鳴り続ける携帯

はかせ

鳴り続ける携帯

 雪は、世界の音をすべて食べてしまうらしい。街灯の下、音もなく降り積もる結晶を見つめながら、私は歩いていた。遠くを走る車の音も、風に揺れる木々のざわめきもない。完璧な静寂。聞こえるのは、自分の肺が空気を出し入れする音のみである。吐き出す息が白く凍り、肺の形をなぞるように冷たさが胸の奥まで突き刺さる。呼吸をするたび、内側からガラスの破片で削られているようだ。私は今高校の友達の優子との待ち合わせ場所に向かっているところである。どこかさみしさを感じながら歩いていると、

 ズボッ。

 静寂な世界に新たな音が現れた。何かが下に落ちたようだ。視線を下に落とすと、そこにはすでに雪に隠れかけた携帯があった。今ではなかなか使っている人の少ないガラケーであった。前を見ると、雪で真っ白に染めた黒色のコートを着た男性がいた。私はすぐに、携帯を落としたことを、この人に教え、渡さなければいけないと思った。私はすぐに携帯を手に取った。その瞬間とても強い風が吹いた。そしてあたり一面ホワイトアウトした。突然の強風に驚き、かじかみながらも携帯を持っている手で顔を隠した。数秒経つと次第に視界が開けていった。しかし、先ほどの男性は見失ってしまった。私はどうするべきかわからず、携帯を手にしたまま立ち尽くしてしまった。携帯の画面は周りの景色とは全く異なり、真っ黒であった。まるで、まだ誰にも読まれていないページのように。再び静寂な世界が訪れた。

 すると突然、

「おーい美香ー、やっと会えたー」

 突然の音に驚き、私はとっさに携帯をポッケにしまった。私がまだ、声の方を見られないでいると、

「会えないかと思ったよ」

 と優子の声が続けて聞こえ、私の視界に入ってきた。

「ごめん。雪がすごくて全然わかんなかった」

 私は適当にごまかしながらも、優子と合流することができた。どうやら優子は、待ち合わせ場所に向かう途中でたまたま私を見つけたらしい。


 さっきのあの男の人、落し物気づかないままだけど大丈夫かな。

 私は少し気になっていたが、一旦忘れて遊ぼうと切り替えた。そして、私と優子は楽しく一日遊んだ。


 優子との遊びが終わり、家に着くとあることを思い出した。携帯をポッケに入れっぱなしだったのだ。しかし今から交番に届けに行く気にもならなかったので自分の部屋の机に置いておいた。

 その日の夜寝ようとすると、

 ピロンッ

 一件の通知音が鳴った。スマホを確認すると何も通知は来ていなかった。机の方から聞こえた気がする。まさかそんなわけがないと思いながら携帯を確認した。すると、先ほどまでどのボタンを押しても起動しなかった画面が、まるで意思を持っているかのようにひとりでに起動していた。私は恐る恐る画面を見てみることにした。そこにはこんな文章が表示されていた。



【金縛り】

 俺は友達と一緒に心霊スポットに行った。少し有名な場所なだけあってさすがに怖かった。しかし、その場所は怖い雰囲気なだけで、何も起きることはなかった。結局そのまま家に帰ることになり、すぐに寝ついた。真夜中、何故か身体中が寒くなった。外では雪が降っているが、この家は二重窓であり、暖房もつけていた。



 画面をスクロールしている途中で、

 一行だけ、妙に目に引っかかる文章があった。

『窓の外では、雪が降っていた』

何気なく顔を上げる。窓の向こうでは、さっきから変わらず、雪が降り続いていた。

 偶然だ。

そう思って視線を戻したが、指先が、次の行へ進むまでに、ほんの一拍だけ遅れた。



 ただ、布団から足が出ていたのだろう。俺はしっかり布団をかぶろうとした。しかし体が何も動かない。それどころか目も開かない。ただただ焦りが積もっていった。

 あれから何時間が経っただろう。未だに何も出来ない。意識だけがずっとある。家の様子がなんだかおかしい。明らかに家族よりも多くの人がいる。その中からは泣いているような声も聞こえた。

