第4話


確かに、この手の極限状態じゃ、真っ先に食い物と飲み物が棚から消えるのが「世界の常識」だ。

佐藤は、荒れ果てた店内の床に転がる、中身をぶちまけられたスナック菓子の袋や、踏みつぶされた飲料缶を横目に鼻で笑った。


「……ったく、どこのど素人が荒らしやがった。これじゃ『持ち出し』じゃなくてただの『不法投棄』じゃねぇか。整理整頓もできねぇのかよ」


佐藤が目をつけたのは、普通の人間が真っ先に飛びつく「飲料棚」や「レジ前の目立つ場所」じゃない。現場監督としての15年の経験と勘が、彼を「本来そこにあるはずのない場所」へと導いた。


「こういう時はなぁ……。納品待ちのバックヤードか、あるいは『季節外れの特設コーナー』が狙い目なんだよ。シロウトは面(ツラ)しか見ねぇからな」


佐藤は、サービスカウンターの奥、従業員用の狭い通路をバールで抉じ開けた。

案の定、そこには「賞味期限切れによる廃棄待ち」としてバックヤードの隅にまとめられ、忘れ去られていた段ボールの山があった。略奪者たちは血眼になって表の棚を探し、こんなゴミ同然の山には目もくれなかったのだ。


「……あったぜ。賞味期限は一週間前に切れてるが、未開封の【コーラ】だ。一本、二本……ケースごと無事じゃねぇか。これだから事務方の管理(棚卸し)の甘さは助かるぜ」


佐藤は段ボールを引き裂き、埃を被ったペットボトルを一本取り出した。インベントリから出したウエスで汚れを丁寧に拭い、日光の当たらない冷暗所で「適切に保管」されていたそのボトルを、愛おしそうに眺める。


「……プシュ。……ほう、ガスも抜けてねぇ。内圧保持、良好。これなら合格点(ヨシ!)だ」

さらに、隣の廃棄予定の箱からは、期限切れの【カップ焼きそば】も数個「救出」した。


「賞味期限なんてのはなぁ、メーカーが責任を取りたくねぇから設定してる『安全係数』に過ぎねぇんだよ。一ヶ月や二ヶ月過ぎたところで、施工不良(腹を壊す)にはならねぇ。俺の胃袋は魔界の劇物混じりの汚水で検品済みだからな。JIS規格より厳しい検査通ってんだよ」


佐藤は、略奪された「空の棚」を冷ややかに見送りながら、ホムセンの屋上へと向かった。

─12:00

佐藤はホムセンの屋上へ続く重い鉄扉を、バールを噛ませて力任せに蹴り開けた。

遮るもののない屋上には、直射日光に焼かれたコンクリートの照り返しが「熱中症警戒アラート」級の密度で居座っている。


「……12時か。メシだ、メシ。工程表通りだ。休憩入れねぇ現場は事故の元だからな。休むのも仕事(シゴト)のうちだ」


佐藤はインベントリから、魔界の解体現場で飯を温めるのに重宝していた【魔導加熱プレート】を取り出した。魔石の残滓ざんしを熱エネルギーに変換する、無骨な黒いポータブルコンロだ。その上に、ドラゴンの皮で造られた水袋から注いだ水を小鍋に入れて載せる。


「……ッハァーーー、これだよ、この匂い。文明のジャンクな香りが立ち上がってきやがる」


三分後。プラスチックの蓋を剥がし、粉末ソースを振りかける。

暴力的なまでの「ソースの匂い」が屋上の乾いた空気に弾けた。魔界の連中が好む、やれ毒だの痺れだのといった野蛮な刺激ではない。化学調味料と香料が織りなす、これぞ日本の、緻密に設計されたジャンクな文明の香りだ。


「……うん。不味い。麺はソースを吸ってボソついてるし、この粉っぽいソースの偏り……。だが、それがいい。これこそが現場の味だ。洗練されてねぇのが逆に染みる」


バサバサの麺を口いっぱいに頬張り、佐藤はあえて顔をしかめた。


「……でもよ、この人工的なジャンク感……これが『日本』の味なんだよ。魔界のオーガニックすぎる魔獣肉じゃ、この満足感(カロリー)は出せねぇんだ。……胃袋が、懐かしさで震えてやがるぜ」


先ほどバックヤードで救出したコーラを、ラッパ飲みで煽る。

喉を焼くようなガスの刺激。脳を直接叩くような糖分の塊。

佐藤は盛大なゲップを一つ吐き出すと、熱を持ったコンクリートの壁に背中を預けた。


「……ッハァ、生き返るな。……賞味期限切れの焼きそばと、死にかけのコーラ。魔界の城で出されたフルコースより、よっぽど身体に馴染みやがる。やっぱ俺は、こういう『安い現場飯』で出来てんだな。高級志向は現場監督には向かねぇ」


佐藤は食べ終わると、空になった容器をゴミ袋にまとめ、最後にひと啜り残したぬるいコーラを飲み干した。

佐藤は、資材を無駄にはしない。現場でゴミを散らかす奴は三流だ。


「プラスチックの空容器は、洗浄すれば後で水筒代わりに使える(ヨシ!)」


佐藤は空になったペットボトルを、あえて捨てずにインベントリの端へと戻した。

腹が満たされ、脳に糖分が行き渡る。毛細血管までエネルギーが循環するのを感じる。

佐藤はポケットから、さっき衛生用品売り場の「廃棄待ち」から救出してきたばかりの、【超強力メントール・冷感汗ふきシート(漢の30枚入り)】を取り出した。


「……さて。こいつで『面(つら)』洗って、午後の仕事にかかるか。油断したツラじゃ事故るからな」


シールを剥がし、湿り気を帯びた厚手の不織布を引き抜く。それを広げる間もなく、クシャクシャのまま顔面に押し当てた。


「……ッ、フゥーーー!! 効くねぇ……! 皮膚ごと剥がれるぐらいの勢いだ。これだよ! これ!」


ガシガシと、音が出るほどの力で顔を拭き上げる。

耳の裏から首筋、そして最後に後頭部まで。

高濃度エタノールの蒸発とともに、屋上の照り返しで茹だった脳味噌が急速に冷却されていく。シートに残った汚れと皮脂が、午前中の激務の密度を物語っていた。


「……ッハァ! 面(ツラ)ヨシ! 視界、クリア! ヨシ!」


使い終わったシートをゴミ袋に放り込む。

刺激で真っ赤になった顔を夏の風に晒しながら、佐藤の瞳には再び、鋭い「現場監督(プロ)」の宿命が宿っていた。


「……さて。燃料ヨシ、資材ヨシ、腹ごしらえも完食。……そろそろ、本丸(発電機)を連れて帰還するとするか。予定時刻を回ってやがる」


佐藤は愛用のバールを肩に担ぎ直すと、屋上の縁から自分の現場――あの公園を鋭い眼光で見下ろした。

あそこには、これから運び込む「JIS規格の希望(発電機)」を受け入れるための、強固な基礎工事と防衛ラインの設営が待っている。


「待ってろよ、マイ冷蔵庫。今夜こそ、キンキンに冷えた『ボーナス』を流し込んでやるからな。……産業廃棄物(ゾンビ)どもに邪魔される前に、さっさと施工を終わらせるぞ。安全第一、かつ、工期厳守だ」

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『 異世界帰りの現場監督のおっさん、ゾンビが溢れる日本で「安全第一」のスローライフを決行する』 ~ 定時退勤でシェルター作ってたら、人類最後の凄い要塞が出来ました!? ~ 空飛ぶチキンと愉快な仲間達 @sabanomisoni0730

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