番外編 有栖とユウ

「ただいま帰りました!」

「お邪魔しまーす……」


 今、私はとっても晴れやかな気持ちでいっぱいです。何故なら、ユウちゃんへの恋が成就したから。

 よもぎさんの協力でユウちゃんとデートをする事になり、色々とアプローチを仕掛けた結果、ユウちゃんから告白して頂き、付き合う事になったのです。

 本当に嬉しい気持ちでいっぱいですが、一番嬉しかったのはユウちゃんも前から私を好きだったという事です。ああ、嬉しい。

 それに加えて、今度はそのユウちゃんを家に連れてくる事に成功したのですから、今の私は本当に幸せ者です。


 玄関で靴を脱ぎ、スリッパに履き替えているところで、まだポケットによもぎさんのイヤホンと繋がったマイクが入りっぱなしである事に気付きました。

 思えば、よもぎさんの計画や指示には助けられる事も多くありました。後日改めて感謝の言葉を告げに行きましょう。

 そう思いながらも、私とユウちゃんのプライベートを聞かれるのは恥ずかしいので、そっとポケットからマイクを抜き、電源を切ってしまいました。


「あ、そういえば今日、うちには私だけでしたね」

「なんだ……安心した。有栖ありすの事だからほんとにご両親に挨拶しないといけないかもって思って緊張してた……」


 お父様かお母様が在宅だったら良かったのに、と思ってしまいました。

 ユウちゃんなら多分、冗談ではなく本当に挨拶して付き合う事になった旨を報告するつもりだったのだと思います。ユウちゃんのそういう律儀なところが私は大好きです。


「さて、何をしましょうか?」

「どうしようかね?」

「一緒にお風呂でも入ります?」

「ちょ、馬鹿!早いでしょ、そういうの」


 私の冗談は度々本気だと思われてしまうことがあります。気をつけなくてはいけませんね。

 ところで、早いでしょ、というのはどういうことでしょう。いずれ一緒にお風呂に入ろうと考えてでもいないと出てこない言葉ですよね。嬉しい限りです。


「私はこのままユウちゃんの事を眺めているだけで構いませんが……」

「はは、そうかもね」


 ユウちゃんに軽く流されました。私は結構本気でしたのに。


「じゃあ、二人で映画でも見ましょうか?」

「まあそうしようか」


 私の家のテレビの周りには、スピーカーが沢山あります。祖父が音楽好きなので、高音質でテレビの音を聞けるようにしたそうです。


「相変わらずすごいスピーカーだよね」

「そうですね……何見ましょうか?」


 

 ソファに深く座り、テレビで配信サービスを起動し、ホーム画面で映画を探します。

 ホーム画面で視聴履歴を見る度に、あ、この作品の続きを見なくては、と思ってしまいます。TRICKの続き見ないと。アンナチュラルの続き見ないと。


「せっかくならもうちょい近く座らない?」

「っ……あ、はい、そうですね」


 ついついユウちゃんと少し距離を取って座っていた事に気付きました。もう私とユウちゃんは恋人です。好きである事を隠す必要もありません。まだ恥ずかしい気持ちはありますが、距離を縮め、脚同士がすぐにぶつかってしまいそうな位置にまでずれました。

 今朝まで少し話すだけで緊張していた程でしたが、今ではこんな近い距離でも安心の方が勝るようになってきました。

 先程までは緊張して気付きませんでしたが、自宅という環境もありリラックスしてみると、ユウちゃんからいい匂いがする事に気付きます。普段つけないのに、わざわざ香水をつけてきてくださったのでしょうか?

 嬉しくなって、私はユウちゃんの肩に頭をもたげました。ユウちゃんは驚いたような顔をしましたが、照れながら私の肩を抱いてくれました。少しドキドキしてしまい、心臓が早鐘を撞いています。

 よく見ると、ユウちゃんの耳が赤くなっています。今まで意識した事は無かったのですが、照れると赤くなりやすいのでしょうか?


