天使からの手紙

棘蜥蜴

第1話

 名前も知らない君へ

 

 これは、手紙です。どこかの御伽話のように、瓶につめて海に流しました。

 誰か、拾った人がいるならば、少しだけ僕の話を聞いてください。

 

 僕は昔、天使でした。正確には、天使の卵でした。人間の人たちは知らないかもしれませんが、天界には、神様たちと、それに仕える天使と、天使の卵がいます。卵たちは、立派な天使になるためにいろいろな任務に就かされます。そして、認められればめでたく本物の天使に昇格するわけです。

 

 卵に翼はありません。純白の翼は一人前の証です。卵は普通の子供の姿をしています。

 その中でも彼女は、とびきり美しい子供でした。金糸のような髪に澄んだ空の色をした瞳。美しさは、穢れのなさは天使になれる条件です。無数の卵の中で、本当に天使になれるのはほんの一握り。彼女はその一握りだと誰しもが確信していました。

 

 対して僕は、綺麗さとは無縁な卵でした。黒い髪は悪魔の証だと言われいつもいじめられていました。

 悪魔は、人間を唆し悪事を働かせます。天使は高潔な精神を持っていますから、悪魔の誘いには乗りません。しかし、卵は別でした。

 まだ育ちきっていない未熟な心は甘美な誘惑につられてしまいます。卵の半数が、悪魔に堕ちて元々仲間だった者たちに倒されます。

 僕をいじめた奴らも堕ちました。人を見かけで判断するような奴らです。呪いを吐きながら塵に消えました。

 僕は、ああはなるまいと思って日々努力しました。そしてその努力が認められ始めた頃、見てしまったのです。

 僕が更生の余地無しと判断して見捨てた悪人に手を差し伸べる彼女を。

 悪人は、救われました。悔い改めて慈しみの心を持ちました。彼の人生はこれから幸せに向かっていくのでしょう。それでいいのです。僕たちの仕事は少しでも多くの人を幸せにすることなのですから。

 しかし、あの時の僕はそうは思わなかった。静かに広がっていったのは絶望を含んだ諦念。

 僕に翼が生えるならそれは、漆黒の、まるで鴉のような色をしているのでしょう。

 

 それから僕は、表面上は努力し続けました。内心はずっと凪いでいて空っぽになった気分でした。そんな時、彼女が話しかけてきたのです。

 「大丈夫?最近元気ないよね。」彼女はやはり天使でした。本当に、僕を心配してくれたんです。静かな夕凪の海に、波紋が広がりました。嫉妬、という名の波紋が。

 それからなぜか彼女は僕によく構ってきました。そんなに顔色が悪いのだろうかと思っても他の人にはいつも通りと言われるだけです。それでも彼女は心底心配そうでした。もし演技だったら僕は何も信じられないだろうというくらいには。

 彼女は、本当に綺麗な人でした。目が眩むほどに。彼女の翼はきっと白いのでしょう。僕の、黒い翼を鼻で笑って勝ち誇れる程度には。本当にそうしてくれれば良かったのです。そうすれば僕の気も少しはすんだでしょう。彼女にも汚いところがあるんだって。

 

 一定以上の任務をこなした卵たちは、天界に集められて翼を与えられます。それが、白ければ合格。一人前です。灰色や黒なら地の底に封じられ一生出ることは叶いません。

 僕は、地の底に行くことになる。そう思っていました。

 この場に集められたのは、五つの卵。僕と彼女と他にも優秀と言われていた卵たち。

 最初に呼ばれたのは、彼女でした。その場の全員が固唾を飲んで見守っていました。この場で一番優秀な卵の翼は、もちろん、純白。

 それも、誰も見たことがないほどに穢れなき、眩いほどの白。

 その場の誰もが目を見張れど驚愕の色はなかったように思います。僕はひたすら見惚れていました。知らないうちに他の三人も合格していて、最後は僕でした。期待の目が向けられていて、僕は期待はずれで申し訳ない気持ちになっていました。その時。

 大きな爪の長い手が僕の口を覆いました。耳元で、「お前、自分は期待はずれだと思っているだろう?」悪魔でした。どうしてこんなところに、と辺りは大混乱。悪魔は悠々といいます。「動けば大切な卵が死ぬぞ?」あ、僕人質か。怒号が聞こえました。「なんのつもりだ!」悪魔は答えました。「お前らの大切な卵を勧誘に。」

 僕は、悪魔になんてなりたくない。そう言おうと思った時に話しかけてくるのです。「どうせ地の底で一生閉じ込められるんだろ?じゃあ、少しくらい暴れたってだあれも気にしちゃいないぜ。」

 その主張に共感は出来ませんでした。でも、彼女の翼を見て嫉妬していたのは事実で、ずっとそれが欲しいと思い続けていたのも事実でした。そして、ピタリ止まって動けなくなっている天使たちの中で座り込んで動けない彼女が唇の動きだけでいいました。「乗っちゃダメ」

 次に彼女が何か言おうとしたけれど、僕はそれを待たずにいいました。

「その話、乗った。」

 

 瓦礫の山が広がっていました。ところどころ黒い炎が燃えていて、黒焦げになった羽根が落ちていました。悪魔が何かを言おうとしてその瞬間僕に頭を潰されました。この辺りに純白の翼を持っているのは、もう座り込んだままの彼女だけでした。泣き腫らした赤い目にはありありと絶望が浮かんでいました。

 僕は彼女に手を差し伸べて、いいました。

「君の翼が、嫌いだ。」

 

 彼女の翼だけは、生きたまま奪ってやりたかったのです。

 

                悪魔の最後の良心で、純白の羽が欲しかっただけの僕より

 

 

 

 

 あなたへ

 

 本当はね。ずっと、あなたの翼こそが純白の眩い翼だと思っていたのよ?

 私はね、あなたと眩くなくても白い翼で空を飛びたかった。

 本当に、それだけだったのよ。

 

           

                         もう白昼の空を飛べない私より

     

 

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