婚約破棄された令嬢たちは、リリアンヌの百合ハーレムで咲き誇る ~元婚約者の皆様、跡継ぎのための種だけ置いて消えてください

とんこつ

第1話 枯れかけた花と、拾う女神


「セシリア! 貴様との婚約は、今この時をもって破棄する!」

「カテリーナ! 僕もだ。君のような陰気で可愛げのない女とは、これ以上一秒たりとも一緒にいられない!」


 王立学園の卒業パーティー。


 豪奢なシャンデリアが煌めき、楽団が優雅なワルツを奏でていた大広間の空気は、その怒声によって一瞬にして凍りついた。

 ダンスを楽しんでいた学生たちも、談笑していた高位貴族たちも、何事かと視線を壇上へと向ける。

 そこに立っていたのは、この国の次期国王たる第二王子ジェラルドと、国軍の要である騎士団長の息子、アレンだった。


 彼らは本来、国の未来を背負うべき凛々しい青年たちであるはずだった。しかし今の彼らは、頬を赤らめ、だらしない笑みを浮かべながら、一人の小柄な少女を左右から囲んでいた。

 ピンクブロンドの緩い巻き髪に、制服を着崩した男爵令嬢、ミリナ。

 彼女は王子と騎士団長子息の腕に自分の胸を押し付けるようにして絡みつき、「きゃあ、素敵ぃ!」と甘ったるい声を上げている。


 一方、彼らの正面で立ち尽くしているのは、二人の公爵令嬢だ。


 筆頭公爵家の娘であり、王太子の右腕として国政を補佐してきた才女、セシリア。

 そして、歴代最年少で宮廷魔導師の資格を得た、氷の美貌を持つカテリーナ。

 国母となるべき気品と、魔導師としての冷静さを兼ね備えた二人だったが、今の顔色は蝋のように蒼白だった。

 セシリアが震える唇を開く。


「で、殿下……? 今、何を仰いましたの? 婚約の破棄、とは……」

「言葉通りの意味だ! 僕はもううんざりなんだよ。顔を合わせれば『公務の進捗は』『予算の承認は』と、小言ばかり! 僕は王族だぞ? 僕の安らぎよりも書類の方が大事だと言うのか!」


 ジェラルド殿下が唾を飛ばして叫ぶ。

 セシリアの瞳が揺れた。


(貴方様が……貴方様が先月の夜会をすっぽかして狩りに行かれたから、その尻拭いで徹夜続きだったのです……! 外交文書の決裁も、すべて私が代筆して……)


 喉まで出かかった言葉を、彼女は貴族としての矜持で飲み込んだ。公衆の面前で王族の恥を晒すわけにはいかないからだ。

 続いて、騎士のアレンがカテリーナを指差して罵った。


「カテリーナ、お前もだ! 魔導師だか何だか知らないが、女ならもっとこう、男を立てるとか、守ってあげたいと思わせる可愛らしさが必要だろう? お前は強すぎて可愛くないんだよ。それに比べてミナは……」


 アレンはデレデレとした顔で男爵令嬢を見下ろす。


「彼女は言ったんだ。『アレン様は強いんだから、もっと自由に生きていいのよ』って。僕の強さを理解し、癒やしてくれるのはミナだけだ」


 カテリーナは、悔しさに唇を噛み締めた。

 アレンの剣技が未熟で、魔物討伐の遠征で何度も死にかけたのを、誰が結界魔法で守ったと思っているのか。彼の功績とされる武勲の影には、常にカテリーナの援護があった。彼が怪我一つなく帰還できるようにと、自分の肌が荒れるのも厭わず魔力ポーションを飲み続け、結界を維持し続けたというのに。


「……私の献身は、可愛げがない、の一言で片付けられるものでしたの……?」


 カテリーナの掠れた声に、男爵令嬢ミリナがクスクスと笑った。


「やだぁ、カテリーナ様ったら暗い~! そういうところですよぉ? 男の人はね、ニコニコして『すごーい!』って褒めてくれる女の子が好きなの。お勉強やお仕事なんて、男の人に任せておけばいいじゃないですかぁ。ねっ、ジェラルド様ぁ」

