悪魔と踊るエレベーター
深渡 ケイ
第1話:深夜2時の訪問者
「……あー、やばい。これ終電ないわ」
午前二時十五分。 都心の超高層オフィスビル、その四十二階。 佐藤健太(さとう けんた、二十三歳)は、充血した目でスマートフォンの時刻を確認し、深く溜息をついた。 新卒で入社したITベンチャー企業は、いわゆる「アットホームな職場」だった。 社員は家族。つまり、プライベートなんて概念はなく、家(会社)に寝泊まりするのが当たり前という意味だ。
「明日の朝イチまでにクライアントへの修正案……あと三時間で終わるか? いや、終わらせないと部長に殺される」
独り言を呟きながら、健太はエレベーターホールへ向かう。 コンビニでエナジードリンクと夜食のカップ麺を買い込むためだ。五分で戻って、またデスクに張り付く予定だった。
エレベーターが到着する。 こんな時間に人が乗っているはずもないと思いきや、先客が一人いた。 黒いスーツを着こなした、白髪の老紳士だ。仕立ての良い服に、ステッキを持っている。どこかの役員だろうか。
「失礼します……」
健太は会釈をして乗り込み、一階のボタンを押した。 ドアが閉まる。 静かな箱の中、電子音だけが響く。
――ガクンッ。
突然、激しい衝撃と共にエレベーターが停止した。 照明が消え、非常灯の赤い明かりだけになる。
「えっ? 地震?」
健太は慌てて操作盤を叩くが、反応がない。非常ボタンを押しても、管理室に繋がる気配がない。 最悪だ。閉じ込められた。 これじゃ買い出しに行けない。いや、それどころか作業に戻れない。納期が遅れる。部長の怒鳴り声が脳内で再生される。
「困ったねえ」
背後から、落ち着き払った声がした。 振り返ると、老紳士がステッキをついて笑っていた。 非常灯の赤い光に照らされたその影が、奇妙に揺らいでいる。
「あの、大丈夫ですか? 今、非常ボタンを押してるんですけど反応がなくて」 「無駄だよ。この空間は、既に現世から隔離されているからね」 「は?」 「それに、あと十五分だ」
紳士は懐中時計を取り出し、パチンと蓋を開けた。
「このエレベーターのメインワイヤーは、既に断裂しかけている。君の体重と私の体重、そして重力の計算によれば、あと十五分十三秒で完全に切れる。四十二階から地下三階まで、自由落下だ」
健太は眉をひそめた。 何を言っているんだ、この爺さんは。頭がおかしくなったのか?
「冗談はやめてくださいよ。ただの故障でしょ」 「信じないかね? なら、証拠を見せよう」
紳士が指を鳴らした。 瞬間、紳士の影が膨れ上がり、背中から巨大な「コウモリの翼」が生えた。 頭部には二本の捻れた角。 瞳は爬虫類のように縦に割れ、黄金色に輝いている。
「ひっ……!?」
健太は腰を抜かし、壁際まで後退った。 特殊メイク? いや、あまりにリアルすぎる。周囲の空気が一気に冷たくなり、硫黄の臭いが充満した。
「初めまして、迷える子羊くん。私の名はメフィストフェレス。しがない悪魔だ」
悪魔は優雅に一礼した。
「君の寿命はあと十五分。このまま鉄の箱と一緒にミンチになるか、それとも――私と契約して助かるか。二つに一つだ」
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