「硬直が始まっているな…」

 知らない人の声が聞こえる。「硬直」と聞こえたが何のことだろう。まさか、俺が金縛りにあっていることに気づいてくれたのだろうか。俺は少し期待した。

 そんなことを考えていると、突然持ち上げられたような感触がした。まるで、運ばれる荷物にでもなったような気分だった。降ろされる感覚がしたと思うと、まぶた越しでもわかるくらい急に視界が真っ暗になった。何かおかしい。変な歌も聞こえてきた。

「これはお経か?」

 こころの中でそう思った。ここで俺は最悪の想定をした。それは、自分は死んだことにされていることだ。そして、その最悪の想定は当たってしまっていた。それは誤解だ。まだ意識はある。生きている。動けないだけなんだ。これは金縛りだ。気づいてくれ。助けてくれ。こんな俺の心の叫びが届くはずもなく、お経のようなものは進んでいく。徐々に意識も遠のいていくようだった。意識を取り戻すと何か目の前で扉が開くような機械音がした。先ほどまで寒かったが、今は暖かい。しかし、この暖かいという感覚は、徐々に熱いへと変わっていった。そこで俺は気づいた。これは火葬だ。このままでは焼かれてしまう。冷や汗が流れきる前に蒸発している。焼かれたら本当におしまいだ。やめてくれ。やだ。俺は生きてる。やめでええあぁ!

 火葬後の骨は何か叫んでいるようにも見えた。



 それは、どこかで終わったはずの話だった。画面の時刻は、いつの間にか午前二時を回っていた。私はどこか不気味なこの携帯を持っているのがどんどん怖くなってきた。画面を閉じても、文字の残像だけが、瞼の裏に張り付いていた。

 どうしてもこの不気味に耐えることができず、私は窓から雪の降っている外へ携帯を投げ出した。その後すぐ、冷え切った世界に吸い込まれるように、心音が遠のいていった。


 寝てから何時間か経った。私は、背中がぞくぞくする感覚を味わった。少し寒いなと思い、布団をしっかりかぶろうとした。しかし体が動かなかった。そう言えば目も開かない。心臓の音が、やけに大きく耳に響いていた。その時、外では吹雪が吹いていた。






「美香なんで急に・・。昨日一緒にいた時は、まだ楽しそうに話したり、笑顔で遊んだりしてたのに」

 今日の朝は、雲一つなく、昨日とは打って変わって暖かく感じた。

 私は今朝、今までにない衝撃を受けた。昨日まで一緒に遊んでいた美香が急死してしまったのだ。その日は学校が終わってすぐ、通夜に参列した。通夜は十九時まで行われ、そのあとしばらく美香の家族と話していた。

 美香の家族と話し終え、家まで歩いて帰る途中、私はあるものが目に入った。草むらの中に黒く光る四角い板のようなものがあった。拾ってみるとそれはガラケーだった。

 誰の落とし物だろう。こんな時代にまだあるんだ。

 私の脳には、疑問と好奇心がわいていた。何度か電源をつけようとボタンを押してみたが電源はつかなかった。これはもしかしたら今日来た人の誰かが落としたのかもしれない。美香のお母さんに電話で確認してみたが親戚の人は誰も使っていないらしい。私は何となくそれを持って帰ることにした。


 家まで残り半分となったころ、一件の通知音がなった。スマホを確認した。しかし何も通知は来ていなかった。

 先ほど拾った携帯からだった。どこか変な雰囲気を醸し出す携帯を恐る恐る見た。さっきまで真っ黒だった画面に通知が来ていた。



【狐火の夜】

 平成十年の冬。記録的な大雪が、地方都市の喧騒を白く塗りつぶしていた夜だった。


「なあ、『狐火鬼ごっこ』って知ってるか?」

 退屈な放課後を持て余し、溜まり場のゲーセンで時間を潰していた時、健二が唐突に言い出した。 俺と、もう一人の友人・雅也は顔を見合わせた。

「なんだよそれ、ガキくせえ」

「ただの鬼ごっこじゃねえって。この街の『境界線』から出るな。街灯の影以外を踏むな。朝まで逃げ切れたら、一つだけ願いが叶うらしい」

 俺たちははじめ健二が何のことを言っているのか分からなかった。健二はニヤニヤしていたが、その目は妙に据わっていた。外は吹雪。帰るのも億劫だった俺たちは、しぶしぶその馬鹿げた提案に乗った。 それが、終わりの始まりだった。