「ああ、その通りだミナ! 君こそ真実の愛を教えてくれた女神だ!」

「お前のような堅物、こちらから願い下げだ!」


 会場中がざわめく。


 あまりの言い草に眉をひそめる者もいたが、王族と騎士団長家の暴走を止められる者はいない。

 セシリアとカテリーナは、孤立無援だった。

 幼い頃から家のため、国のためにと、自分の感情を殺して尽くしてきた。ドレスや宝石に現を抜かすこともなく、ただひたすらに完璧な婚約者であろうと努力してきた。


 その結果が、これだ。


 張り詰めていた糸が切れる音がした。

 二人の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

 床に落ちた涙は、彼女たちの砕け散ったプライドそのものだった。


「……っ、うぅ……」


 もはや反論する気力もなく、ただ立ち尽くす二人の令嬢。

 ミナと男たちが、勝ち誇ったように見下ろして笑う。


 ――パシィッ。


 その時。

 凍りついた空気を裂くように、扇子を閉じる乾いた音が響き渡った。


 それは決して大きな音ではなかったが、不思議と会場の隅々まで通り、騒然としていた人々の口を閉ざさせた。


「あらあら。随分と騒がしいと思えば……とんだ茶番ですこと」


 鈴を転がすような、しかし背筋が凍るような冷たさを孕んだ美声。

 人々が慌てて振り返り、その人物のために道を開ける。まるで、海が割れるように。

 カツン、カツン、と大理石の床を叩くヒールの音が近づいてくる。


 現れたのは、一人の令嬢だった。


 夜の闇を溶かしたような艶やかな黒髪を高く結い上げ、切れ長の瞳には、見る者を射抜くような強い光を宿している。

 身に纏うのは、王族よりも高価な最高級のシルクで仕立てられた、血のように鮮烈な真紅のドレス。


 彼女が歩くだけで、周囲の空気が変わる。


 支配者のオーラ。


 この国で一、二を争う権力を持つ大貴族、ローズベリー侯爵家の若き女当主。

 リリアンヌ・ド・ローズベリー。


 社交界の華にして、裏の経済を牛耳る「女帝」。通称、「リリィ様」である。


「リ、リリアンヌ嬢……?」


 先ほどまで威勢の良かったジェラルド殿下が、あからさまにたじろいだ。

 無理もない。王家の放蕩による財政難を救い、国の流通網を一手に握っているのがローズベリー家であることを、彼ですら知っているからだ。彼女の機嫌を損ねれば、明日の食事にも事欠くことになる。

