恋の終わり そして

Minami Miki

第1話 

カーテンの隙間から眩しい光が入ってきて、目が覚めた。正確には覚めてしまったのだが。


真夏の日の出は早い。


夜に少しの隙間に気づかなかった自分を責めつつ、もう一度枕に顔を埋めて眠ろうと目を閉じた。

しかし。


今日は眠れなさそうで、ベッドサイドのスマホを見るともう少しで五時半だった。

「起きるか……」

エアコンが直に当たっていたのか、少し重たい身体を起こして小さく息を吐いた。


静かに廊下に出て洗面所で顔を洗ってから、キッチンへ向かう。


一般的な広くないキッチンに無機質に置かれている白い冷蔵庫の中は、自炊しているのか問われそうなほど、大したものは入っていない。

なにもできないと判断して、私は冷蔵庫をため息交じりに閉じた。


せめてもと、きちんとお湯を沸かして丁寧にコーヒーを入れる。

リビングに芳醇な香りが漂ってきて、私はそれを吸い込んだ。


その時、廊下で物音がして、トイレの水が流れる音がした。


ーー今日はいたんだ。


なんとなく、昨夜、気配を感じているような気がしていた。しかし、もちろん声をかけらることも、アイツが私の部屋に来ることなどなかった。


久し振りにゆっくりとコーヒーを飲み、支度をして仕事へ行こうと玄関へ向かう途中、ひとつの部屋の前で足を止めた。


「ねえ、今日の夜ごはんいる?」

新しくはない一般的な2LDKのマンションは、広くない上に私とアイツ以外誰も住んでいない。自分に声をかけられていることはわかっているだろう。


白いドアにゴールドのノブ。住み始めたころはここは私の寝室でもあった。しかし今は違う。


もう、何日間、彼の顔を見てないかわからない。記憶があるのは出かけていく彼の背中か、俯いているため後頭部のみ。


就職のために地方から東京にでてきて半年後から付き合ったはずなので、たぶん六年ぐらいだろうか。

しかし、そのうち半分は寝室は別だ。そしていつからレスだっけ……。

考えてもむなしくなるだけで、私は一応礼儀だからとノックをして、扉に手をかける。


「返事ぐらいして? 開けるよ?」


え?


嘘でしょ?ガチャガチャと音を立ててノブを回して唖然とする。


この部屋は鍵などついていなかったはずだ。

とうとう鍵を自分でつけたのか……。


その事実に、自分の感情がどんなものかわからない。悲しい気もするが、どうでもいいかと問われたらそれも嘘ではない。


複雑な気持ちのままな、私は玄関で靴を履くと無言で家を出た。


進藤朱莉、今年で28歳になる。肩より少し長い髪に、一応二重の瞳。

特に際立ったところはないが、卑下するようなところもない。濃いブラウンの背中までの髪は熱いので、アップにしている。

そして、たぶんまだ別れていない彼氏は、前田浩二という。海外との取引も多い商社の勤務で、生活スタイルが違うから一緒に住み始めたはずだが、すっかりすれ違って数年。

一緒に住まなかった方が、長続きしていたのだろうか。お互い嫌なところや、価値観の違いを知っただけのような気もする。

エレベーターを降り、目に入った集合ポストの中を確認しようと扉を開たが何も取らずに閉める。

ゴールドの縁取りがされた少し厚めの白い封筒には、きちんと筆で書かれた宛名が書かれていた。

ここ最近、見覚えがありすぎるものだ。


「またか……。今度は誰だろ……ね」

ここ最近、かなりの頻度で結婚式の招待状や、”子供が産まれました”そんな封書を見ることが増えた。

一緒に住み始めたころは、二十八になる前にはとっくに自分もその仲間になっていると思っていた。

しかし、現実は……


「あっつ」

マンションから外に出ると、ついその言葉が漏れる。まだ八時前というのに、太陽がジリジリとアスファルトを照りつけ、マンションから駅に向かうだけでも汗が滲む。

別に今すぐ結婚をしたいわけでもないし、仕事も楽しい。ITデザインの会社に就職して六年目、営業という仕事はやりがいもあるし、責任ある仕事も任せられるようになり、後輩もたくさんできた。


だから、このまま冷めた彼氏との現状を見て見ぬふりをして、この関係を継続すれば結婚という未来の可能性はまだあるはずだ。

お互い自由にしながらも、とりあえず配偶者を得られる。

実家は田舎で、母からはしつこいほどの結婚の催促があり、まだと答えれば、そんな人とは別れて見合いをしろ。

最近の母からの電話は、野菜を送った、もしくはその話以外にないため、電話に出るのも億劫になっている。


若いころの恋ならば、あんな彼氏の態度を見たら、すぐに別れを切り出していたはず。

でも、この年になり、次の恋をするのも面倒で、一から新しい関係を構築するのはそれなりに体力も気力もいる。だからと言って、結婚を諦めることもしたくはない。


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