第7話 血の告知

僧と再び会ったのは、数日後だった。


影康は呼ばれたわけではない。

だが、そこに行けば会うと、分かっていた。


視えた未来ではない。

理屈でもない。


ただ、確信だった。


僧は、寺とも屋敷ともつかぬ場所にいた。

人の出入りはなく、香の匂いもない。

ただ、空気だけが澄んでいる。


影康が近づいても、僧は振り向かなかった。


「遅かったな」


責める調子ではない。

待っていたとも違う。


影康は、数歩離れた場所で止まった。


「話があるのだろう」


僧は、うなずいた。


「ある。

 だが、聞きたいか」


影康は、即答しなかった。


聞いた先の未来が、

かすかに、だが確かに、崩れている。


「……話せ」


影康は言った。


僧は、ようやくこちらを見た。


その目には、憐れみも、悪意もなかった。

ただ、事実だけがある。


「お前は、豊臣秀吉の子だ」


言葉は短かった。

余計な修飾はない。


影康の中で、何かが音を立てて崩れた。


――なるほど。


それだけだった。


驚きはなかった。

怒りも、悲しみもない。


「証は」


影康は問う。


僧は、答えなかった。


「証があれば、信じるのか」


影康は黙った。


信じるかどうかは、問題ではない。

使われるかどうかが、問題だ。


「生かされた」


僧は続ける。


「守られていたとも言える。

 だが、隠されていた」


影康は、置屋を思い出した。


名を問われぬ場所。

血を語らぬ場所。


「なぜ、今だ」


影康は、低く言った。


僧は、わずかに目を伏せた。


「今でなければ、

 お前は完全に影になる」


影康は、静かに息を吐いた。


「……すでに影だ」


僧は、首を振った。


「違う。

 今のお前は、選べる影だ」


その言葉が、胸に刺さった。


選べる。


それは、これまで与えられなかったものだ。


「血を名乗れば、壊れる」


僧は言う。


「名乗らねば、

 お前の周囲が壊れる」


影康は、視ようとした。


だが、未来は霧のままだ。


「どちらも、終わりだな」


影康は言った。


僧は、うなずいた。


「だから、今だ」


影康は、しばらく黙っていた。


血は、重い。

だが、影は、軽すぎる。


その間で、

自分は、立たされている。


「……分かった」


影康は、ようやく言った。


「だが、まだ名乗らぬ」


僧は、静かに笑った。


「それでよい。

 名は、最後に重くなる」


僧は、立ち上がった。


「いずれ、徳川が動く。

 そのとき、

 お前は、もう戻れぬ」


影康は、その背を見送った。


止める言葉は、

視えなかった。

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2026年1月13日 18:00
2026年1月14日 18:00
2026年1月15日 18:00

影の名 竜泉 @haseryo

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