旅嫌いの幼馴染が旅に出るまで

沢木キョウ

第1話 旅嫌いの幼馴染が旅に出るまで



 僕には旅好きな幼馴染がいた。



 名前はシオン。



 家は近所で同い年の女子。



 ものごころつくころには、毎日近所の公園で遊ぶほど仲良くなった。



 近所には一号公園から五号公園まであるけど、僕たちはその中で一番遊具の少ない四号公園で二人きりで遊んでいた。





 ***





 5歳、春。



 いつものように四号公園で遊んでいた。



 あれは突然のカミングアウトだった。



 公園内の小さな山で告げられた。



「シオンね、いつか旅に行ってみたいの!」



 満面の笑みだった。



 僕はその笑顔に見惚れることしかできなくて、シオンの顔を見続けた。



 途中から照れ臭くなって地面に視線をうつしてから聞いた。



「なして?」



 シオンは空を見上げて、目を輝かせて言った。



「昨日ね、テレビで見たの! 空に浮かぶ虹色のカーテン、砂でつくられたでっかいお山、悪魔がいるって言われてるたっくさんの水!! あとねあとね、ながーい壁とか、山にある遺跡とか、変な顔した置物がいっぱいある島とか!」



 僕はその好奇心に満ちた目が好きだった。



「リンドウくん、いつか二人で世界を旅しに行こうね! ハイ、指切り!」



 だから僕はシオンの夢についていきたくなった。



 シオンは僕になにも言わせない勢いで言った。



「ゆーびきーりげーんまーんうっそつーいたーらはーりせーんぼーんのーます、ゆーびきった!!」



 この日、旅に憧れる少女と、少女についていきたい少年は、小さな公園で約束した。





 ***





 9歳、春。



 小学生になっても、いつものように四号公園で遊んでいた。



 あれは突然のカミングアウトだった。



 公園内の小さな山で告げられた。



「シオンね、旅が嫌いになった」



 辛そうな笑みだった。



 僕はその笑顔を見ることができなくて、地面に視線をうつした。



 途中から覚悟を決めてシオンの顔を見てきいた。



「なして?」



 シオンは地面を見てから少し悩んで、僕の目を見て言った。



「………社会の授業が全然分かんなくてさ! したっけね、旅が嫌いになっちゃったんだよね」



 僕は正しくないとわかっていながら言った。



「そうなんだ。約束は………」



 シオンはまた地面に視線をうつして言った。



「ごめんね」



 沈黙が二人を襲った。



 僕たちは静かに土をいじった。



 数十秒が経ってシオンが空を見上げて言った。



「そうだ! 昨日ね、テレビで見たの! タイムカプセルっていうやつ! シオンたちもさ、タイムカプセルに手紙を入れて、5年後の自分たちに届けてみよ!」



 僕はその好奇心に満ちた目が好きだった。



「リンドウくん、じゃあ5年後に手紙読もうね!ハイ、指切り!」



 だから僕はシオンの遊びに付き合いたくなった。



「ゆーびきーりげーんまーん、うっそつーいたーら、はーりせーんぼーんのーます……ゆーびきった!」



 この日、旅嫌いの少女と、少女に付き合いたい少年は、小さな公園で約束した。





 ***





 9歳、夏。



 いつものように四号公園で遊んでいた。



 あれは突然のカミングアウトだった。



 公園内の小さな山で告げられた。



「シオンね。旅に出ることにした」



 辛そうな笑みだった。



 僕はその笑顔を見ることができなくて、地面に視線をうつした。



 僕はシオンに目を合わせることができないまま聞いた。



「なして……?」



 シオンは地面を見てから少し悩んで、地面を向いたまま言った。



「そういう運命だから……かな」



 僕はシオンの運命を理解しないままきいた。



「予定は決まってるの?」



 僕たちは決して目を合わせることなく会話を続けた。



「予定か……大体5年後くらいに一人でいくつもり」



「旅が嫌いなのに?」



「うん」



「そうか、目的地は?」



「どこにいくかは決まってるけど、それは内緒」



「……僕もついてく。約束どおりね」



「覚えててくれたんだ………でも、それはダメ」



「………」



 僕は裏切られた気分になった。



 シオンは二人だけの小さな山をゆっくりおりた。



「したっけ学校でねー!」



 シオンは帰っていった。



 この日、旅嫌いの少女は、一人で旅にいくことを、小さな公園で告げた。





 ***





 13歳、夏。



