第2話

測定不能の数値が表示された瞬間から、零の日常は一変した。


翌日の朝、教室に入ると視線が集中する。今までとは明らかに違う、興味と好奇心に満ちた眼差し。


「おい、零。昨日の測定、マジだったのか?」

「機械の故障じゃないよな?」

「お前、いつの間にそんな強くなったんだ?」


今まで無視していたクラスメイトたちが、次々と話しかけてくる。零は適当に相槌を打ちながら、自分の席に着いた。


窓際の席から外を見る。校庭では、早朝から訓練に励む生徒たちの姿。冒険者育成高校では、強さこそが全て。昨日まで零は、その価値観の最底辺にいた。


「神代君」


声の主を見ると、クラスで最も目立つ少女が立っていた。


天宮香織。学年トップの氷魔法使いで、ルックスも抜群。長い黒髪と整った顔立ち、そして圧倒的な実力。誰もが認める天才だ。


零とは今まで、ほとんど会話したことがない。接点がなかったというより、香織が零を眼中に入れていなかった。


「昨日の測定、見てたわ」

「...そうか」

「機械の故障じゃないのよね?」

「さあ、どうだろう」


零の素っ気ない態度に、香織は少し眉をひそめる。しかしすぐに、興味深そうな笑みを浮かべた。


「面白いわね。測定不能なんて、この学校始まって以来よ」

「それで?」

「私と、手合わせしない?」


教室がざわめく。天宮香織が、神代零に模擬戦を申し込んだ。


「興味ないな」

「あら、怖いの?」

「別に」

「じゃあ、受けてくれるわよね」


香織の目が、挑戦的な光を帯びる。零は小さくため息をついた。


「放課後でいいか?」

「ええ、楽しみにしてるわ」


香織は満足そうに自分の席に戻る。教室はさらに騒然となった。


「マジかよ、天宮さんと零が戦うのか」

「絶対見に行く」

「でも、零が勝てるわけないだろ」

「測定不能ったって、機械の故障だろうし」


放課後、訓練場。


模擬戦の噂はすぐに広まり、訓練場には大勢の生徒が集まっていた。二階の観覧席まで満員だ。


中央のリングに、零と香織が向かい合って立つ。


香織は氷魔法用の杖を構え、余裕の笑みを浮かべている。一方の零は、複製カリバーンを腰に差したまま、無表情だ。


「ルールは簡単。相手を戦闘不能にするか、ギブアップさせたら勝ち。魔法も武器も使用可。いいわね?」


監督役の教師が確認する。二人とも頷いた。


「では、始め!」


開始の合図と同時に、香織が杖を振るう。


「アイスランス!」


氷の槍が三本、零に向かって高速で飛来する。Bランクの氷魔法、その威力は鉄板を貫通するほどだ。


零は剣を抜き、ゆっくりと構える。


氷槍が零の眼前に迫る。観客席から悲鳴が上がる。


次の瞬間、零の剣が一閃。三本の氷槍が全て、空中で切断された。


「...え?」


香織の表情が変わる。今の魔法は、確実に命中するはずだった。それを、切り払った?


「次はこっちの番だ」


零が地面を蹴る。その速度は、香織の目には残像にしか見えなかった。


「速っ...!」


香織は反射的に防御魔法を展開する。


「アイスウォール!」


氷の壁が香織の前に出現する。厚さ三十センチの氷壁、並の攻撃では傷一つつかない。


零の剣が、氷壁に触れる。


音もなく、氷壁が真っ二つに切断された。


「嘘...」


香織の目の前に、零の剣先が突きつけられていた。


「終わりだ」


静寂。


観客席の全員が、言葉を失っている。天宮香織が、開始十秒で敗北した。


香織は呆然と零を見上げる。今まで誰にも負けたことがない。自分が最強だと信じていた。それが今、完膚なきまでに打ち砕かれた。


「...私の負けよ」


香織の声は震えていた。悔しさではない。恐怖でもない。これは──興奮だ。


零が剣を鞘に収め、リングから降りようとすると、香織が声をかける。


「待って」

「何だ」

「あなた、本当に神代零?」

「他に誰がいる」

「信じられない...あの無能が、私を倒すなんて」


無能。その言葉に、零は少し眉を動かした。


「今まで何度も、あなたを見下してた。ごめんなさい」


香織の謝罪に、観客席がざわめく。天宮香織が、頭を下げた。


「もういい。過ぎたことだ」

「ねえ、一つ聞いてもいい?」

「何だ」

「その剣...普通じゃないわよね。それが、あなたの力の源?」


香織の鋭い指摘に、零は少し驚く。やはり天才は違う。一度の戦闘で、本質を見抜いている。


「かもな」

「どこで手に入れたの?」

「作った」

「...作った?」


香織の目が見開かれる。


「お前、俺の戦闘適性知ってるだろ。全部E。でも、武器加工適性だけはSだった」

「まさか...その剣を、自分で?」

「五年かかったけどな」


香織は零の腰の剣を見つめる。確かに美しい剣だ。しかし、それだけであの圧倒的な力を?


「私、決めたわ」

「何を」

「あなたのパーティーに入れて」


零は思わず香織の顔を見た。天才魔法使いが、自分のパーティーに?


