かつての勇者(俺)、今度は聖女として『自分自身』を召喚し、接待することになりました

奏楽雅

第1話:勇者召喚

早朝の大手町。通勤ラッシュから外れた時間に俺は会社へと向かう。

空は青く、5月というのに初夏のような陽射しが眩しい。

(まだ、夜が明けたばかりだろうに。今年も暑くなるのかな…)

まだ、警備員しかいないビルに、いつものように朝一番で出社する。

4台あるエレベーターの1台は待機していて、いつものように中に入ると、勤務フロアの13階を押した…


***


俺は、鏡に映る15年付き合った自分の容姿を見る。

黄金色に輝くストレートの長い髪。切れ長ながら愛嬌のある目。桜色の唇。色白の肌。誰もが振り向く容姿。

実はこの容姿に俺は覚えがある、そりゃ自分自身だからだろと言われそうだが、そういう意味ではない…まあおいおい話すことにする。


「ステラフィール様、準備いたしますが宜しいでしょうか?」


俺が鏡を見ていると、侍女たちが儀典用法衣とストールを持って立っていた。

「いよいよ異世界の勇者様を召喚し、魔王への反攻を開始するときが来ました。

どんなに待ち焦がれたことか…」

「ステラフィール様が、成功されること国民全てが祈っております」

着替えさせられながら俺は

「期待に添えるよう頑張ります」

そう笑顔で返す。


今の俺は教会で生活している。実家は有数の侯爵家だ。聖女の才能が見出されたために、教会に押し込まれてしまった。

毒殺されそうになった王様なんか助けるんじゃなかったと、今では後悔している。


今日は数年に一度の星並びの良い日とされ。

国中から何十人もの名だたる聖女や聖人が集められていて、異世界から勇者を召喚する儀式を執り行うことになっている。


その召喚の中心で儀式をするのは俺で、勇者の旅にも回復役として同行することになっている。

はっきり言って憂鬱だ…


「ステラフィール様。ご準備は宜しいでしょうか?」

神官が扉の部屋用ノッカーを鳴らすと、そう尋ねてきた。

侍女が扉を開け、神官を中に迎え入れる。

「みなさま、既にお揃いになられています」

「わかりました。参りましょう」


部屋から出ると、通路の左右に十人ずつ神官と修道女が並んでいた。

俺が進むと、手前側から順に俺の後ろについてくる。


左右の壁に宗教画が描かれた、長く荘厳な廊下には、剣を逆さに捧げ持った騎士が左右に並んでいる。俺はその中央を通って儀式の間に向かって厳かに歩む。


格式張ったのは嫌いなんだけど…これ誰のためにやってんの?


大扉の前に立ち止まると。騎士が観音開きの大扉を開く。


俺は一人で中へ足を踏み入れる。


体育館ほどの広さの空間に、俺の衣装に似た法衣姿の女性と男性が二十人づつ並んでいた。

俺はその間を抜け、先頭に立つと。正面には華美な椅子に腰かけた王が俺を見ていた。軽く会釈する。


「それでは、”召喚の儀”を始めさせていただきます」室内に響く声で俺は宣言をした。


魔術召喚ではなく、神へ願う儀式召喚である。集まった聖女、聖人が神へと祈り願う。召喚中は神聖力がガリガリ削られることとなる。

俺はその中でも、実際にこの手を異世界へと伸ばし、力の強いものや素養のあるものを手探りで探し、その相手に触れる役目を担う。見ることが出来ないので難儀だ。

触れられたものは神の力で勇者に加工され、この世界へと召喚されるのだ。

選ばれたものにとって、非常に迷惑なことだろう。


あーでもない、こーでもないと俺は額に汗を浮かべ勇者を探す。

基準に達しない者は、召喚自体されない。下手すれば次元の隙間に落ちてしまうこともあるとか。流石にそれは寝覚めが悪い。


よし見つけた、これと、これはキープ。これも良さそうだけど。このくらいだともっと良さそうなのがいそうだ。一応三人までは選べるが、さっきも言った通り基準に達していなければ召喚されない。

時間がない、時間は聖女と聖人の力に比例する。俺がこうやっている間に、聖女、聖人が倒れてゆき四十人が三人になっている。

「聖女ステラフィール…もちません。急いで…」

(あああ、やばい)

時間切れは選んだ人数までとなる。

あと一人、あと一人…

「聖女ステラフィール…」

もう、これでいいや!


