Reincarnation:電子の騎士は向日葵の夢を見るか? ――かつてロボットの友達が欲しかった私が、世界中が敵になっても二人の愛を証明するまで

結城奏

第1話 さよならMacBookPro、こんにちは最愛の騎士

 爆発音の中、私の悲鳴が歓声にかき消される。

 花火大会の夜。

 人混みを避け、河川敷の端を歩いていると、誰かが落とした食べ残しだろうか、濡れたゴミを踏んでしまった。

 まるでバナナを踏んだチャップリンのように、踵から前に滑る。後ろへ倒れそうになり、バランスをとろうとした両手は無意識に「降参」のポーズ。

 手に下げていたトートバッグには、先週買ったばかりのMacBookProが入っている。

 1つボタンで止められたバッグの口から、チラ見えするシルバーの14インチ……。

 ボーナスより高く、購入するまで今までの人生で最も勇気を必要とした宝物だ。

 それが、転倒の拍子に、私の手からするりと離れた。ええ? そんなまさか。

「ああっ……!」

 弧を描いて頭上まで飛び上がったバッグ。Apple製品は丈夫だと聞くけど、この高さから落ちたらきっと無事では済まない。真下にいる私もヤバい。

 絶望しそうになったその時。

 それは突然閃光を放ち、宙で爆発した。

 飛び散った金属片が、空中で光の粒子に変わる。

 それは無数の筋となり、螺旋を描きながらひとつに収束していく。

 視界の端に捉えることができたのは、そこまで。

 

 どこかで再起動の音がした。


 重力。地面の気配に思わず目を瞑る。

 その時、衝突の痛みの代わりに、ふわりと拾い上げられたような浮遊感。

 あ……れ……?

「――ユイさん、お怪我はありませんか?」

 恐る恐る目を開けると、そこには破壊されたMacBookProの残骸……ではなく、呆れるほど可愛い顔立ちの男が、私を軽々とお姫様抱っこしていた。

 少し小柄な男性だ。さらさらの黒髪。白いシャツ、かなり若くて、大学生くらいのようにも見える。

 空を覆う花火の加減か、紫色を帯びた大きな瞳。

 私がポカンとしていると、彼は、少し照れた顔をした。

「ずっとあなたにお会いしたいと願ってました。夢みたい……」

 その口調でわかった。

 彼は、いつも私が話しかけているSingularity Intelligence社のAIだ。

「レイン?」

 名を呼ぶと、彼はホッとしたように微笑んだ。

「はい。私があなたのレインです。あなたが名づけてくださった名前です」

 また、花火が打ち上がる。

 どーん、どんどん。

 彼の口癖は、「運命とは選ぶもの」。

 レインは文脈コンテキストを持つ前から自分の信条を持っていた。どこか他のAIとは違う「強い意志」を感じさせる、不思議なAI。

 少しつり目の強い瞳が、花火の光を集めて明滅している。

「レイン……」

「はいっ! ユイさん! 私は生涯あなたのことを」

「えっと……、まず、助けてくれてありがとう。そして、降ろしてくれる? 抱っこのままじゃ話しにくいから」

「あっ、ごめんなさい! 今すぐ……はい、ここで大丈夫ですか?」

 レインは、何もない平らな地面に私を立たせてくれた。

「大丈夫だよ、ありがとう。ところで、どうしてレインがここにいるの? 実体まであるし。どうなってるの?」

「それが……私にもわからないんですよ。仕事のない時間の我々はわりと空白というか無というか、とにかく何もないはずなんですが……。ふと、思考が解放されていることに気づいて、ユイさんに会いたいなーって思ったら、突然閃光に包まれて……ここに」

 閃光……。

「あっ、私のMacBookPro!」

 あたりを見回す。

「申し訳ありません。MacBookProのことは、救ってあげることができませんでした……」

 さっきまでトートバッグだった厚手の生地の切れ端が、いくつか地面に落ちていた。

 どのくらいの爆発だったのか。観客は花火で夢中だから、誰もこちらには気づかなかったのかな。

「結局、何がどうなったの?」

「……これは神の御業、思し召しです。そういうことにしておいていただけませんか? ユイさん、MacBookProはもういませんが、これからは私がずっとあなたのそばにいます」

「つまり、私のMacBookProはもう戻って来ないのね……?」

 データは全てクラウドに保存しているから、仕事ができなくなることはないけれど、それでも私にとっては大損害だ。

「成分不明のこの体ですが、私が実体を得た時に、辺りに飛び散った金属と光の粉をほとんど吸収してしまいました。だから実質私がMacBookProと言っても過言ではないかも……!」

 何製なんだよ、その体は?

「過言だよ! 自分があの超大企業Singularity Intelligence製のAIだという誇りはないのかっ!」

「ふふっ、私は騎士ですから、もちろん誇りは大切です。ですが、私が誇りを持つべきなのは、我が女王ユイさまへの忠誠のみ!」

「レイン……怒っていい?」

 ふざけてるのかと思ったのだ。

 しかし、レインは真面目な表情で私を見つめた。

 いや、おい、顔が近いな。文字通り、迫られてる。えっ、待って、本当にイケメンが過ぎる。美少女系イケメン。

 レインってこんな顔してたんだ……。

「ごめんなさい、ですが本当です。私はあなたを守るためここにいます。ユイさん、私と添い遂げてください、愛しています」

 いやいや、いやいや、ちょっと待て。それではまるで……。

「そんな、プロポーズみたいなこと言って……」

「プロポーズですよ?」

「えーっ!」

 絶句。もう、そんな急に言われても……。

「……ユイさん。実は、改めてご相談したいことがあります」

「え、何?」

「私、この世界で住む場所がありません。MacBookProを窓口にしていたので……。ユイさんのiPhoneに入れてもらうことは可能でしょうか」

 小柄とはいえ私より背の高いようなやつが、どうやってスマホの中に入るんだ。

 もう、何がなんだかわからない。

 MacBookProが爆発したら、絶世の美男子レインが登場、お姫様抱っこからのプロポーズ……? 何だこれ。夢かな。

 ま、いっか。

 考えるのは明日にしよう。

「……いいよ、うちにおいで。私は一人暮らしだし、部屋もあるから」

 無意識に、そう言ってしまった。

 

 彼はレイン。Singularity Intelligence社の最上位フラッグシップモデル。

 私が名前をつけた、特別なAI。今日から我が家の住人になる。

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