緑の星
たつじ
緑の星
きっかけは芸能人の自殺だった。母はコロナ不況による人員削減が原因で長年続けたパートを辞め、レジを打つ代わりにユーチューブで動画を見ることが日課となった。そこで偶然に、政府によって隠された不都合な真実を知ったのだと言う。
「あの俳優さん、実は殺されたんだって!」
よくあるゴシップだと思ってまともに取り合わなかった。WEB雑誌の泡沫記事の締め切りに追われていたのもある。それでも私は、あの時に芽を摘んでおくべきだったのだ。並んでいる動画は過去の視聴履歴から逆算されているだけで、決してあなたのために運命的に現れたのではないと説明してあげればよかった。FBIだとか宇宙人だとかゴム人間だとかディープステートだとか、覚えたての言葉をまくしたてる母の白目のかがやき。唇の端に溜まった泡。皺の目立ってきた手に、ぎゅっと握り込まれたセーターの袖のほつれを、今も覚えている。
陰謀論にハマる人は不安が強い。宙ぶらりんな状況に耐えられず、手っ取り早くそれらしい物語を信じて、答えとして縋るのだ。昔、天井の星を繋げて星座と神話を作った人間も、あの得体の知れない光に耐えることができなかったのだろうか。夜空を見上げれてみればなんだか納得がいった。十月だというのに、身体にまとわりつく空気は重く湿って生あたたかい。パジャマにカーディガンを羽織り、サンダルを引っかけただけで出てきた。夜食を買いに行くというのは口実で、本当は一秒だって家にいたくなかった。
「組織の攻撃で隕石が降ってきて、世界が滅びるんだよ」
その夜、いつものように母の時間が始まった。父は大きな上背をわざとらしく丸めて、さっきまで戦争のニュースを流していたテレビを消して二階の自室に引き上げた。白熱する母の相手をするのはいつも私の役割だった。チラシも汚れたコップも片付いていないダイニングに飾られた写真たちの中では、若い母も子供の私も笑っている。全部父が撮ってくれたものだ。視界の端で母の激しい身振り手振りがチラつく。へぇ、そうなんだ。そうなんだ。メンタルをやられている人は、話を聞いてあげるとある程度は満足するらしい。そんなまとめ記事を書いたことがある。
「ちょっとアンタ、アンタの心配をしてるのよ」
「うるさいな!」
自分でも思ってもないくらい大きな声が出て驚いた。
「……ごめん。お腹空いたからコンビニ行ってくる」
母はいつも真剣だ。仕事ができなくていじめられていたパートだって、『人間同士なのだからいつか分かり合える』とか言いながらひと一倍真面目にやっていた。引きこもってウソの占い記事や無責任なまとめ記事をひたすら量産している私より、会社との往復以外の時を四六時中自室でマインスイーパをして過ごす父より、よっぽどずっと世界に対して真摯だと思う。だけど、それだけだ。騙されてばっか。弱くて可哀相なお母さん。
考え事をしながら、思わせぶりに店内をうろつくのにも飽きた。レジ横の残り物の揚げ物を買って、自動ドアをくぐる。
均一なデザインの建て売りに挟まれた坂の上。空を裂くように、星が緑色の帯をひいていた。
本当に隕石が降って来たのだろうか。決済を終えたばかりのスマホで写真を撮って検索すると、AIが選んだ彗星の情報が飛び込んできた。スクロールして続きを読む。レモン彗星のレモンとは、観測された天文台の名前で、果物のレモンのことではない。緑色の尾は燃焼する二原子炭素の輝線である。次に見られるのは千四百年後。
坂を上りきってドアを開けると、玄関で母が待ちかまえていた。どうせ話の続きがしたくてたまらないのだろう。息を止めて身構えたのに、
「ココア作ったから飲んでね」
泣き笑いみたいな顔でそれだけ言って、二階に上がっていった。
いっそあの緑の星が、本当に隕石だったら。お母さんのことを嫌いになってしまった私なんて、全部吹き飛ばしてくれたらよかった。お母さんの信じてること全部本当だったらよかったのに。こんなに壊れていても世界はまだしばらく続くらしい。それでも千四百年経てば、跡形もなく消え去っているだろうが。
緑の星 たつじ @_tatsuzi_
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