 最初の鬼はジャンケンで負けた雅也だった。

「十数えたら追いかけるからな!」

 雅也の声を背に、俺と健二は雪の積もった路地裏へと駆け出した。雪は深く、足を取られるたびに肺が凍りつくような冷気を吸い込む。 街灯はまばらで、雪に反射する頼りないオレンジ色の光が、唯一の安全地帯だった。

「あいつ、まだ来ねえな」

 十分ほど走り、息を切らして立ち止まった。健二が白い息を吐きながら笑う。 だが、俺は奇妙な違和感を覚えていた。

 静かすぎる。 雪が音を吸収しているとしても、雅也の足音はおろか、気配すら感じない。

「おい、健二。なんか変じゃ……」

 言いかけた時だった。

『みぃつけた』

 声が、後ろからしたのではない。 俺たちの足元、長く伸びた自分たちの「影」の中から聞こえた気がした。


 振り返ると、そこに雅也はいなかった。 ただ、雪の上に点々と続く足跡が、途中でプツリと途絶えているだけだった。

「……雅也? おい、ふざけんなよ」

 健二の声が震え始めた。俺たちは顔を見合わせ、どちらからともなく走り出した。もうその時から俺たちがしているのは遊びではなかった。何かが、確実に俺たちを「狩り」に来ていると直感した。

 雪は激しさを増し、視界は数メートル先も見通せない。公衆電話ボックスを見つけ、俺は中に飛び込んだ。凍える指で家に電話をかけようとするが、受話器からは「ツー、ツー」という無機質な音しか聞こえない。

 その時、電話ボックスのガラスを、外から「ドン!」と叩く音がした。

「うわあっ!」

 悲鳴を上げて振り返る。誰もいない。 だが、ガラスの表面には、泥のような黒い手形がべったりと張り付いていた。

「透! 逃げろ! こっちに来るな!」

 遠くで健二の絶叫が聞こえた。声の方へ視線をやると、路地裏の闇の中へ、健二の体が横向きに引きずり込まれていくのが見えた。まるで、見えない巨大な手が彼を掴んでいるかのように。

「健二!」

 助けようと一歩踏み出した瞬間、足元の影が蠢いた。 俺の影が、俺の意志とは無関係に、勝手に立ち上がろうとしている。


 俺は無我夢中で走った。寒さと荒い呼吸で肺が破裂しそうだった。雪に足を取られ、何度も転びかけたが、後ろを振り返る勇気はなかった。

 ヒタヒタヒタ……。

 背後から、濡れた足音が近づいてくる。人間のものではない、四つ足の獣のような、あるいはもっとおぞましい何かの足音。

『次は、お前の番だ』

 頭の中に直接響く声。逃げ場はない。街灯の光が途切れ、目の前には車の往来が激しい国道が広がっていた。ここを渡れば、向こう側の明るいコンビニに行けるかもしれない。

 理性が恐怖に塗りつぶされた。俺は、赤信号が点滅する横断歩道へと飛び出した。

 雪で視界が悪い中、右側から雪崩のような、とても大きな雪玉のような、雪の塊が迫ってくるのが見えた。

 その時、甲高い鳴き声が鳴り響いた。

 ドンッ!

 衝撃は一瞬だった。 体が宙に浮き、世界がぐるりと回転する。熱い、いや、冷たい。どっちだ?

 地面の硬い雪に叩きつけられた俺の視界の中で、雪が赤黒く染まっていく。 薄れゆく意識の隅で、俺は見た。

 ああ、捕まった……

 視界がホワイトアウトし、永遠の闇が訪れた。



 何だと思ったらただの怪談話であった。しかし、妙なことに差出人は書かれておらず、誰がなぜこの携帯宛てにこんな内容のメールを送ってきたのか分からなかった。

 しかしこんな気分の落ち込んでいるときに怪談話などを読むと、さらに気がめいってしまう。一体どうしたら私は切り替えられるのだろう。今の私の頭の中には、美香との思い出ばかりがあふれる。また泣きそうになり、目が潤んだ。