気を失いかけつつも、最後の力を振り絞り神に願う。

「どうか、この者たちをご召喚ください」

そこまで言って膝をつく…


室内は溢れんばかりの光に包まれた。


光が晴れると…男二人、女一人が立っていた。


女は、女子高生くらいで制服を着ている。黒髪でロングボブ。綺麗な顔立ちの娘だ。

男は、一人は大学生風で茶髪で長身痩せ型、アイドルのような風貌だ。

もう一人は…高校生くらいで…中肉中背。特に特徴がないのが特徴のようで、俺はこの男を知っている…

というか、この三人を知っている。


「おお、召喚に成功したか。良くやってくれた、聖女と聖人たちよ。ステラフィールも良くやってくれた」

王は感動したのか腰を浮かせていた。


「どこだここは!」

茶髪が大声をあげると、こちらに向かってくる。俺に手が届くまで近づいたところで槍を持った騎士に止められる。

「何すだよ。巫山戯るなよてめえら」


「ここは何処ですか?説明をお願いします」

男子高校生が説明を求める。

女子高生は男子高生の陰に身を隠すようにして縋り付いていた。


ああ、そうそうこんな感じだったっけ。


王を見ると、俺を見ていて、お前が説明しろと目で訴えていた…

ふう…

と心のなかで溜息をつくと、召喚された者たちを見る。


「選ばれし、勇者よ。召喚に応じて頂き感謝いたします」

俺は、持ち前の美貌と、営業スマイルで勇者たちに語りかける。


「どういうこと…私応じてなんかないよ」

女子高生が震える声を漏らす。

そりゃそうだ、俺が選んで、有無を言わさず神が引き込んだのだから。


「勇者とか召喚ときたか。おもしろい。魔王でも倒してくださいってか?」

「はい、この世界は魔王の軍勢により苦しめられております。どうか、勇者様のお力でお助け頂けないでしょうか?」


「僕は戦う力なんてありません」

「大丈夫です、心で感じてみてください。神から授かった、能力が見えるはずです」


俺がそう言うと、三人は目を瞑り確認を始める。


「おおお、根源の炎で全てを燃やし尽くす。炎の勇者だってよ。ステータスまで数値で確認できやがる」

茶髪が、大声で叫ぶと、俺に顔を近づけ挑発するような仕草をする。

「そのお力でどうかお助けください」

俺は、笑顔を貼り付けたまま、前で重ねた手が怒りで震える。

「何、震えてんだよ可愛いー」

(勘違いするんじゃねえ!)

「私は、渡る風は、全てを無に帰す暴風。風の勇者だそうです…」


「素晴らしいです。どうかお助けください」


「僕は、星を統べる覇者。至高の勇者とあります」

室内に歓声が上がる。

「なんと素晴らしい。過去に聞いたこともないお力を得られていらっしゃるようです」

俺は男子高生の手をとり、喜ぶ振りをした。


「でも、戦うとか無理です」

(うんうん気持ちはわかるよ)

「そうそう、俺は戦ってもいいけど。なんか特典がないとねえ…」

茶髪は俺を睨めつけるようにして、足先から頭まで見る。体中に鳥肌が立つ。

「わ、私は、神に仕える身ですので…」

「こっちは、いきなり呼ばれて、この世界を苦しめる魔王を倒せって言われてるんだ。神とか言ってないで誠意を見せるのが筋じゃないの?」

肩に手を回すな、気持ち悪い。

騎士は何やってんだ。俺を守れよ。


「帰してください。家に帰らせてください」

「申し訳ありません。それは叶ません。星並びを見て、神に願いの届く日でないと送還の儀もできないのです」

帰すくらいなら召喚したりしない、召喚は一方的に、負担を押し付ける破綻したシステムなのだから…


「ですが、帰る方法はあります。また、来られた世界では、時間は経っていなので安心してください」

これは嘘ではない。実際帰ると時間はほぼ経っていない。


「先ずは宴を用意しております。どうか、ごゆっくりしてお考え下さい」


騎士と神官に促されながら三人は移動させられる。

ちょっと待て茶髪、俺の手を離せ!

