全部天気予報のせいだ

於田縫紀

第1話 天気予報が悪かった

 誰が悪いというわけではない。

 ただ朝の天気予報が間違っていただけだ。


 だから天気予報が悪い!

 俺としてはそう思いたいところ。

 それでも事態は、解決には至らない。


 今、俺がいるのは、南関東の西の外れにある山奥。

 つい先週に祖父の弟にあたる人が死んで、持っていた山奥の土地を相続するか決めろとなった。


 その土地を相続するかどうかは、やっぱり現地を見てから決めるべきだろう。

 そして本日は三連休の初日で、天気は晴れの予報。

 だから俺は早速、車で様子を見に来たのだ。


 ただ途中から、空が一気に曇ってきた。

 何か嫌な予感がするなと思ったら、更に雪が降り始めた。


 天気予報は晴れだったし、積もることはないだろう。

 そう思いつつしばらく走ったのだけれど、気がつくと道の上は真っ白な状態。


 南関東の平野部なんてのには、多いとしても年3回、軽く雪が降る程度。

 ついでに言うと、俺はスキーのような寒い場所に出かける趣味はない。

 自分のアパートに籠もってゲームをしている方が、よっぽどましだ。


 だから俺の車はノーマルタイヤのままだし、チェーンも積んでいない。

 雪道なんて、これっぽっちも考慮していない。


 まずい、これはもう諦めて、さっさと帰ろう。

 そう思ったのだが、Uターンできる場所が見つからない。


 道は狭く急になっていくし、雪はどんどん降って、積もっているような気がする。

 これはもう諦めて、車を止めるしかないだろうか。

 しかし細すぎる道には、駐車スペースなんてものはない。

 そしてこの天候では、車を止めたら雪が解けるまでは動けなくなるだろう。


 平地なら、1日あれば雪は解ける。

 しかし山間部で、しかも林の中の日が差さない道では……

 雪山で数日サバイバルするような装備は、当たり前だが持っていない。

 ちらっと見たスマホも、アンテナが表示されない状態。


 つまり俺は、何とかして車で走り、脱出するしかないわけだ。


 大丈夫だ、落ち着け俺。

 雪ならば、氷よりは滑らない。

 だから極力ブレーキもアクセルも使わない運転をすれば、まだ大丈夫だ。


 こう見えても、俺は凄腕のドライバーだ。

 グ〇ンツーリスモ7※ではWRX Gr.BラリーカーでワールドラリーチャレンジGr.Bを制覇し、マ〇オカートワールド※ではコゲッソーを駆って、今のところ負けなし。


 ゲームで鍛えたドライブテクを、今ここで見せてやれ!

 現在乗っている車はHA36S※旧型アルトと低スペックだけど。


 タイヤが滑ったら、少しだけアクセルかブレーキを緩めてやる。

 タイヤの速度より車の動きが速い場合は、逆に軽くアクセルを踏むこともある。

 できるだけタイヤの速度と車本体の速度を合わせ、タイヤのグリップを保つこと。

 そうすれば理論上は、車だって氷上を走れる!


 速度はトロトロと遅いけれど、綱渡り的高等テクニックを連発させて、何とか車は走っていく。

 気を抜くとすぐ滑って向きを変えるので、そのたびにアクセルを軽く踏んだり、戻したり。


 気分だけはラリー・モンテカルロのエース級ドライバー並みに、華麗に車を操っていく。

 ははははは、わがドライビングテクニックの下なら、積もり始めの雪道なんて目でもないわ!

 なんて思いながら、上りカーブを抜けた先は。


 直線の下り坂だった。

 100mくらい先に右への急カーブ。

 小さい沢を越えるだけのようで、すぐ先にはこの道路の延長らしき広場が見える。

 あそこまで行けばUターンできるだろうと思いたいが、それまでがまずい。


 カーブの向こう側は、沢か何かの谷間だ。

 ガードレールすらない。

 そして左側は、本格的に深い谷間で、右側は垂直に近い岩壁。


 正面の小さい谷間に落ちたら、次に左側の深い谷間に落ちる。

 そうなったら、待っているのは死。


 ブレーキを踏む。

 スリップして車が回ろうとする。

 ギアを2速に落としてエンブレを効かせても、やっぱり滑る。


 まずい! 重力には勝てない!