 その時、道端の街灯が作り出す私の影が動いたように見えた。

 そういえば先ほどの話にも同じようなシーンがあったな。私は何か嫌な予感がした。きっと、涙がそう見せたのだろう。私はそう自分に言い聞かせた。しかし、その嫌な予感が当たっていたことはすぐに分かることとなる。

 私が携帯をポッケにしまい、再び歩き出すと、後ろからヒタヒタヒタという音が聞こえた。

「美香⁉」

 何を言っているのだろう。そんなわけないと思うようなことが勝手に口からこぼれた。後ろを振り向いても誰もいなかった。私は早く家に帰りたい、その一心で早歩きで帰路を急いだ。心臓の鼓動しか聞こえないほどの恐怖を感じていた。

『次は、お前の番だ』

 いきなり頭の中に直接怒鳴られるような声が聞こえた。

「これってやっぱり…」

 そんなことを想像していると、知らない間に私は横断歩道にいたらしい。この時、私は、何か物の怪に取りつかれているようで、意識がはっきりしていなかった。そんな中でも向こうの道から何かが迫ってきているのは分かるようだった。その何かは、信じられない速さで私のもとへきている。ほんの数メートルの場所まで来たとき、大きな雪玉のように見えた。その時、体は動かず、見ていることしかできなかった。さらに近づいてきたとき、私はそれが雪玉などではなく、雪をかぶった車であることが分かった。しかし、それを認識し、避けるまでには時間が足りなかった。

 信号の色が、何色だったのか思い出せない。

 足元の影だけが、異様に濃く、長く伸びていた。

 影は、私よりも先に一歩踏み出した。

『みぃつけた』

 そう聞こえた気がした瞬間、ポケットの中で、振動していないはずの携帯が、わずかに脈打っている気がした。

 世界から、音が消えた。






 昨夜、この近くで交通事故が起きたらしい。お母さんのお買い物について行ったらなにかが起きていたようだった。私はまだ小学三年生なので、どういう状況か詳しくは理解できなかった。

 その近くを通り過ぎる際、道端に黒く光る板を見つけた。見たことがないものだった。私は、無意識にその板へ手を伸ばしていた。

「あかりー、帰るよー」

お母さんの声が聞こえた。私は、その板を持ったまま家に帰った。なぜかこの板にすごく惹かれたようだった。

 触っていると、この板は開くことに気が付いた。パカパカして遊んでいたら突然板が光りだした。

 そしてこんな文章が出てきた。



【少女】

 俺は彼女と、心霊スポットのトンネルに行くことになっている。しかもそこはかなり有名な場所らしい。

 まだ夕方ぐらいだったが、俺たちはそこへ向かった。まだ夕方だというのにその場の雰囲気に一瞬で飲み込まれてしまいそうなくらいだった。少し怖くなってきたが俺たちは進むのをやめなかった。

 トンネルに入ろうとする時、向こう側に体操着のようなものを着た少女が走ってきているように見えた。彼女も見えているらしい。それがだんだん近づいてくる。そしてその後ろにも黒いもっと大きな人影も見える。さすがに命の危険を感じ、一目散に家に帰った。家に帰るまでの間の記憶は何も残っていない。帰った後も、二人は本物の幽霊を見てしまい何も喋れなかった。



 小学生の私にはよくわからない内容だった。そのあとは特に何も無く眠りについた。

 次の日、学校終わりに、お母さんと近くのデパートへ出かけに行った。

 そのデパートの近くは車通りが多く、なかなか道を渡れないが、今日は優しい人のおかげですぐに渡れた。歩いているとすぐ隣に車が止まった。その車にはお父さんや学校の先生よりも大きな男の人が乗っていた。私が少し怖いなと思っていると、その男が急に車を降り、こちらに近づいてきた。すると急に体を掴まれて車に投げられた。

