第1話
一通り公園の周囲を更地にした佐藤は、懐からボロボロのガラケーを取り出した。パカパカ式の液晶に表示された時刻は、13時15分。
「17時まで、あと4時間弱か。……やるしかねぇな」
佐藤はまず、インベントリから傷だらけの「黄色いヘルメット」を取り出した。異世界の魔光に晒され、あちこちの塗装が剥げかけた代物だが、内側のライナーは自身の汗で馴染んでいる。それを深く被り、あご紐をパチンと締める。この地獄で唯一、彼が信じられるのは魔法の防具ではなく、現場監督の誇りであるこの樹脂の帽子だけだった。
「……よし、まずは外周だ。境界(ライン)を疎かにする奴に、いい仕事はできねぇからな」
佐藤は、腰袋からラチェットレンチ――17ミリと21ミリのソケットが鈍く光るそれと、気泡管がピタリと真ん中にくる水平器の感触を確かめた。
「……ガタはねぇな」
重厚な工具の重みが、手のひらを通じて「これからやるべきこと」を佐藤の脳に叩き込む。伝説の剣を握る勇者とは違う、数多の現場を収めてきた男の、これが戦闘態勢だった。
次にインベントリから「測量用三脚」と、円盤状の【魔導式回転レーザーレベル】を取り出した。本来は二人一組で行う作業だが、この魔導具は水平360度に不可視の「魔力ライン」を照射し続ける。佐藤はかつての工事跡を基準点(ベンチマーク)に定め、公園の外周に「絶対的な水平線」を設定した。
続けて、佐藤はインベントリから【30メートル魔導スチールテープ】を取り出した。重厚な鋼鉄製の巻尺だ。その先端を基準点の杭に「魔力アンカー」で固定すると、一気に外周に沿ってテープを伸ばしていく。
「2000、4000、6000……、30000(さんまん)。よし」
ピンと張られたテープの目盛りを追いながら、手に持った【魔導チョーク】で、土の上へ正確な印(墨出し)を叩き込んでいく。長尺のテープを使うことで、短尺メジャーを何度も繋ぎ合わせる際に生じる「累積誤差」を殺すのだ。
「ズレは3ミリ以内……。この範囲なら、後でフェンスを張る時に無理が来ねぇ」
準備が整うと、佐藤はインベントリの奥底から鈍い黒光りを放つ鋼鉄のパイプを「ドサッ」と山のようにぶちまけた。魔王城の収容所(デッド・ガレージ)の外壁に使われていた支柱だ。外径は48.6ミリ。日本の単管規格と寸分狂わない。
佐藤は一本数十キロはあるパイプを担ぎ、墨出ししたポイントへ向かう。
ドォオオォォオンッ!!
魔力で強化された腕が大ハンマー(カケヤ)を振り下ろす。凄まじい衝撃音が響くたび、支柱に添えたレベルセンサーが音を鳴らす。
ピー、ピー……ピーーーーーッ!
設定した高さに達した瞬間の連続音。だが、佐藤はそこで手を止めない。打ち込みの衝撃で生じた微細な傾きを逃さず、腰の【魔導重力下げ振り】を支柱に当てる。重力の魔石が示す垂直指針を睨みながら、バールで根元を抉るようにして「立ち」を完璧に微調整した。
杭を打ち終えると、次は「あみあみ」の金網――魔導鋼鉄メッシュの出番だ。
カチャ、カチャ、ガキィッ!
金網を支柱に沿わせ、「ハッカー」を指先で高速回転させ、結束用の番線を締め上げていく。一箇所につき三秒。仕上げに、鋭利な番線の末端をペンチの先で内側へ丸め込んだ。
「よし、これでヒゲは殺した。引っかかる心配はねぇ」
作業の音を聞きつけたゾンビが網目に顔を押し付けてくるが、佐藤は一切動じない。
「おい、網が歪むだろ。不安全行動だ。離れてろ」
ペンチの柄でゾンビの指をパチンと弾き飛ばす。
15時過ぎ。公園を完全に包囲するフェンスが完成した。
次に着手するのは、本日のメイン工種。「ユニットプレハブ事務所」の組み立てだ。
「位置的にはここがいいが。砂場の横か……。地耐力が足りねぇな。沈み込まれたら後が怖ぇ」
佐藤はスコップで砂を削り、転圧して平らにならすと、四隅のブロックの下に厚手の敷板(バタ角)を噛ませた。荷重を分散させ、不同沈下を防ぐプロの定石だ。その上で魔道式レーザーレベルを使い、1ミリの狂いもなく基礎の水平を整えた。
「よし、面(つら)は出たな」
次に「柱の建立と仮締め」を行う。ベースプレートの上に魔導合金製の柱を立て、ボルトを指で軽く回し入れ、わざと遊びを残しておく。
続いて、「壁パネルと屋根フレームの設置」だ。
魔界の熱で歪んだフレームのボルト穴が数センチ食い違っている。佐藤は太いバールを隙間に差し込み、テコの原理で「グイッ」と矯(た)め直すと、18ボルトの魔導インパクトドライバーを唸らせた。
──ガガガガガッ!!
全体の建付けを再度確認し、最後に一気に「本締め」。プレハブ全体が、ガチリと一つの堅牢な剛体に変わった。
最後に、スムーズに開閉するよう調整しながら「ドアと窓」を嵌め込めば、魔界の過酷な環境を生き抜いた「施工管理の城」が、日本の公園に出来上がった。
──16時30分
佐藤はプレハブの中でインベントリから【魔導蓄電槽】と、氷の魔石を装填した【一体型魔導エアコン】を取り出した。
まずはパネルの開口部に本体を据え、外気との隙間を魔導コーキングで密閉する。
「気密が甘いと冷房効率が落ちる。……それに、外の腐臭が入ってきちゃ酒が不味くなるからな」
次に、魔導蓄電槽から伸びる極太の給電線を本体へジョイントし、最後にドレンホースを外へ回して「水勾配」を確認した。
電源ボタンを押し込むと、魔石が青白く発光し、室内には氷結の魔力が乗った冷たく清潔な風が静かに吹き抜け始めた。
──16時55分
フェンスの入り口に、反射材のついた『安全第一』の看板を針金でしっかりと固定する。
佐藤は門扉の掛け金に、魔王城の現場でも使い古した【真鍮製の重厚な南京錠】を通した。
「カチリ」という金属音が夕闇に響く。
指先で錠前をグイッと引き、確実に掛かっていることを確認する。これが、彼にとっての自分への「引き渡し」の儀式だった。
佐藤は泥だらけの作業着を脱ぎ、ヘルメットを脱いで机に置いた。そして、首から下げた笛を夕暮れの街に響き渡るほど長く吹き鳴らした。
ピーーーッ!!
「本日、完工! ……お疲れっした!」
──17時00分
ドアを閉めた瞬間、外の地獄は完全に遮断された。室内には、清潔な冷気が静かに吹き抜けている。
「……ふぅ。やっぱり、自分で組んだ現場は落ち着くな」
佐藤は、インベントリから最後の一缶である魔界ビールを手に取った。
プシュッ、という快音。
魔王城の廃熱を利用して無理やり発酵させた、自作の『魔導ドライ』。
魔界のホップ特有の、脳を揺さぶるような苦味が五臓六腑に染み渡る。
「……まともなビールを探さねぇとな」
金網一枚隔てた向こう側は地獄だが、このボロいプレハブの中だけは、おっさんの絶対聖域だ。
「……近いうちに、家まで『安全通路』でも伸ばさねーとな」
彼は一口飲み干し、パイプ椅子に深く身を沈めた。
「……明日もご安全に」
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