 中学生になっても制服姿でいつものように四号公園で遊んでいた。



 あれは突然のカミングアウトだった。



 公園内の小さな山で告げられた。



「シオンね、アケビくんと遊びに行きたい」



 満面の笑みだった。



 僕はその笑顔に見惚れることしかできなくて、シオンの顔を見続けた。



 途中から照れ臭くなって地面に視線をうつしてから聞いた。



「いつ行く?」



 僕はシオンと遊べるならそれだけで良かった。



 シオンは僕の手首をつかんで言った。



「今!!」



 シオンはそのままオレを引っ張って走った。



 僕は一切拒まず、シオンの元気さに身を任せてついていった。





 木々に囲まれた錆だらけの無人駅に着いた。



 田舎すぎて周囲には人がいなくて、虫の鳴き声だけが響いていた。



 僕たちはボロボロになった木の椅子に座って、数時間に一本しか来ない汽車を待った。





 汽車が来た。



 汽車に乗ったら、乗客は杖を持ったおじいさん一人だけだった。



 僕たちは身体が触れるくらい縮こまって座った。



 ガタゴト揺られながら都会まで向かった。



 途中で何回か乗り換えて、やっと都会に着いた。



 お金があまりない僕たちはショッピングモールを歩くだけにした。



 地元では見られない商品と人の多さだけで来た甲斐があった。



 何も買わず、そのまま帰った。



 この日、旅嫌いの少女と、少女と遊びたい少年は、小さな旅をした。





 ***





 都会のショッピングモールに行った次の日。



 僕たちは水族館に行った。



 ***



 水族館に行った次の日。



 僕たちは動物園に行った。



 ***



 動物園に行った次の日。



 僕たちは博物館に行った。



 ***



 博物館に行った次の日。



 僕たちは科学センターに行った。



 ***



 僕はシオンと遊ぶのが楽しくなって、遊園地に行こうと提案した。



 シオンは辛そうな笑顔で言った。



「遊園地はごめん。シオンね、高いところがなんまら怖くて……」



 シオンは高所恐怖症らしい。



 僕は遊園地に行くのを諦めた。





 ***





 14歳、冬。



 シオンが学校を数日休んだ。



 シオンは放課後、いつものように四号公園にいた。



 雪の積もった小さな山の上で一人座って空を眺めていた。



 僕はシオンに近づいて、すぐ横に座った。



 僕はシオンに聞いた。



「何で学校に来ないの?」



 シオンは空を眺めたままこたえた。



「ちょっとね。旅の準備で忙しくて」



 僕は思い出した。



 もうそろそろシオンが一人で旅に出る予定の日が近づいていた。



 僕はもう一回だけ言った。



「僕も一緒に行きたい」



 シオンは空を眺めたまま言った。



「ダメだよアケビくん。ずっと前から、一人でいくって決まってた旅なの」



 僕は無理にでもついていきたくてきいた。



「日程は?」



 シオンは空を眺めたままこたえた。



「んー、もうすぐかな」



 僕はさらにきいた。



「場所は?」



 シオンは空を眺めたままこたえた。



「んー、内緒」



 シオンは旅の詳細を絶対に教えなかった。



 僕はそれでもシオンの旅についていきたかった。



「僕はついていく」



 シオンは空を眺めたままこたえた。



「ダーメ、シオンは一人で満足」



 その後もシオンにきき続けたけど教えてくれなかった。



「………今日は帰る。明日こそはシオンがどこに行くか教えてもらうから」



 シオンは空を眺めたままこたえた。



「うん、また明日ね」



 僕は家に帰った。



 この日、旅嫌いの少女は、少女についていきたい少年と、一度も目を合わせなかった。



「………………」



「いきたくないよ…………アケビくん………」





 ***





 14歳、夏。



 シオンが学校を休みがちになった。



 シオンは放課後、いつものように四号公園にいた。



 小さな山の上で一人座って空を眺めていた。



 僕はシオンに近づいて、すぐ横に座った。



 今日は、あの日からちょうど五年が経った。



 僕はシオンに聞いた。



「日程は?」



 シオンは僕の顔を見て吹っ切れた笑顔でこたえた。



「もうすぐ!」



 僕はその笑顔に見惚れることしかできなくて、シオンの顔を見続けた。



 途中から照れ臭くなって地面に視線をうつしてから聞いた。



「場所は?」