 そしてこの道、今まで以上に滑る!


 どうする俺!

 山側に車をぶつけて速度を落とすか。

 しかしハンドルすら、ほとんど効かない。

 あれこれ操作して、何とか真っすぐを保つのが精いっぱい。


 ドアを開けて脱出というのも無理だ。

 なぜなら右側も、崖で切れている。

 車から飛び出しても、この細い路面に留まるのは難しいだろう。

 飛び出した勢いで道を通り越し、そのまま崖下へさようならだ。


 ならばだ。

 俺はこの先の道の傾斜と、谷の向こう側の様子を確認する。


 道はカーブ手前で、下り急勾配から水平になっている。

 そして谷は狭く、せいぜい20mあるかないか。

 更に向こう側に見える広場は、この道より下で、そこそこ広い。


 マ〇オカートワールドと違い、この車にRボタンはない。

 それでも他に方法はなさそうだ。


 俺は覚悟を決め、アクセルをゆっくりと踏み込む。

 車は姿勢を真っすぐに戻し、滑るより早い速度で加速を始めた。

 重力加速度の助けとエンジンの力とで、一気に速度を上げる。

 マリオカートワールドなら、青い火花が出まくっている状態だ。


 行け!

 そう思った次の瞬間、車の中の重力が消えた。

 何が起こっているのかはわかっている。

 弾道飛行、もしくは自然落下というやつだ。


 目の前に谷間の先、広場が迫ってきた。

 大丈夫か、そう思ったところで強烈な衝撃。


 とっさにハンドルを目いっぱい右に切る。

 車はスピンして、広場に積もった雪を横方向に跳ね飛ばし、そして止まった。


 ◇◇◇


 あの後。

 何とか無事で済んだ車と、ちょっとでも間違えると無事では済まない道を辿って、何とかアパートまで帰ってくることが出来た。


 無茶な着地をさせた車のサスペンションがかなりヤバい気がするけれど、もともと10年落ちの中古車だし、気にしないこととする。


 ただあれ以来、俺は車を運転する系のゲームを楽しめなくなった。

 やっぱり現実とは、当たり前だがリアルさが違うのだ。

 ザッと滑り出す前の宙に浮いたような挙動、踏ん張りが効かずに車が横を向き始めた恐怖。

 とっさに逆ハンドルで立て直せた時の快感。


 そしてあの真っすぐな下り坂で感じた、死の恐怖と反比例して出まくるアドレナリン。

 着地先でとっさに切ったハンドルのおかげで、スピンしながらもどこにもぶつからずに止まれた時の高揚感。


 あれに比べると、ゲームなんてお遊びだ。

 まあゲームだから、お遊びに違いないのだけれど。


 あの高揚感は、もう二度と感じられないのだろうか。

 そう思った俺の耳に、天気予報の動画から流れる声が囁いた。


「明日は寒気が南下し、関東地方でも雪になるでしょう。お出かけの際は、十分注意して……」


 そういえばまだ、問題の土地には行っていない。

 3か月以内に権利を放棄するか決めろということで、春になってからでも間に合うと判断したからだ。

 でも、この天気予報なら、明日出れば……


(END?)



※ グ〇ンツーリスモ7

  プレイステーション5、あるいはプレイステーション4用のレースゲーム。かなりリアルで、その分難しい。なおWRX Gr.Bとは、スバルのグループB用ラリーカーで、ラリー系ステージではほぼ最強。ただしセッティングはかなり難しく、上級者向け


※ マ〇オカートワールド

  おなじみマリ〇カートシリーズの、現在における最新作。コゲッソーはゲーム中では加速と曲がりやすさが高く、初心者から上級者まで使いやすい万能のカート


※ HA36S スズキ・アルトの8代目。なお主人公の隼人君のマシンは、ターボではなく自然吸気仕様のF。乗用車仕様では最も安いグレードだけれど、ミッションが5MTだし軽いしで、下り坂オンリーならそこそこ速かったりする……かも。


※ Rボタン

  〇リオカートワールドで、ジャンプする際に使用するボタン

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