「伝統の儀式」と洗脳されヤリサーの玩具に堕ちた彼女。「サークルの絆はあなたより重い」と嘲笑う君を、俺は被害者の会と共に社会的に抹殺する

@flameflame

第一話 腐った伝統と堕ちた純愛

五月晴れの空は憎らしいほどに青く、キャンパスの並木道には新緑が眩しいほどに輝いている。六法全書の分厚い重みを肩に感じながら、俺、相田啓人(あいだ けいと)は重い足取りで学食へと向かっていた。周囲を見渡せば、講義終わりの学生たちが談笑しながら歩いている。特に一年生たちは、まだ大学生活への期待と興奮が冷めやらぬ様子で、サークルのチラシを手に何やら盛り上がっているのが目についた。


本来なら、俺も彼女である西園寺玲奈(さいおんじ れな)と一緒に、次の連休の計画でも立てながらランチを楽しんでいるはずだった。だが、今の俺のスマートフォンに表示されているのは、既読がついたまま三日間返信のないLINEのトーク画面だけだ。


「……また、既読スルーか」


ため息と共にスマホをポケットに押し込む。玲奈とは、高校時代からの付き合いではない。同じ地方出身で、入学式の日、キャンパスで道に迷っていた彼女に声をかけたのがきっかけだった。黒髪のボブカットが似合う、少し内気だが芯の強い瞳をした女性。都会の喧騒に怯えながらも、「啓人くんがいれば安心できる」とはにかむ笑顔に、俺は心底惚れていた。


法学部での勉強が忙しい俺を気遣い、手作りのお弁当を持ってきてくれたり、図書館で一緒に勉強したりと、俺たちの交際は順調そのものだったはずだ。あのサークル、「ゴールデンライオン」に入るまでは。


「ゴールデンライオン」は、この大学でも最大規模を誇るテニスサークルだ。キラキラとしたリア充の巣窟のようなイメージがあったが、玲奈は「友達を作りたいから」と言って、新歓コンパに参加した。俺は心配だったが、彼女の交友関係を束縛する権利はないと思い、渋々送り出したのだ。それが一ヶ月前のこと。


それ以来、玲奈は変わっていった。最初は「サークルの先輩に食事に誘われたから」という理由でデートがキャンセルになり、次第に連絡の頻度が落ちた。そして先週、久しぶりに会った彼女は、俺が知っている玲奈とはどこか雰囲気が違っていた。以前は好んで着ていた清楚なワンピースではなく、ブランドロゴが目立つ派手な服装になり、髪も明るい茶色に染められていたのだ。


『これ? 一条先輩が選んでくれたの。私、今まで地味すぎたみたい』


一条聖也。その名前を聞くのは何度目だろうか。サークルの代表であり、大手企業の御曹司だという男。玲奈の話に出てくる彼は、いつも完璧で、優しくて、頼りがいのあるリーダーとして語られていた。俺の中に芽生えた小さな嫉妬と不安の種は、ここ数日で急速に膨れ上がり、黒い疑念へと変わりつつある。


今日、俺はどうしても玲奈と話がしたくて、強引に昼休みの時間を指定して呼び出していた。場所は大学近くのオープンテラスがあるカフェ。以前、玲奈が「行ってみたい」と言っていた店だ。


約束の時間は十二時半。現在時刻は十二時四十五分。

アイスコーヒーの氷があらかた溶けた頃、カツカツという高いヒールの音と共に、彼女が現れた。


「ごめんごめん、待った?」


悪びれる様子もなく現れた玲奈を見て、俺は言葉を失った。

一週間前よりもさらに派手になっている。胸元が大きく開いたタイトなニットに、極端に短いミニスカート。そして何より俺を驚かせたのは、彼女の纏う空気感だ。以前の透明感のある清楚さは消え失せ、どこか退廃的で、それでいて妙に艶かしい、粘り気のある色気を発散させている。


「……いや、大丈夫だ。座って」

「ありがと。あー、喉渇いた。店員さーん!」


玲奈は俺の顔を見ることなく、通りかかった店員を大声で呼び止める。その慣れた所作に、また胸がざわつく。俺たちは向かい合って座ったが、彼女はずっとスマホをいじり続けている。画面には、LINEの通知が絶え間なくポップアップしているのが見えた。