「なぜ」

「あなたは強い。でも、一人じゃ限界がある。私の魔法があれば、もっと高難度のダンジョンに行ける」

「自分の利益か」

「それもあるけど...」


香織は少し頬を赤らめる。


「あなたと一緒なら、私ももっと強くなれる気がするの」


零は少し考え、そして頷いた。


「好きにしろ」

「本当!?」

「ただし、俺の指示には従ってもらう」

「もちろん。あなたがリーダーよ」


香織は嬉しそうに笑う。その笑顔を見て、零は初めて彼女が年相応の少女だと気づいた。


週末、零と香織は近隣のCランクダンジョンに挑んでいた。


Cランクは、中級者向けのダンジョン。出現するモンスターは、Eランクとは比較にならない強さだ。


「アイスボルト!」


香織の魔法が、三匹のゴブリンを凍結させる。零が一閃で切り捨てる。二人の連携は、まだぎこちない。


「神代君、右!」

「わかってる」


右から襲いかかるオーガを、零が瞬時に切り伏せる。香織は零の背中を見ながら、改めてその強さを実感する。


中ボス部屋に到着する。扉を開けると、巨大なトロールが待ち構えていた。


「Cランクのボスね。いくわよ」

「待て」


零が香織を制止する。


「まず、お前の装備を見せろ」

「え?」


香織は自分の杖を差し出す。市販の魔法杖、性能はそこそこだが特筆すべき点はない。


零はじっくりと杖を観察し、そして言った。


「これじゃダメだ」

「え? でも、これC級の杖よ? 学生には十分な性能のはずだけど」

「お前の魔力を、半分も引き出せてない」

「半分...?」


香織は驚愕する。自分の魔力が、まだ半分しか出ていない?


「お前の氷魔法の適性はSランク。それなのに、こんな量産品の杖じゃ意味がない」

「じゃあ、どうすれば...」

「俺が作る」


零の言葉に、香織は目を輝かせる。


「本当に?」

「ああ。お前専用の、最高の魔法杖を作ってやる」

「ありがとう!」


香織の嬉しそうな表情を見て、零は少し照れくさそうに視線を逸らす。


「その前に、このボスを倒す。素材が必要だからな」

「わかったわ。全力でサポートする」


トロール戦が始まる。香織の魔法が、トロールの動きを封じる。零が斬りかかり、見事に討伐成功。


戦闘後、零はトロールから魔石を回収する。Cランクの魔石、これがあれば良い杖が作れる。


「よし、これで材料は揃った」

「どれくらいで完成する?」

「三日もあれば」

「楽しみ...」


香織は子供のように目を輝かせている。零はその姿を見て、少し微笑んだ。


三日後、放課後の武器部室。


零は完成した魔法杖を手に、香織を待っていた。扉が開き、香織が飛び込んでくる。


「できた?」

「ああ」


零が差し出した杖を見て、香織は息を呑んだ。


透明な水晶で作られた柄、その中に青い魔石が埋め込まれている。杖の先端には、雪の結晶のような装飾。まるで芸術品のような美しさ。


「これ...本当に私の?」

「触ってみろ」


香織が杖を握った瞬間、杖が青白い光を放つ。そして、香織の身体に膨大な魔力が流れ込んできた。


「これ...すごい...」


今まで感じたことのない魔力の量。まるで全身が力で満ち溢れている。


「試してみろ」


香織は外の訓練場に出て、標的に向けて魔法を放つ。


「アイスボルト!」


放たれた氷の矢は、今までの三倍の大きさ。標的を貫通し、背後の壁まで凍結させた。


「嘘...これ、私の魔法?」

「お前の本来の力だ」


零の言葉に、香織は改めて杖を見つめる。この杖が、自分の真の力を引き出している。


「ねえ、零」


香織は零を見る。その目には、尊敬と感謝と──別の感情が混ざっていた。


「ありがとう。この杖、一生大切にする」

「壊さないようにな」

「もちろん。これは、零が私のために作ってくれた、世界で一つだけの杖だもの」


香織の頬が少し赤い。零は気づかないふりをして、視線を逸らす。


「じゃあ、次はもっと難しいダンジョンに行くぞ」

「ええ。零が行くなら、どこまでも」


二人のパートナーシップは、この日から本物になった。そして香織の心に、零への特別な感情が芽生え始めていた。


翌週、学校の実技測定。


香織の戦闘力測定の番が来ると、観客席が色めき立つ。新しい杖を手にした天才魔法使いが、どれほどの力を見せるのか。


「天宮、始めろ」


教師の合図で、香織が魔法を放つ。


「アイスストーム!」


訓練場全体が凍結する。Aランクの氷魔法、それを軽々と発動させた。測定器の数値が跳ね上がる。


戦闘力、Sランク。


「Sランク...だと?」


教師が呆然とする。つい先週まで、香織の戦闘力はAランク上位だった。それが一週間で、Sランクに?


観客席がざわめく中、香織は零の方を見る。零は小さく頷いた。


「神代君の杖のおかげです」


香織の言葉に、全員の視線が零に集中する。


無能と呼ばれた少年が、天才魔法使いをSランクに引き上げた。


零の名は、この日から学校中に知れ渡ることになる。そして、零のパーティーに加わりたいという希望者が、続々と現れ始めるのだった。

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