「あ、それ前にヨモちゃんが面白いって言ってたやつじゃない?」


 照れているのを隠すみたいにユウちゃんが言い出しました。

 画面には「インターステラー」の文字。確かに超名作だと聞いたことがありました。


「じゃあこれにしましょうか」


 二人で見ることにしました。




 それから2時間49分後。


「やばい、すごい、面白すぎる」

「やばいですね。ちょっと面白すぎたかもしれません」


 私もユウちゃんもエンドロールに釘付けになりながら、虚ろな声でそう空虚な事を言うことしかできませんでした。

 まさかここまで面白いとは思っていませんでした。後でよもぎさんにも感想を送りましょう。


「映像美すごかった……ロマンありすぎじゃない?いや宇宙ってすごいね。てか結局はさぁ――」


 エンドロールが終わると、ユウちゃんがまくし立てるように感想を言い始めました。

 ユウちゃんは感受性の豊かな方ですから、こういう傑作映画を一本見てしまうだけで、数日は影響されます。


「ねえユウちゃん、抱擁をしませんか」

「え、なに急に」


 抱擁と言ったのは、なんとなく、ハグと言うのが恥ずかしかったからです。


「ほら、映画を見て、愛って大事だな、と改めて思いましたので」

「この映画に出てきた愛って恋愛の方じゃなくて家族愛とかじゃない?」

「……ユウちゃん。私たちが知り合ったのって何歳の時でしたっけ?」

「三歳か四歳くらい?」

「じゃあ家族みたいなものじゃないですか。抱擁をしましょう」

「……確かにそうかも」


 私はユウちゃんと熱い抱擁を交わしました。ユウちゃんの頭が私の右肩のあたりにあって、髪が頬に擦れてくすぐったい。ユウちゃんのしなやかで柔らかい手が私の背中をやさしく撫でてくれて、幸福感がわぁっと広がっていくような気持ちにさせられました。