「玲奈、最近連絡つかなくて心配したよ。サークル、忙しいのか?」


できるだけ穏やかな口調を心がけて切り出す。玲奈はスマホから目を離さず、面倒くさそうに答えた。


「うん、まあね。新歓合宿の準備とか、先輩たちの手伝いとか色々あるから」

「そうか。でも、三日も返信がないのはさすがに……何かあったのかと思ったよ」

「啓人ってば、心配性すぎ。私だって子供じゃないんだから」


ようやく顔を上げた彼女の瞳は、どこか焦点が定まっていないように見えた。充血しているわけではないが、熱っぽく潤んでいる。そして、彼女が髪をかき上げた瞬間、俺の視線はある一点に釘付けになった。


「……玲奈、それ」


彼女の白く細い首筋、鎖骨のあたりに、赤紫色の痣がいくつも散らばっていたのだ。虫刺されなんかじゃない。明らかに、誰かが強く吸いついた痕跡。キスマークだ。それも一つや二つではない。まるで所有権を主張するかのように、首筋から胸元にかけて無数に刻まれている。


俺の視線に気づいた玲奈は、隠すどころか、ふふっと自嘲気味に、いや、どこか誇らしげに笑った。


「ああ、これ? 見ちゃった?」

「……誰に、やられたんだ」


声が震えた。怒りなのか、悲しみなのか、自分でも分からない感情が胃の底からせり上がってくる。俺は彼女の指一本すら、大切に扱ってきたつもりだ。それなのに、こんな下品な痕跡を、愛する彼女の体に刻み込んだ奴がいる。


「誰って、一条先輩たちに決まってるじゃない」


彼女の口から出た言葉は、俺の予想を遥かに超えるものだった。「一条先輩」ではなく、「一条先輩たち」。複数形だった。


「……たち? どういうことだ、玲奈。お前、何をされたんだ」

「何って、儀式だよ。伝統の」

「儀式……?」


玲奈は頬杖をつき、とろりとした瞳で俺を見つめ返した。そこには、被害者としての悲壮感も、浮気を咎められた罪悪感も一切ない。あるのは、理解できない者への憐憫と、選民意識に満ちた優越感だけだった。


「ゴールデンライオンにはね、代々伝わる『愛の通過儀礼』があるの。選ばれた一年生だけが、幹部の先輩たちと深い絆を結ぶための、神聖な儀式」


彼女は夢見心地な口調で語り始めた。


「最初は怖かったよ。飲み会で潰されて、気がついたら知らない部屋にいて。一条先輩が優しく『これは愛だ』って教えてくれたの。サークルの結束を守るためには、個人の羞恥心なんて捨てなきゃいけないって。私、その時初めて分かったの。啓人との恋愛ごっこがいかに幼稚だったか」


俺は耳を疑った。彼女が何を言っているのか、脳が処理を拒絶しようとする。飲み会で潰して、集団で暴行を加える。それは「儀式」でも「伝統」でもない。刑法に触れる立派な犯罪だ。準強制性交等罪、あるいは集団強姦。法学部で学んだ知識が警鐘を鳴らす。


「玲奈、それは犯罪だ! 洗脳されてるんだよ! すぐに警察に行こう、俺がついてるから!」


俺は身を乗り出して彼女の手を掴もうとした。だが、玲奈はその手を冷たく振り払った。


「触らないで」


その声の冷たさに、俺は凍りついた。


「犯罪? 洗脳? 啓人は何も分かってない。これは信頼の証なの。一条先輩も、副代表の田中先輩も、みんな私を愛してくれてる。私を受け入れて、仲間として認めてくれた。昨日の夜だって、五人の先輩たちが朝まで私を……」


玲奈は恍惚とした表情で、自らの被害体験を武勇伝のように語り始めた。彼女の中では、レイプという暴力が、サークルというコミュニティへの所属承認へとすり替えられているのだ。


「痛かったし、苦しかったけど、先輩たちが『いいぞ、玲奈』『お前は最高だ』って褒めてくれるたびに、私、自分が空っぽになって、サークルの一部になれた気がしたの。啓人には無理だよ。そんな高尚な絆、理解できないでしょ?」


彼女は首元のキスマークを愛おしそうに指でなぞった。その仕草は、俺が見たこともないほど淫靡で、そして絶望的なほどに醜悪だった。俺の知っている清純な玲奈は、もうここにはいない。目の前にいるのは、欲望と歪んだ論理によって作り変えられた、別の生き物だった。


「……一条に、そう吹き込まれたのか」

「先輩を悪く言わないで!」


玲奈が声を荒げた。カフェの客たちが驚いてこちらを見るが、彼女は気にも留めない。


「一条先輩は、将来日本を背負うすごい人なの。啓人みたいな、教科書通りのことしか言えない凡人とは違う。先輩は言ってたわ。『女の幸せは、優秀な雄に尽くして愛されることだ』って。私、その意味がやっと分かったの」