 私は投げられた時の衝撃で気を失った。

 しばらく経ち、気がつくと山奥にいた。すると後ろから先ほどの男がやってきて、

「抵抗したら殺すぞ」

 と脅してきた。

 怖くて声も出ず、その場に座り込んだ。

 男がスマホと私の生徒手帳を手に取り何か話し出した。

「お宅の学校の子供を誘拐した。返して欲しけりゃ、一億出せ。いいな」

 と言っていた。

 電話に意識がとられているうちがチャンスだと思った私は、一目散に逃げ出した。もう少しで日が暮れてしまう。やっぱり冬は日が暮れるのがはやい。日が暮れたら逃げきれても寒さで死んでしまうことがこんな私でもわかった。

 少し山を下ったところに道路が見えた。道路に出ると右側にトンネルがあった。普段なら1人で来れないような所も男への恐怖が勝って走り出した。

 すると前から助けに来てくれた車が見えた。助かると思って嬉しくなった。そして車の近くに来た時、車はなぜかバックし始めた。そして見えなくなった。置いていかれた。日が暮れ、吐き出す息が白く凍り、肺の形をなぞるように冷たさが胸の奥まで突き刺さる。呼吸をするたび、内側からガラスの破片で削られているようであった。そして私は男に捕まった。






 前に友達と行った心霊スポットの近くで本当に事件が起きて1人の少女が亡くなってしまったらしい。どうやら誘拐事件が起きたようだ。俺と彼女はそういう所にあまり悪ふざけで行くのはやめた方がいいと思い、これからはやめることを心に決めた。

 俺と友達は、追悼の意を込めてその場所へもう一度行くことにした。花を置き、帰ろうとした時、トンネルの中にかすかに太陽の光を反射するものがあった。雪を振り払うと、下からガラケーが出てきた。開くと画面はバキバキに割れていた。なぜ警察が現場に残されたものを見落とすのだろうと思いながらも、気づいたら俺はそれをそのまま家へ持ち帰っていた。

 次の日の朝、起きると目があまり開いていない状態の俺でも驚くようなことが起きていた。昨日はヒビが入っていた携帯が綺麗になっていたのだ。昨日は暗かったし、かなり眠かったから寝ぼけていたのかなと思った。さらに驚くことが起きた。画面に謎の女の子が現れたのだ。顔は見えない。その子は何も動かなかった。すると画面が切り替わり、



【金縛り】

 俺は..



 謎の文が続いていた。

 また画面が切り替わった。今度も女の子が写った。しかしさっきとは違う女の子だ。今度の子は何かこちらに訴えかけているようにも見える。そしてまた切り替わり,



【狐火の夜】

 平成十年の...



 謎の文が続いていた。すると血だらけの少女の画に切り替わり、



【少女】

 俺は彼女と..



 という文が出てきた。

 最後の文章は、どこかで聞いたような見たような、そんな話に感じた。私はそこで直感的にこの【少女】という話が私とリンクしているのではないかという悪い予想を立ててしまった。もしその予想が正しいのならば、ほかの話も誰かとリンクしていることになる。そして、この携帯は、「続きを持てる誰か」の手に渡る前に、消さなければならない。

 今日も相変わらず雪がとても降っているため、厚手のコートを羽織り、外へ出た。今日は、いつもよりも雪が多く降っていて、周りに人の気配は全然なかった。雪は数十センチ積もっていたため、どこかの路地へ携帯を捨てることにした。

もう、これ以上この携帯に触れない。触れたくない。

……その瞬間だった。

ピロンッ。

掌の中で、古い機械が震え、画面が青白く点いた。

雪の静けさに、その音だけが刺さる。

見たら終わる。

確認したら、続きを持たされる。

私は親指を画面から引きはがすみたいに離して、息のままに捨てた。

携帯は雪に埋もれて、音もなく沈む。画面の光と共に、通知もすぐに消えた。

その時俺は、後ろに一人の女子高生が歩いているのが見えた。近くに誰もいないかちゃんと確認したつもりだったが、雪が降る中では視界が悪かったようだ。

 数秒後、後ろの高校生が、私の落とした携帯を拾ったように見えた。いや、そんな訳ないか。もし本当に拾っていたとしたら…。

 この携帯を誰の手にも渡してはいけないと思いつつも、これは私の責任ではないと思いたい脳が、必死に言い訳を探している。

 雪は降っているのではない。世界を塗りつぶし、なかったことにしようとする意志の塊のように、空から降り注いでいた。






 あなたはこんな話を聞いたことがないだろうか。闇に沈んだ書庫の奥、埃を被った古い羊皮紙に、その「化け物」は描かれていた。それは、美しくも悍ましい、永遠の呪い。「ウロボロス」。