 恋人同士になると、こんなに幸せな事ができるんですね。


 抱擁を解くと、ユウちゃんの耳は真っ赤になっていました。やはり照れると赤くなるんですね。


「あ、そういえば、映画思ってたより長かったですが、ユウちゃん帰らなくて大丈夫ですか?」

「あ、そうだ。やば……ママから連絡来てるかも。多分もう夕飯できてるよなぁ……」


 ユウちゃんが急いでスマホを確認しました。


「……外で食ってこいって言われた」

「うちで食べます?」

「じゃあ……お言葉に甘えて」


 私は料理がそこそこできます。イタリアンが好きで、凝ったものも良く作ります。

 ユウちゃんにも何度か食べさせた事があります。ユウちゃんは本当に美味しそうに物を食べる子ですから、ユウちゃんに手料理を食べてもらうのが好きです。


「何か食べたい物はありますか?」

「んー、強いて言うなら和食?」

「では、肉じゃがなんかいかがですか?」

「やったー」


 今日は肉じゃがを作る事にしました。肉じゃがは手料理という感じが強くて、恋人に振る舞う料理として中々正しいような気がしますね。

 キッチンに立ち、野菜を切っていきます。


「有栖、なんか手伝える事とかない?」


 リビングのソファで手持ち無沙汰にしていたユウちゃんが聞いてきました。私に料理を作らせて自分は何もしていない事に少し罪悪感を感じた様子でした。可愛いですね。


「じゃあ、料理している間、後ろから私を抱擁してくれませんか?」

「え、なんで。まあいいけど」


 ユウちゃんはソファから降りてこちらへやって来て、鍋に野菜を入れている私を、優しく抱きしめてくれました。ふわりと良い匂いがします。


「まだ慣れないなー、こういうの」

「そうですね……まだドキドキしてしまいます」

「あたしたちまだ付き合って三時間とかだからね。慣れるわけないよね」


 そういえばまだ付き合って三時間でした。付き合って三時間でお家デートというのも大胆なものですね。


「ユウちゃんの拍動早くなってるの、背中で分かります」

「えっ、バレてた?」

「大丈夫です。私もですから」


 ああ、幸せ。




「いただきます」

「いただきまーす」


 ユウちゃんがお皿を並べたり、色々細かい事を手伝ってくれたおかげで、普段よりちょっと早く作り終わりました。

 向かいに座って、私の作った肉じゃがをご飯と一緒に食べるユウちゃん。


「美味しすぎるこれ、やばい、好き、超おいしい」

「ふふ、ありがとうございます」


 ユウちゃんは何かを褒める時、特に語彙力があるとか、凝った表現を使うわけではないのですが、あまりにも嬉しそうな声色で言うので、本当に喜んでいるのだなと分かります。

 ユウちゃんに喜んでもらえるのは嬉しい事です。


「あー、味噌汁もめっちゃ美味しい。毎日食べたいくらい……」

「……そ、それは、プロポーズ、ですか?」

「まだ早いよ」


 半笑いで冗談を受け止めるようにユウちゃんは言いましたが、まだ早い、ということは、いずれ本当にプロポーズしてくださるのでしょうか。嬉しい限りですね。




「ごちそうさまでした!」

「お粗末さまでした」


ユウちゃんも私もご飯を食べ終わり、食器を片付けます。


「あ、お皿洗いくらいは私やるよ」

「いえ、それは作った私が……」

「いいのいいの、私がやるから。有栖はさっき私がしたみたいに、後ろから抱きしめてて」

「……はい、分かりました」


 ユウちゃんをハグする側に回りたいという欲望に勝てず、ユウちゃんにお皿洗いを許してしまいました。


「これ借りるね」


 ユウちゃんは私の使っていたエプロンをつけて、キッチンに臨みます。

 家庭的な姿のユウちゃんも綺麗です。


「では、失礼します」


 お皿洗いを始めたユウちゃんを後ろから両腕でがっちり抱きしめました。

 こうして抱きしめていると、自分の心臓の拍動がユウちゃんに伝わっているのが恥ずかしく思えてきます。

 私の身長が足りなくて、ユウちゃんのうなじあたりが顔の目の前にありました。香水をつけていたのがうなじだったのか、先程より匂いが強いです。クラクラしそうになるほど甘い、甘い匂い。


「あんま匂い嗅がないでよ……恥ずいから」

「えっ、あっ……バレてました?」

「そんな深呼吸するみたいにしたらバレるでしょ」

「そっ……そうでしたね」

「まあ、別に匂いくらいいいけど」


 ちょっとやりすぎてしまったみたいですね。反省しました。




 お皿洗いが済み、エプロンを外すユウちゃん。

 ふと、時計を見ると、時刻は九時になっていました。


「もうそろそろ九時ですね……」

「あー、もう帰んないとか」

「こんな夜道一人で歩くのは危ないですよ?泊まっていきませんか?」

「大丈夫大丈夫。泊まりたい気持ちもあるけど流石に早いっていうか……」


 また、早いと言われてしまいました。お泊まりもいずれする気があるんですね。


「じゃあせめて一緒にお風呂だけでも」

「まだ諦めてなかったんだそれ」

「まあ今日はもう諦めます。明日学校で会えますし」

「確かに」


 結局ユウちゃんは帰る事になりました。寂しい。


 玄関先、ユウちゃんが靴を履いています。ああ、帰ってしまうんだな。


「あ、あの、ユウちゃん。後で電話とか……しませんか?」


 殆ど勝手に声が出ていました。本当は五時解散だったはずなのに、ユウちゃんを家に引き止めて九時まで遊んだ挙句、電話までしようなんて。私は本当に強欲だなぁと思います。


「ふふ、有栖もしかして結構寂しがり屋?」

「……そうかもしれません」

「じゃ、電話しよ。家着いたらすぐ私から電話かけるわ」

「ありがとうございます!」


 電話できることになりました。少しは寂しさが紛れたでしょうか。


「では、気をつけて帰ってくださいね」

「ん、分かった!」

「また明日。さようなら」

「さよなら〜」


 バタンと扉が閉まる。

 家の中に寂しい静寂だけが残りました。


 ふと、先程撮ったプリクラの事を思い出しました。カバンから取り出し、それを眺めると、長かった今日一日の事がどんどん思い出されてきます。

 このまま、ユウちゃんから電話がかかってくるまで、今日一日の深い深い幸せの余韻に浸ることにしました。






― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


完結です。ここまで読んでくださりありがとうございました。

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友達のお嬢様とギャルが両片思いだと発覚したので何としてでもくっつけようと思う。 水稲 @suito_

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