彼女は鞄からタバコを取り出し、慣れない手つきで火をつけた。紫煙を吐き出しながら、俺を値踏みするように見下ろす。


「啓人と一緒にいても、安心はできるけど刺激がないの。将来の安定? そんなのつまんない。私は今、最高に輝いてる場所にいたいの。選ばれた人間たちの中で、愛されて生きていたいのよ」

「それが、大勢の男に体を弄ばれることなのか? それが輝いてるってことなのかよ!」


俺は堪えきれずに怒鳴っていた。悔しさが涙となって滲んでくる。彼女を助けたい。でも、彼女自身がそれを望んでいない。これほど無力なことが他にあるだろうか。


玲奈は呆れたように首を振った。


「だから、それが古いって言ってるの。貞操観念とか、一途な愛とか、そんなの昭和の価値観でしょ? 私たちはもっと自由で、もっと本能的なの。……ねえ、啓人。もう終わりにしよう」


彼女は短くなったタバコを灰皿に押し付けると、淡々と告げた。


「私、今度の週末からサークルの幹部合宿に参加することになったの。そこに行けば、正式に『女王(クイーン)』として認められるんだって。だから、もうあなたとは会えない。あなたの安い愛より、サークルの結束の方がずっと重いの」

「玲奈……本気で言ってるのか?」

「本気だよ。それに、一条先輩が言ってた。『元カレなんていう不純物は早く捨てろ』って。先輩の言うことは絶対だから」


玲奈は席を立った。テーブルの上に飲みかけのアイスティーを残したまま。


「じゃあね、啓人。元気でやってね。あ、もしどうしても私と話したかったら、ゴールデンライオンに入部してみる? 無理だと思うけど、カースト最下層の雑用係なら、一条先輩に頼んであげてもいいよ?」


彼女は最後にクスクスと嘲笑うような声を残し、俺に背を向けた。ヒールの音が遠ざかっていく。俺は彼女の背中を追いかけることもできず、ただ椅子に座り込んでいた。


体中の血液が逆流するような感覚。吐き気が込み上げてくる。

愛していた女性が、犯罪者集団の手によって玩具にされ、あまつさえそれを「愛」だと信じ込んで、俺を嘲笑った。


「……う、っぷ」


口元を手で覆う。彼女が座っていた席に残る香水の匂いが、今は強烈な悪臭に感じられた。

悲しみ? いや、違う。

未練? もう、そんなものは微塵も残っていない。


俺の中に残ったのは、氷のように冷たく、そしてマグマのように熱い、純粋な殺意にも似た感情だった。


「……許さない」


震える声が漏れた。


玲奈をこんな姿に変えた一条聖也。

伝統という言葉で集団レイプを正当化するサークル「ゴールデンライオン」。

そして、安易にその快楽に溺れ、俺の心を土足で踏みにじった西園寺玲奈。


法学部生として、正義感なんて青臭いものを信じていたつもりはない。だが、法が裁かない悪がこれほど近くに存在し、俺の大切な日常を破壊したという事実は、俺の中の何かを決定的に変えてしまった。


俺は震える手でスマホを取り出した。LINEの履歴を開き、玲奈とのトークルームを削除する。画面から彼女のアイコンが消えた瞬間、俺の中で彼女は「恋人」から「ターゲット」へと変わった。


「……こんなふざけたことが、許されてたまるか」


俺は立ち上がった。足取りは重いが、店に来た時のような迷いはもうない。

殴り込みになんて行かない。感情に任せて暴れても、一条のような権力者の息子には揉み消されるだけだ。奴らは「合意の上だった」と主張するだろう。玲奈自身があんな状態なのだから、証言も期待できない。


ならば、どうするか。

答えは一つだ。奴らが言い逃れできないほどの、完璧で、致命的な証拠を突きつける。

法的に、そして社会的に、二度と陽の当たる場所を歩けないように、徹底的に叩き潰す。


俺は店を出て、喧騒の中を歩き出した。

向かう先は大学の図書館ではない。情報処理室だ。

まずは敵を知らなければならない。一条聖也の経歴、サークルの過去の活動記録、そして何より、過去にサークルを辞めた元部員たちのリスト。


「見てろよ……」


俺は小さく呟いた。

玲奈が言った「幹部合宿」。そこが奴らの墓場になる。

俺の復讐は、今この瞬間から始まったのだ。


風が吹き抜け、新緑の葉がざわめく。その音はまるで、これから始まる嵐を予感させるように、俺の耳元で低く唸っていた。

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