episode.3

 ふと目が覚めた。すぐ隣に置いてあったスマホを確認すると、02:11と表示されていた。すっかり深夜だが……テントの中には龍斗の姿はない。


 試しに電話はしてみたが繋がらない。圏外にいるのか……? あるいはたまたまか……


「おーい……龍斗……?」


 テントを出て、夏でありながらも冷たい空気に身を震わせながら外を確認した。この時間になるとどこも焚き火は消えており、スマホの明かりがなければたった1メートル先も見えない闇夜だった。


 しかし問題はそこではない。依然として龍斗の姿が見当たらない。暗闇だからと言えど、ここまで気配を感じないのはおかしい。まさか……まだ帰っていないのか……?


 僕が寝る前、つまり深夜の1時を回るか回らないかの時間だった。龍斗は“幽霊でも見てくるぜ”と出かけて……それっきりか?


 もしかしたらトイレに行っている、なんて可能性もなくはないのかもしれない。……が、そんな偶然があるだろうか? もしも……ないとは思いたいが万が一にも、龍斗が崖下に転落していたとしたら……


 僕は急いで山の奥に足を踏み入れた。“死んだ魂が生者を誘う”……そんなことがあり得るのか……? もしそれが本当だったとしたら……


「はぁ……はぁ……」


冷たいものが背筋を伝った。木の葉の隙間から差し込む月光が、まるで僕のことを監視しているかのように不気味だった。星々が、僕の行動を面白がっているようだった。


 不幸中の幸いとでも言うのだろうか、龍斗から“その場所”についてしつこく聞かされたため、およその検討はついている。だからすぐに到着できる……


 カサッ


 そのとき、草か葉っぱか、何かが擦れる音がした。前方か後方か、右か左かは分からない。ただ何かに見られている気分だった。


 幽霊……?


 ……馬鹿を言え。そんなもの、いるわけがないじゃないか。しかし、ならば……幽霊じゃないとするならば……


 夏なのに冬よりもずっと寒かった。恐怖が喉に張り付いて呼吸もまともにできなかった。どれだけ走っても僕の身体が熱を帯びることはなかった。


「はぁ……はぁ……! 何ッ……なんだ!」


 違和感。常に何者かに首を掴まれているような感覚だった。冷たい手が、僕の心臓を握っているようだった。冷たい空気が、僕にまとわりついて離さなかった。


 気がつくとその場所に辿り着いていた。体感では1時間も2時間も走っていた気分だったが、実際には10分にも満たないだろう。


 見渡すと、そこは確かに視界が悪かった。人の背丈ほどに伸びた雑草が、目の前の景色を遮断している。そのせいでほんの少し先に地面がないことに気づきづらい。……あくまで気づきづらいだけだが。


 6歳の少女ならともかく……大人がこんなところで転落するのだろうか? 龍斗の話では母親は相当のパニックになってたとの話だが……


 ……幽霊に誘われたとしたならば、ここから落ちたことも不思議ではない。普通の人間では抗えないような力があったのなら。そして、幽霊という一番の“不思議”に目を瞑って考えるなら。


 いや、今はそんなことはどうだっていい。優先事項は龍斗の安否と僕の安全だ。それ以外は全て終わってから考えればいい。


 雑草を掻き分けながら半歩進むと、地面がほんの少し崩れ小石が一つ、崖下へと吸い込まれていった。

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