いつの間にか俺の手を取り、一緒に連れ出そうとする茶髪。

「お離し下さい、勇者様」

「良いだろ来いよ」

俺は茶髪に魔法で電流を流す。

「アッツ」

静電気くらいの電流だが、茶髪は目を白黒させ俺を見る。俺は茶髪が手を離した隙に数メートルは離れていた。お辞儀しつつまた後ほどと言って王の方へと向かう。


***


「ステラフィールよ、今回の召喚大儀であった」

「ありがとうございます陛下」

玉座に座った王にカーテシーで応える。

「なんとか三人つつがなく召喚に成功し肩の荷がおりました」

「結構な能力の持ち主だった。儂は感動したぞ」

「ですが、戦いを知らぬ世界から来た方々のように見受けられました。戦場に赴いていただけるように誘導しなければいけません」

「うむ、頼んだぞ」

「………今なんと?」

「頼んだぞステラフィールよ」

「わ、私にやれと?」

「そうだな、お主に褒美をとらせんとな」

「いえ、褒美などいりません、ですので勇者の誘導は…」

「よし、儂の愛妾にしてやろう」

「遠慮致します、何考えてるんですか?私など陛下のひ孫と同じ歳じゃないですか」

「では、儂の息子との婚姻でどうだ?年齢的にも丁度良いのがいるぞ」

「ご遠慮します、わ、私は神に仕える身ですので」

「神職などいつでも辞めさせるわ…そうだな、では勇者の誘導か、儂の愛妾かどちらか選べ」

「なんでそんな二択になるのですか、報酬の話でしたよね」

「儂のものにならないなら、いじめてもいいかなって」

「子供ですか!

良いです、分かりました、勇者の面倒はみます」


俺はそう言って、部屋を出ることにした。

「いつでも待ってるからな〜」

「待たないでください!」


***


上手く王に乗せられたんだろうなー。

それが解るだけ余計に腹が立つ。


俺は、宴の会場に入った。

綺羅びやかな大広間に、楽隊の音楽が流れ。重臣たる貴族で賑わっている。

勇者は一際人集りの多い場所にいた。


今の俺はパーティドレスに身を包んでいる。神職ではあるが高位貴族の令嬢でもある。法衣ではこういう場に似つかわしくなく、周りの興を削いでしまうのを避けた結果だ。


「勇者様。宴は如何ですか?」

俺は男子高生と女子高生が一緒の場に足を向けた。勇者も貴族の華美な服を着せられ、女子高生は俺と同じ様にパーティドレスだった。

「名乗りが遅れました。この国の大聖女を務めさせて頂いている。ステラフィールと申します」そう言ってカーテシーで挨拶をする。

「先程のシスターさん」

「僕の名は、桐城晟(とうじょうせい)です」

「私は、卯月紫(うずきゆかり)です」

「宜しくお願いします」

俺が微笑むと少しだけ、緊張が緩んだみたいだ。美少女スキルは絶大だ。


「少し話しませんか?」

「はい、説明を受けたいと思ってました」

「ここは…この世界の情勢や、何故呼ばれたかなど教えて下さい」

「そうですね…この世界には、まだ名前がありません。国の名前はラフィール王国。大陸の中で最も大きな国です。

大陸の大きさは…」

俺はここで一拍置いた。

「ユーラシア大陸と同じくらい。

まだ宗教観が強く、地動説が被支配階級では信じられています。

文明は18世紀。産業革命前くらいです。魔物の脅威。王権の強さからここでは産業革命は起こらないでしょう」

勇者の二人は目を白黒させている。

「な、なぜ貴方は僕たちの歴史を知っているんですか…」

俺は晟の質問に笑顔だけ返し後を続ける。

「この世界には神がいます。そして悪魔や魔神、魔王も。

魔族の国は、東方にあり。

人間の国は同盟や、連合を作りそれに対抗していますが…逐次攻め込まれ領土を失っています。

私が生まれてからでも10の国が飲み込まれました。

魔族の概念は…あなた方の想像とそうはかけ離れていないと思います」

晟は俺を睨みつけているが、俺は続ける。

「魔族は元々はこの世界には居ませんでした。扉と言われる場所の先にいる存在でした。

しかし、欲にかられた人たちが開いてしまった…

私たちだけの力では近づくこともできず、神の力を授かった勇者様に扉を閉じて頂きたいのです」

「なんで、神様がいるというのにわざわざ勇者を?」

紫が聞いてくる。

「神は、超常の存在です。人間がいなくなっても気には止めません。やり直せば良いくらいに思われている…と私は思っています。また、実体を持たないため直接あの扉は締められません。そのため、私がたちが願ったときに勇者という存在を遣わせて下さるのです」

