中編

 1週間前。

 都内某病院。


「沖田先生、佐伯さんがまた……」


 沖田正志おきた まさしはかかってきた電話の内容にため息をついた。


 彼が入院してからもう何度目だろうか……


 正志は重い腰を上げ、当該の患者がいる病室に向かった。




 病室に入り、その患者のベッドサイドに行く。


 彼――佐伯喜久雄さえき きくおは点滴をつけた状態で、ベッドの上に胡坐をかいて座っていた。


「来たか……先生……」


 正志はため息をついて、ベッドサイドのパイプ椅子に腰を下ろした。


「あまり、日に何度も呼びつけないでほしいもんですね」


「先生……退院させてくれ……」


「このやり取りももう何度目でしょうかね……」


 正志は頭痛がするとでも言いたげにこめかみを指で押さえた。


 喜久雄は肺癌だった。

 半年前から抗がん剤治療を続けてきたが、体が薬に耐えられなくなりつつあった。


 そして、今回の入院。

 肺炎を合併し、予定していた抗がん剤治療を中止し、現在は抗菌薬の治療を受けている。

 しかし、我が強く、自由気ままな喜久雄はまだ病状が安定していないにも関わらず、ことあるごとに「もう退院する」と言って正志を困らせていた。


「今回は今までと違う」


 話半分といった様子の正志に喜久雄は苛立ちながらそう言った。


「何が違うんです?」


 正志の問いに喜久雄は無言で紙を手渡した。

 それは結婚式の招待状のようであった。

 喜久雄に促され、正志は招待状の中身を読んだ。


「二十数年前に妻と別れた。娘が一人だけいたんだが、その招待状にある通り、結婚するらしい。わざわざ興信所まで雇って俺の居所を突き止めて、招待状を送ってきてくれたんだ」


「そうですか……」


 事情を知り、正志は悩んだ。

 生き別れの娘の結婚式。

 行かせてやりたいのは山々だが、喜久雄は末期に近い肺癌に肺炎を合併している状態だ。

 治療途中で退院するのは命懸けと言っても過言ではない。


「先生、あんた子供は?」


 そう聞かれて正志は首を横に振った。

 喜久雄と似た境遇というわけではないが、正志も十年ほど前に妻と離婚している。

 喜久雄と違うのは、その別れた妻との間に子供がいないということだ。


「そうか……じゃあ……俺の気持ちはわかってもらえねーか……」


「これでも医者ですよ。人に寄りそう気持ちくらいは人並みには持ち合わせてます」


 自由気ままで、自分や他の病院スタッフのことを困らせてばかりいる喜久雄だったが、歳が近いせいもあってか、正志は彼のことをどこか憎めないと思っていた。


「今、退院は許可できません。ですが、式の日取りまで1週間あります。当日の朝ぎりぎりまで点滴治療をやって、少しでも万全の状態で式に行く。これでどうです?」


 正志の提案に、喜久雄は満足し、ばんばんと正志の背中を叩いた。


「さすが俺の主治医だ!! 話がわかるじゃねーか!!」


 病状が悪いというのが信じられないくらい、明るい笑顔で喜久雄は笑った。



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