 しかし、リリアンヌは王子たちには目もくれなかった。

 彼女は優雅な足取りで壇上へ上がると、泣き崩れそうになっているセシリアとカテリーナの元へ歩み寄った。


 ふわり、と高貴な百合の香りが漂う。


 リリアンヌは、持っていた扇子でセシリアの濡れた頬に触れ、そのままくい、と顎を持ち上げさせた。


「……なんてこと。こんなに美しい大輪の花を、雑草の中に放置して枯らすつもり?」

「え……?」

「可哀想に。セシリア、カテリーナ。貴女たちの瞳は、王家の宝物庫にあるどんな宝石よりも価値があるというのに。愚か者に曇らされてしまいましたね」


 リリアンヌは懐からレースのハンカチを取り出すと、自らの手で優しく二人の涙を拭った。

 その手つきは、至高の芸術品を扱うように繊細で、そして底知れぬ慈愛に満ちていた。

 至近距離で見るリリアンヌの美貌に、二人の令嬢の頬が、羞恥とは違う色で朱に染まる。


「リ、リリアンヌ様、どうして……」

「貴女たちが必死に国を支えている姿を、私はずっと見ていました……あんな手入れのされていない雑草まみれの庭では、貴女達は枯れ果ててしまう」


 リリアンヌは甘く微笑むと、今度は氷のような視線を王子たちに向けた。温度差だけで人が殺せそうなほどの冷徹さだ。


「殿下、それにアレン卿。確認ですが、貴方たちはこの素晴らしい原石――いいえ、今まさに咲き誇ろうとしている『花』を、捨てると仰いましたね?」


 射抜くような視線に、ジェラルド殿下が後ずさる。


「ふ、ふん! そ、そうだ! そんな可愛げのない、強気なだけの女たち、くれてやる!」

「僕たちにはミリナがいる! 彼女たちのように、男を否定するような女は不要だ!」


 その言葉を聞いた瞬間。


 リリアンヌは扇子で口元を隠し、瞳を細めて笑った。

 それは、獲物を罠にかけた猛獣のように美しく、そしてどこか妖艶な笑みだった。


「言質は取りましたわよ? 会場の皆様、聞きましたわね?」


 リリアンヌは、セシリアとカテリーナの腰に両腕を回し、自分の身体へと引き寄せた。

 長身のリリアンヌに抱きすくめられると、二人の有能な令嬢は、まるで守られる等身大の姫君のように見えた。

 リリアンヌの体温と香りに包まれ、セシリアたちの震えが止まる。


「感謝しますわ、殿下。貴方たちが、真実を見る目を持たない愚か者でよかった。おかげで、私の庭に最高級の花を迎えることができますもの」

「な……?」

「庭、ですって……?」

「ええ。私は貴方たちが捨てたゴミ拾いではありませんことよ。貴方たちには過ぎた宝を回収しに来たのです」


 リリアンヌは愛おしそうに、セシリアの髪に指を絡めた。

 そして、二人の耳元で、甘い毒のように囁く。


「さあ、行きましょう。セシリア、カテリーナ」

「私の屋敷にいらっしゃい。私が、私の庭で貴女たちを誰よりも美しく咲かせてあげる。こんな薄汚れた場所ではなく、もっと清らかな水と、十分な愛で満たしてあげるわ」


 その言葉は、傷ついた二人の心に、乾いた砂に水が染み込むように響いた。

 国のため、家のため、男のため。

 そうやって自分を犠牲にしてきた彼女たちに、「貴女自身を愛してあげる」と言ってくれたのは、親でも婚約者でもなく、この高潔な「女帝」だけだった。


「リ、リリアンヌ様……」

「あ……はい、連れて行ってくださいませ……どこへでも」


 二人の令嬢は、糸が切れたようにリリアンヌの肩に頭を預けた。

 その表情からは、婚約破棄された絶望は消え失せていた。代わりに浮かんでいるのは、救世主を見つけた安堵と、どこか熱っぽい陶酔。

 彼女たちの心は、この瞬間、完全にリリアンヌのものとなった。


「おい待て! 勝手に連れて行くな!」


 状況が飲み込めず、ジェラルド殿下が慌てて手を伸ばそうとする。

 だが。


「――お黙りなさい」


 リリアンヌが一喝した。

 ただの一言。魔力も何もない、ただの言葉。しかしそこには、絶対的な王者の響きがあった。

 殿下とアレンは、見えない圧力に押されたように尻餅をついた。


「彼女たちは、今から『私のもの』です。私の大切な花に、二度と近寄らないでくださる?」


 リリアンヌは蔑みの眼差しを彼らに投げ捨てると、踵を返した。

 二人の美女を両脇に侍らせ、堂々と会場の中央を歩いていく。その背中は、どんな王族よりも気高く、美しかった。 


 会場の扉が開かれる。


 夜風と共に、新たな運命が動き出した。

 後に残されたのは、有能な婚約者を失ったことの意味にまだ気づいていない愚か者たちと、呆気にとられる貴族たちだけ。


 これが、後に国を揺るがし、そして救うことになる「リリアンヌの百合ハーレム」の始まりである。


(第1話 完)

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