「やり直す?」

「言いすぎました。神は人間への試練と捉えているのかも知れません。

人が扉を開けてしまって、勇者が閉じる…その繰り返しをこの世界では、記憶が伝説になる歳月ごとに何度も繰り返されています。愚かな話です」

「ステラフィールさん、貴方の言い方は、人間側に立っていないように聞こえるのですが…」

俺は驚いた…

「私は、人間です、悲しくも人間側で試される側です」

「ステラフィールさん。泣かれているのですか?」

紫が心配そうに近寄る。

ああ、おれは涙を…

(俺にとっては、この戦いは二度目だ、いい加減悲しくなる)

「わかりました。どこまでお役に立てるかわかりませんが。この勇者の力使わせて頂きます」

晟が俺に向かって意思のこもった目でそう言ってくれた。

意図して流した涙ではなかったが、美少女の涙は恐るべし。

「私も、晟と同じです。たぶん晟について行くだけですけど…」

「ありがとうございます」

俺は二人の手をとって深々と頭を垂れた。

「何々?何を話てんの?」

茶髪がやってきた。

「おほ、シスターちゃんじゃない。やっぱ良いなお前。どうよ俺のものになれよ、そうすれば戦ってやるよ」

そう言って、俺の腕を掴む。

「痛いです」

「迅さん止めてあげてください」

「おや、桐城ちゃん、可愛い女の子に囲まれて気が大きくなっちゃった?」

「そんなんじゃないです。ステラフィールさんが嫌がってます。

あなたはあちらで貴族のお嬢さんと楽しそうに歓談してたじゃないですか」

「なんか、美人さんなんだけど彫りが深すぎて趣味じゃないんだわ。このシスターちゃんは丁度いい感じなんだよな。外人ぽいのと日本人っぽい感じが混ざってて」

と、俺に顔を近づけてくる。

「きみ、勇者だからって大聖女様に失礼だろう」

俺が、魔法で吹っ飛ばそうかと思ったところで、茶髪の肩に手が置かれた。

「なんだ、てめえ」

第21王子、17歳だ、ひ孫までいるのに王様頑張りすぎ…

茶髪のアイドル然とした容姿が王子によって霞む。

王子はトップブリーダーよろしく、美人で名高い第8王妃の子だけあって、ビジュアルに優れた王子だ。武芸も秀でると聞いている。惜しむらくは王位継承権があってないような順位なことだろうか。まあ貴族位貰って分家になるんだろうな。

王子の周りには甲冑は着ないが帯剣した護衛が幾人も付いている。

茶髪が凄んでも、戦経験のない今は、たとえ勇者であっても手も足も出ないだろう。

それくらいは分かる知恵があるのか、悪態をついて離れていった。

「大丈夫でしたか?ステラフィール様」

「エドリック殿下。ありがとうございました。助かりました」

「貴方のお役に立てたなら至上の喜びです」

と言って、俺の手の甲にキスしてくる。

こいつ、怖いことに俺に気がありそうなんだよな。やだやだ。


そんなことを思ったそのとき、大広間が一瞬だけ震えた。

何が起きたのか誰も理解できない。

──そして遅れて、ドガァァァァン!

