」


 背後から、全力の声が飛んできた。

 振り返ると、そこにいたのが、高原愛結だった。


 年長さん。

 ツインテール。

 膝には絆創膏。

 手も服も、しっかり砂まみれ。


 近所に住んでいる、

 いつもこの公園で見かける女の子だ。


「どうしたんだよ、愛結」


 そう声をかけると、

 愛結は砂場の中に立ったまま、急に胸を張った。


 今思えば、あれは宣言のポーズだった。


「あのね!」

「うん」

「愛結ね!」


 無駄に溜める。

 そして、


「大きくなったら、かずおに~ちゃんのお嫁さんになるっ!」


 ……は?


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 でも、すぐに理解して、笑った。


 幼稚園児の定番台詞。

 可愛い冗談。

 その程度の認識だった。


「そっか~……」


 俺は軽く頷き、

 砂場にしゃがみ、愛結と目線を合わせた。


「じゃあさ、」


 今なら分かる。

 ここで黙っていればよかった。


「大人になったら、結婚しようか。」


 完全に、軽率だった。


 次の瞬間。

 愛結の目が、ぱあっと輝いた。


「ほんと!?」

「ああ、ほんとほんと」

「うそじゃない!?」

「うそじゃないって」


 頭を撫でると、

 愛結はぴょんと跳ねた。


「やったー! やくそくだよ!」


 そう言って、俺の小指を掴む。


 指切りげんまん。


 その小指が、やけに小さかったことだけは、

 今でも妙に覚えている。


「はいはい、約束な」


 このときの俺は、知らなかった。


 この約束が、

 十年以上、効き続けることになるなんて。


 数年後。


 舞台は、同じ近所の公園。

 同じ砂場。


 ただし、登場人物の年齢が変わっていた。


 愛結は小学三年生。

 俺は中学二年生。


「ねえ、かずおに~ちゃん!」


 真剣な声で呼ばれて、嫌な予感がした。


「ん?……なに?」


 愛結は砂場の前に立ち、

 昔と同じように胸を張る。


 嫌な既視感。


「彼女にして!」


 直球だった。


「は!?」


 思わず声が裏返る。


「いや、ちょ……ちょっと、待て待て待て!」

「なんで?」

「なんでって……」


 言葉に詰まる。


 小学生と中学生。

 どう考えても、おかしいだろ。


「年齢差とか!」

「関係ない!」

「俺、中学生だし!」

「愛結も、すぐ大きくなるもん!」


 理屈が強すぎる。


「そういう問題じゃなくてだな……!」


「……高校生になったら、とか」


 苦し紛れに言った、その言葉。


「ほんと!?」


 目が輝いた。


「え、いや、それは……」

「約束だね!」


 小指を差し出される。


 俺は、またしても負けた。

 何も考えずに、指を出してしまった。


 これが、すべての始まりだった。


 それから先。


 愛結は、毎年言った。


 学年が変わるたびに。

 背が伸びるたびに。

 声が少し大人になるたびに。


「彼女にして!」


 俺は、そのたびに逃げた。


 まだ早い。

 年齢差がある。

 将来のことがある。


 俺には医者になる、という夢があることを盾にして。


 そして、今年。


 愛結は高校一年生。

 俺は大学三年生。


 あの砂場で交わした軽い約束は、

 もう冗談では済まされない重さになっている。


「ねえ、和臣」


 今日も、彼女は同じ言葉を言う。


「彼女にして?」


 俺は、深く息を吸って。

 今日も、答えを先延ばしにする。


 それが、

 どれほど残酷なことか分かりながら。

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