生活安全課の鈴木さん――連載版――

タピオカ転売屋

橋本トミ子

 私の名前は鈴木雄一。

 生活安全課の警察官だ。


 警察官と呼ばれることに、特別な不満があるわけではない。

 ただ、できることなら

「おまわりさん」と呼ばれるような仕事がしたいと思っている。


 生活安全課の仕事は多岐にわたる。

 DV被害、ストーカー、児童虐待、オレオレ詐欺。


 被害者が加害者を庇って警察に相談しないケースも多く、近隣の住民や親族からの通報で発覚することもある。


 さらに多いのが、

「これぐらいのことで」と、最初から相談の対象にしないケースだ。


 だが、生活はそうした小さな綻びから壊れていく。

 生活安全課では、犯罪を未然に防ぐため、さまざまな講習会も実施している。


 今日は、オレオレ詐欺の講習会の日である。

 会場を見渡すと、高齢者ばかりが目につく。

 何人か居る若い人は、たぶん付き添いだろう。


 講習会の講師という仕事は、

 準備に時間がかかる割に、あまり評価されない。

 正直、進んでやりたがる警察官は少ない。

 だから、私が講師をやると言えば、すんなり決まってしまう。


 こうして壇上から眺めると様々な温度を感じる。


 ただの暇つぶしで来ている人。


 家族に行ってこいと言われただけの人。


 守るべき資産がある人。


 そして――恐怖を感じている人。


 その中でも、最前列で真剣に何度も頷いているお婆さんに目が止まる。


 ――この人だ。


 このお婆さんから恐怖を取り除き、安全を提供することこそ、私の仕事だ。


 講習会が終わり、まだ座ったままのお婆さんに話しかける。


「お疲れ様でしたね、何かわからないことはありませんでしたか?」


 お婆さんは、目を細めて頭を下げた。

「こちらこそお疲れさんでごぜいました、いや〜あたしなんかね、こうやって聞いても、いざその場になるとちゃんと出来るか不安でね」


 私も目を細めて頷く。

「なかなかその場になると難しいですよね、わかります」


 同意を示して反応をうかがう。

 お婆さんは噛み締めるように深く頷いた。


「ですが、こうやってちゃんと講習会に来られている、しっかりと危険性を認知されているということですよ」


 私は、手帳を取り出し名刺を渡す。

「私、生活安全課の鈴木と申します、何かあればいつでもご相談くださいね」


 お婆さんは、お守りでももらったかのようにうやうやしく両手で受け取った。

「あら、まだ名前も言っておりませんで、橋本トミ子です……おまわりさんのお名前は、鈴木さんですね、ご相談させていただきますよ」


 橋本――トミ子さんは、何度も頭を下げて帰っていった。

 私は、講習会の参加者が記入したアンケートをめくる、橋本トミ子


 ――あった。


 住所は、三宅三丁目3-2――あの辺りは、古い住宅街でおそらく持ち家だろう。


 同居人――無し


 緊急連絡先には橋本健吾とある、息子だろうか。


 橋本トミ子――記憶に残しておく必要がある。

 それだけは、はっきりしていた。


「鈴木、ちょっといいか」

 部長が呼んでいる、私はアンケートにもう一度目を通すと引き出しにしまった。


 勤務が終わり、制服から私服に着替える。

 もっとも、紺のワイシャツに紺のスラックスなので、あまり変わりはしないが。


 家に帰る道すがら、私の目にとまったのは、三人だった。


 スマホを見ながら歩いているスーツの女性。


 バックを自転車の前かごに放り込んでいる主婦らしき女性。


 後ろポケットに入れた長財布が落ちそうになっている男性。


 職業病と言ってもいいかもしれないが、私の目は被害にあいそうな人にフォーカスするようだ。


 私の前を歩いていた男が吸っていたタバコを植え込みにポイッと投げ捨て、歩道で信号待ちをしていた。


 私は、男の後ろまで行く――男は押され、車道に転がった。


 クラクションが悲鳴をあげた。


 私の名前は鈴木雄一

 生活安全課のおまわりさんだ。




 数日後、机に座り書類整理をしていると内線が鳴った。


 ――鈴木さん、2番に橋本トミ子という方から外線です。


 橋本トミ子――オレオレ詐欺防止の講習会に来ていたお婆さんか。

 2番を押して外線につなげる。


「はい鈴木です」


 家からかけているのか、お昼の情報バラエティらしき音声が漏れていた。


「橋本トミ子といいます。前にオレオレの話を聞きにいきまして」


「はい、覚えておりますよ。どうしました?」


 少しの沈黙。


「いや、息子は気にしすぎだと言うんですけどね……最近、無言電話が何度か、かかってきましてね、ほら講習会で言ってましたでしょ、最初は無言電話で在宅時間やら、家族構成なんかを確認するって」


 私は思わず、ほう……と感嘆の声を漏らした。

 確かにトミ子は真面目に聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。


「橋本さん、よく覚えてましたね――えら……ええ、その通りです。」


 電話の向こうで得意気になっているトミ子が思い浮かぶ。


「息子にも、そう言ってやったんですよ、なのにあの子ったら、母さんは心配性だからなんて言うんですよ」


 なるほど、息子は当てにはできない。


 しかし、模範的な彼女が危険にさらされることは、あってはならない。


 たとえ、それが1%であってもだ。


 両手を組んで額にあてる、ジリジリと焦燥感だけが全身を支配していた。


 どうすればいい、どうすれば彼女は安全でいられる。


 フッと脳裏に去来したもの――私は微笑んだ。


 後日、トミ子は二十四時間完全看護の病院で過ごすことになった。




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