ハッピーバースデー

霜桜 雪奈

ハッピーバースデー

 気づいた頃には、もう死にたかった。


 確固たる理由はない。ただ漠然とした、生への執着の喪失、もしくは未来への失望のようなものだ。


 きっと私は恵まれていた。


 でも、何か満たされなかった。


 それは高望みのようなもので、自惚れのようなものだと思う。自分は何か成せる人だという考えが胸に巣食って、現実との解離に不満を抱く。自分を正しく評価できない他が悪いという考えが頭を支配し、これといって自ら行動することもなかった。


 自分勝手で怠惰な人間だと、我ながらわかっている。


 それでも、私は行動に移すことはできない。

 それはおそらく時間をかけても変わることはなくて、その事に気づく度に私は私を嫌いになるだろう。


 だから、私は、今日、死ぬ。


 重い腰を上げて、私は自殺を決行する。


 いや、正しくは、心中か。


 私の自殺に彼氏が付き合ってくれるのはよくわからなかったけど、私は彼が好きだから。私が死んだあとに誰かのものになるくらいなら、一緒に死んでくれた方が、私としては後味が良い。


 自分を変えるために初めて行うことが自殺なんて、これ以上の皮肉があるのだろうか。


「首吊りって苦しかったっけ」


「うまく行けば楽らしいけどね」


「楽に死ねるといいね」


 縄を結びながら、彼氏とそんな話をする。彼には悩みなんて無いように見えるけど、彼も彼なりに悩んでいるのだろう。死ぬ理由が私のことだったら、なんてロマンチックなんだろうとか考えてみて。あまりにも自意識過剰な考えに、私はこういう人間なのだろうと思ってしまう。


「そういやぁ、明日誕生日だっけ」


「……そうだけど」


「誕生日祝ってからにしねぇの? ほら、生前葬みたいなさ」


「誕生日は、嫌いなの」


 生まれてきておめでとうなんて、そんなこと頼んでもないのに。生きることを押し付けられているようで、私にとっては何もめでたいことではなかった。私が生きようと思えるために、なにもしてくれなかったくせに。


「そっか。……俺は少なくとも祝いたいかな。こうして、君と出会えたわけだしさ」


「……そう」


 そういう考え方もあるか。確かに生まれなければ、彼とは出会えなかった。そういう意味では、誕生日は祝われるべきなのかもしれない。でも、彼で帳消しにできるほど、私の人生は明るくない。


「両親にはなんて言ってあんの?」


「死ぬことを?」


「いや、死ぬこと伝えたら止められるだろ」


 彼が笑う。この笑顔も見納めだと思うと、少しだけ胸が苦しい。


「そうじゃなくてさ、なんか、遺言みたいな」


「両親と、連絡は取ってないの。頻繁に連絡は来てるけど、面倒だから全部無視してる」


「そっか。ま、無理にとは言わねぇけど。今までの感謝とか、伝えといた方が後味良いんじゃねぇかなぁ」


 両親に感謝なんて。私を育てたことは、社会的には感謝されてしかるべきことなのだろうけど、私としては素直に感謝できない。


 私も、いよいよ救いようがないのかもしれない。




「じゃあ、死のっか」

 準備し終わった縄を首にかけ、台の上に立つ。私に続いて、彼も同じようにして私の隣に立った。


 怖くはない。彼がいるから。


 後悔はない。どうしようもないから。


 これが、私が自分を変えるために初めて踏み出す一歩だ。


「じゃあね」


「おう、またな」


 台から足を離す。


 体は宙に浮き、縄の締まる音が部屋に響く。


 無理に息を吸おうとする音で、私はまだ生きようとしていることに気づいた。もう良いだろう。こんな苦しさ、いままでに比べれば一瞬さ。

 規則的になりつつある縄の音を片隅に、ついに私は意識を手放すことができた。






 眼が、覚める。

 

 視界の端で揺れる光。


 けたたましいサイレン。


 揺れる、私の体。


 縄のせいじゃない。


 私は、担架で運ばれていた。

 

 死ね、なかった。


 救急隊員と思われる人が、誰か呼んでいる。朦朧とする意識の中で、その視線の先を追う。

 視線の先には、私の両親がいた。

 あぁ、最後に連絡を取っておけば良かった。


 彼は、ちゃんと死ねただろうか。

 私も、連れていってほしかった。


 あぁ。


「ハッピー……バースデー……」


 救急車のランプが、ロウソクの炎のように揺らめいた。

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ハッピーバースデー 霜桜 雪奈 @Nix-0420

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