第2話

彼らと出会ったのは十八歳の時。 春の淡い青い空が広がり桜が舞い散る広いキャンパスだった。

なかなか大学になじめなかった私に明るく声をかけてくれたのが雪乃、大橋雪乃おおはしゆきのだった。 かわいらしく咲き乱れる桜の花のような彼女は、私と正反対な社交的で素直な女性だった。


そんな私にないものを持つ雪乃に、私は素直に惹かれた。


『しずくってかわいい名前だね』

そう言って笑ってくれた雪乃。まったく性格が違う私たちだったが、仲良くなるのに時間はかからなかった。

そして、そんな雪乃に声をかけたのが裕也と彼。 ふたりは中学からの親友でいつも一緒だった。


『俺たちずっと一緒なんだ』

誇らしげに紹介する裕也と、どこか少し照れたように笑う彼が印象的で目を奪われた。 雰囲気こそ正反対の二人だったが、信頼しあっているのは見ていてすぐに分かったし、お互いが必要としあっていた。


人見知りで優等生気質な私はなかなか馴染めなかったが、彼らは根気よく話しかけ、時間をかけて頑なだった私の心を溶かしてくれた。


人生で初めてできた大切で優しくて温かい仲間。

授業をさぼることも、放課後の遊び方も、課題を写させてくれたのも彼らだ。どんな嬉しいことも、悲しいことも一緒に乗り越えてきた。


しかし、時間の経過とともに、少しずつ、少しずつ私たちの関係は形を変えていった。

ゆっくりと雪乃と裕也には知られることなく。


彼の視線の先にはいつも雪乃がいて、雪乃の目は裕也を映し、裕也も雪乃だけを見ていた。そして私は……。


きっと私と彼のどちらかが少しでもこの均衡を崩したら、歪な私たちの関係はすぐに破綻したはずだ。

そんな私の複雑な心の変化をどう思っていたかはわからないが、いつのころからか彼は『大丈夫か?』そう私に問うようになった。

主語なく問いかける彼に、いつも『なにが?』そう笑顔を作って答えるしかできなくなっていった。


私は本当は弱くてただ虚勢を張っているだけ。親のせい、育った環境のせい、そんな言い訳をしてばかり。

可愛くなれない自分が本当は大嫌いだった。

弱い自分を隠すためだけに強がる私を、ずっと一緒にいた彼は見抜いていたのかもしれない。


「なにしてるんだか。私」

音にならないぐらいの声が、口をついて自嘲気味な笑みが浮かぶ。


「大丈夫か?」

物思いにふけていた私は、不意に聞こえた甘く鼓膜にも響く低い声にビクっと肩が揺れた。 ”大丈夫か?”そんなセリフを私に言う人は、一人しかいない。そして、声に反応してしまう人も。


どうして来たの? そんなことを思う反面、来てくれたことに嬉しさも募る。


そんなぐちゃぐちゃの気持ちのまま振り返るのが怖くて、タイミングよくカクテルを置いてくれたバーテンダーの彼に笑顔を向けつつ問いかける。


「なにが?」

いつも通りに言えたはず。

「隣いい?」


私の問いに答える気はなさそうなその相手の問いかけに、私は隣の空いている椅子に視線を向けた。

「嫌って言っても座るんでしょう? ここにいるってよくわかったね陸翔りくと

「わかるよ」

当たり前だと言わんばかりにサラリと言いながら、背後で彼が笑ったのがわかった。そして隣に気配を感じる。


「今日はしずくに半年ぶりに会えてよかった。しずくにとっては仕方なくだったとか?」

「まさか」

正確には半年と少しだ。今が梅雨が明けた七月の上旬で、最後に会ったのは年が明けてすぐ。半年以上は経っている。 会ってなかったのはあなたが忙しかったせいであって、私のせいじゃない。


本当にそう? 私が陸翔を避けてなかったと本当にいえる?

自問自答しても答えは出ない。

彼に会いたくなかったと思わせていた自分に嫌気がさして、無意識にため息が零れた。


「これみよがしにため息をつくのは酷くないか? 本当に会いたくなかった?」

少し不機嫌そうな声が聞こえて、私はそこで初めて隣に座る男に視線を向けた。半年前と何も変わらない。いや、さらに魅力が増した気がする。


「そんなわけないでしょ」


聞いたくせに、私がそう答えるのもわかっていたのだろう、すぐにいつものトーンで言葉が降ってくる。

「それにしてもよく降るな。雨。でも、昼間の結婚式は晴れてよかったよな」

憂鬱そうに眉を潜める表情も様になりすぎる。そんなことを思っていることを悟られないように冷たく言い放つしかない。


「文の最後に主語を持ってくるのはやめた方がいいって何度も言ったでしょう?」

「意味はわかるだろ?」

わかるとか、わからないとか、言葉を生業とする人間なんだから……。そう文句がいつも通り口をつきそうで、慌てて私は口を噤んだ。


不毛だ――。


こんなやりとりを過去に何度してきたかわからない。

しかし、今そんなことをする意味はない。

黙った私に構うことなく、陸翔は口を開く。

「それは?」

「おすすめ」

陸翔は私が手を伸ばした鮮やかなピンク色の液体が入ったグラスを視線だけで示す。 単語だけのやりとりですぐに答えられる関係。長い時間を過ごした証拠だ。


「ジントニックをお願いします」

オーダーは決まっていたのだろう。迷いなく注文する姿はこの場所が似合う大人の男性に見える。 それほどの時間が出会いから経過したことを実感する。


どこか懐かしいピアノの旋律に耳を傾けて、バーテンダーの鮮やかな手つきをふたりで見つめた。


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実らない恋の終わらせ方 Minami Miki @muchi2011

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