 その正体、そして、最後の通知の内容を、あなたにだけお教えしましょう。



【終わらない蛇の食卓】

 午後五時。冬の日は短く、放課後の校舎はすでに夜の帳に飲み込まれようとしていた。

「ねえ、陽菜。これ、知ってる?」

 同じ高校の友人の歩夢が、スマートフォンの画面を突き出してきた。そこには、古びた石のレリーフが映っている。自分の尻尾を噛み、円環となった蛇「ウロボロス」だ。

「この街の北端にある古い歩道橋。あそこの階段を、この蛇の形を意識しながら三周まわると、一番欲しいものが手に入るんだって。……行ってみない?」

 陽菜はマフラーに顔を埋め、小さく頷いた。受験、進路、親との不仲。今の閉塞感から抜け出せるなら、どんな気休めでも欲しかった。


 街灯が雪を照らす、静まり返った歩道橋に二人はいた。 鉄製の階段は凍りつき、一歩踏み出すごとに「ギィ……」と嫌な音を立てる。

「いくよ、一周目。」

 歩夢の後を追い、陽菜は階段を上り、橋を渡り、反対側の階段を下りて、また元の場所に戻る。

 二周目。寒さで耳が痛い。吐き出す息が、異様に白い。

 三周目。

「……終わったね。何も起きないじゃん」

 歩夢が笑った。だが、その笑い声はどこか遠く、湿り気を帯びていた。 陽菜はふと、足元を見た。

「ねえ、歩夢。さっきから雪、止んでない?」

 空を見上げると、雪の結晶は空中で静止していた。風も、車の走行音も、一切の音が消えている。


「戻ろう、なんか変だよ」

 二人は来た道を戻り始めた。しかし、いくら歩いても駅に着かない。 角を曲がるたびに、見覚えのある「北端の歩道橋」が目の前に現れる。

「……またここだ。」

 三回目、同じ歩道橋を通り過ぎたとき、陽菜は気づいた。 歩夢の制服の袖が、ボロボロに擦り切れている。

「歩夢、服が……」

「え? 何が?」

 歩夢が振り向く。その顔は、少しだけ痩せこけていた。 陽菜は自分の手を見た。肌が乾燥し、ひび割れ、指先からじわりと血が滲んでいる。

 このループは、単に同じ場所を繰り返しているのではない。まるで、一周するごとに、自分たちの「時間」と「肉体」が削り取られているようだった。


「ねえ、陽菜。お腹すかない?」

 歩夢の声が、老婆のようにしわがれている。気づけば、周囲の景色が変容していた。アスファルトは脈打つ肉のようになり、歩道橋の欄干は白い肋骨のように突き出している。

 逃げようと駆け出した陽菜の足が、何かに躓いた。それは、雪に埋もれた「自分のカバン」だった。中身をぶちまけると、そこには数え切れないほどの「同じノート」が入っていた。


 どのノートの最後のページにも、震える文字でこう書かれている。

『今日で一万二千七百四十二回目。まだ食べ足りない』

「……あ。」

 陽菜は理解した。ウロボロスとは、無限の象徴などではない。


 そしてこの場所は、蛇の口の中。自分たちは、蛇が自分自身を消化し続けるための「餌」として、この円環に組み込まれたのだ。


「陽菜、あっちに出口があるよ。」

 歩夢が指差す先。歩道橋の向こう側に、温かな光の漏れる自分の部屋が見える。だが、そこへ行くには、またあの階段を上らなければならない。

 陽菜は自分の脚を見た。皮膚が剥がれ、骨が見え始めている。歩夢に至っては、すでに左腕がない。それでも彼女は、空っぽの袖を揺らしながら、狂ったような笑顔で階段へ向かう。

「あと一周。あと一周で、帰れるから。」

 陽菜は、ガチガチと鳴る奥歯を食いしばり、一歩を踏み出した。 背後で、巨大な顎(あぎと)が閉じるような音が響く。


 雪は、もう降っていない。代わりに、赤い雨が静かに降り注いでいた。

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