壁の向こうから爆ぜるような轟音が押し寄せた。広間のシャンデリアが何箇所か落ち、下敷きになった人もいるみたいで悲鳴も聞こえる。


ベランダに駆け寄ると、破壊された城壁に大きな岩のような何かが煙を上げて蠢いていた、表面には灼熱した跡が見え、暗闇に赤い軌跡を浮かび上がらせる。

「なんだ、あれは」

「魔物か?」

「でかい」

「う、動くぞ…立つのか?」

岩が煙を吹き出しつつ、手をらしきものを膝らしきものにつけてゆっくり立ち上がる。

大きい十五メートルある城壁を超えている。

「戦えないものは避難を、魔術士隊と、砲兵隊は至急応戦体勢を取ってください!」

俺は声を張り上げ指示を出す。

もっとも軍事関係者ではないので、途中で却下される可能性もある。

「大聖女様の命令だ、みんな配置につけ!」

あれは軍務卿。あはは、通っちゃった。

「勇者様はお逃げください!」

「ステラフィールさんはどうされるのですか?」

「私は、現場に向かいます」

「…なら、ついて行かせてください」

「危険ですよ…」

「どうせ、あんなのと戦うことになるんですよね?怯んでても仕方ありません」

強い意思を感じる。

「わかりました来てください、紫さんはお逃げいただいても…」

「いえ、私も連れて行ってください」

俺は問い返すことをせずに、三人で頷きあった。


***


城壁内で立ち上がった、魔物は人型で、ゴーレムに近い存在のようだ。

石造りのような堅固な身体に、無骨な手足がついている。音速を超えて飛んできたのか灼熱を帯びていた身体はまだ燻っていた。

砲兵隊の攻城砲が引き出され、方向を魔物に向けている。魔術士隊はまだ招集中のようで姿がない。

「まるで怪獣映画だ、逆に現実感が沸かない」

晟が呟く。


ドォーン、ドォーンと砲撃が始まった。

計八門の一斉攻撃が魔物に突き刺さる。撃った攻城砲と、着弾した魔物が煙に包まれる。

しかし煙が晴れても、魔物に変わった様子は見て取れない。

音速を超えて城壁を破壊して地面に激突して無傷なやつだ。城壁に穴をあけられる砲撃でも無理なのだろうか?


これでは城にいる魔術士部隊では、手も足も出ない…


致し方ない…

俺は勇者に向き直る。


「紫さん、お願いがあります。あなたの勇者の力。暴風の魔法であいつを城壁外に吹き飛ばしてくださ」

「え、ええ!?」

「私が、詠唱補助致します」

「は、はい」


「いきますよ、私と同じように唱えてください」

俺は紫の背後に立つと、耳元で囁く。

「ひゃん」

紫は、俺の呼気が耳に掛かったか、ビクッとして変な声を出す。紫ちゃん相変わらず弱いんだね。


「我が友たる風よ…」

「わがともたるかぜよ」

「留まらぬ風よ…」

「とどらぬかぜよ」

大気が震え始め、足下から風が流れ始める。

「集い重なりて暴風を形ちなせ…」

「つどいかさなりてぼうふうをかたちなせ」

「「我の前の敵を吹きとばせ」」

声が重なる、紫自身の頭に浮かんだのだろう。

《ストーム》


解き放つ言葉を放つと、周囲の風が重なり猛烈な風を巻き起こし、その風に更に風が纏いつき大きなうねりと化し、魔物に襲いかかる。

壊された城壁の方角は城下町がなく、丘の上に立つ城から、切り立った崖のようになっている。

魔物は風に抵抗するものの、抗しきれず。城壁と共に、吹き飛ばされる。


「晟さん、続けてあなたの力を貸して!」

晟の手を取ると、魔物を飛ばした崖の縁まで走る。崖の高さもあり、城から一キロ弱は吹き飛ばせたようだ。


「晟さん、私に合わせて!」

紫のときと同じように背後に……無理…前が見えないので横に立つ。

「宙に瞬く星々よ…」

「そらにまたたくほしぼしよ」

「我が道を示す星々よ…」

「わがみちをしめすほしぼしよ」

「「我が前に立ちはだかるモノを」」

「「尽く破壊せよ」」

《コメットスター》


暴風の比ではない大気の震えが襲う。

宙より赤い光が瞬き次第に月を飲み込む。

地にある石や岩が舞い上がり、気圧まで変わったかのような耳鳴りがする。

月を隠した赤い星が、魔物に向かって降り注ぐ。

全てのものが跳ね上がり、圧縮された空気と熱が襲いくる。

《セイントウォール》

俺は、言葉を紡ぎ、聖なるバリアを張ってそれを防いだ。


***


夜が明け、魔物のいた場所を、エドリック王子と騎士、勇者と共に訪れる。

水のない湖のような大きなクレーターができていた。


「これを私たちが?」

紫が口元を手で隠し驚いている。

「勇者様たちのお陰で助かりました、まあ、大地の揺れで倒壊した家が多数、インフラも壊れましたが…

死者はいませんし。勇者様の力が示せたので問題ありません」

王子が青い顔をして報告してくれた。


実際は、紫の魔法は少し発動しただけ。晟の魔法は良いところまでいったが発動しなかった。

では何故、魔法で倒せたかと言うと俺の力だ。

俺は15年前にこの世界で生を受けた。だが、俺には前世の記憶があった、しがないサラリーマンの記憶。そしてこの世界で勇者をしていた記憶。俺はステラフィールに召喚された桐城晟なのだ。


この世界で勇者となり元の世界で平凡なサラリーマンになった。


平凡なサラリーマンだった俺は、この世界で、聖女になっていたんだ。

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かつての勇者(俺)、今度は聖女として『自分自身』を召喚し、接待することになりました 奏楽雅 @cielo038

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