 シオンは僕の顔を見たまま笑顔で答えた。



「さあね!!」



 ここ数日は同じ質問をしていた。



 何回聞いてもシオンはこたえを言わなかった。



 僕はシオンの旅の詳細をどうしても知りたくてきいた。



「なしてシオンは僕に教えないの?」



 シオンは僕の顔を見たまま言った。



「これはシオンだけの旅なの。だからアケビくんはダメ」



 今日も教えてくれなかった。



 だけどシオンの笑顔が見られただけで満足だった。



 この日、旅嫌いの少女は、少女の笑顔が見たい少年に、小さな夢を見せた。





 ***





 15歳、秋。



 シオンが学校に来なくなった。



 いつも二人で遊んでいた四号公園にも来なくなった。



 僕はシオンがいない日も公園の小さな山の上に座って、シオンが来るのを待った。



 一人ぼっちの公園は静かだった。



 僕は、シオンは僕に内緒でこっそり旅に行ったと考えた。



 ついていきたかった。



 シオンと話したかった。



 あの笑顔がもっと見たかった。



 この日、旅嫌いの少女は、少年の待つ小さな公園に、姿を見せなかった。





 ***





 15歳、冬。



 中学校の卒業式の前日になった。



 シオンはずっと学校に来なかった。



 いつも二人で遊んでいた四号公園には、あれから一度も来なかった。



 それでも僕は毎日、公園内の小さな山の上に座って、シオンが来るのを待っていた。



 今日もシオンは学校に来なかった。



 僕がいつものように公園に行くと、そこにはシオンがいた。



 分厚い服を着たシオンは、小さな山の上に座って、空を眺めていた。



 僕はシオンに走って近づいて、すぐ横に座った。



 僕はシオンの顔を見てきいた。



「いついく?」



 シオンはゆっくりと僕に顔を向けて今にも泣きそうな笑顔で言った。



「もうすぐ………」



 僕は続けて聞いた。



「どこに?」



 シオンは大きく息を吐き、満面の笑みで言った。



「内緒!!」



 僕はシオンと思い出をつくりたくて頼んだ。



「明日、一緒に卒業式に出よう」



 シオンは一度目を逸らして、数秒、目を瞑った。



 再び僕に顔を向けて、もう一度満面の笑みで言った。



「もちろん!」



 僕は安心した。



 シオンは続けた。



「もし明日さ、シオンが学校に来なかったら、タイムカプセルの手紙を回収しておいて! そこにね、卒業式に出れない理由が書いてあるから!! そのときにアケビくんがどんな表情をするのか、なんまら気になる―!」



 僕はその笑顔に見惚れることしかできなくて、シオンの顔を見続けた。



 途中から照れ臭くなったけど、シオンの顔を見続けた。



 僕はその好奇心に満ちた目が好きだった。



「………シオン、いつか二人で世界を旅しに行こう! ハイ、指切り!」



 だから僕は………。



 僕はシオンに何も言わせない勢いで言った。



「ほら、シオン、あれ言って」



 シオンは世界で一番幸せそうな笑顔で言った。



「ゆーびきーりげーんまーん………うっそつーいたーら………はーりせーんぼーんのーます…………ハァ……ゆーびきった!!」



 この日、旅嫌いの少女と、少女についていきたい少年は、小さな公園で約束した。





 ***





 約束をした次の日。



 シオンは学校に来なかった。



 放課後にいつものように四号公園に行った。



 シオンは公園に来なかった。



 僕は公園内の小さな山の上に座って、シオンが来るのを待った。



 陽が沈むまで待ったけど、誰も公園に来なかった。



 僕は昨日の約束を思い出した。



 そしてあの日のタイムカプセルを回収した。



 中には二つの手紙が入っていた。



 一つは僕。



 もう一つはシオン。



 確か手紙の内容は、5年後の自分に向けて。



 シオンはこの手紙に、卒業式に出られない理由が書いてあると言っていた。



 どういうことなのか確かめるために、僕はシオンの手紙を読んだ。







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 リンドウくんへ


    シオンはたびにいくね


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 この日、旅嫌いの少女は、旅に出た。

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