死神のとどけびと
@Hana365
「記録者の一族」
第1話 訪れた彼女
ごうごうと地面を叩きつける大雨。
鉛色のソラを一瞬だけ明るく照らす稲妻。
照らされたライトによって浮かび上がる舗装されていない山道はぬかるみ、鉄塊の中に座る二つの体は縦に横にと大きく揺れる。
「こりゃあひでえ雨だ…。お客さん!こんな山奥に本当に村があるんで!?」
「はい、この道を真っ直ぐ行ったところに」
季節は夏、彼らは突然のゲリラ豪雨に見舞われていた。
よくよく見れば勢いよく跳ねた雨によって泥まみれと化した鉄の塊には「taxi」と消えかかった文字で書かれ、荒れ果てた天候に抗うかのように強くハンドルを握りしめた壮年の男性は着崩した制服に身を包んでいる。
―もうあとは家に帰るだけのはずだったのに、まさか本日最後の客のたまたま山間を走る時に限ってこんな豪雨に当たるなんて。
心底ついていないといった表情で、運転手はバックミラーを覗き見る。
―なんだってこんな夜更けに森の中へ入るんだか。
そこには注がれた眼差しにも気づかず、ぼんやりと外を眺める女の姿がある。
雨をしのいでいたためか、被ったままになっているフード付きの薄手の外套に。重厚感のある古びたトランクケースを膝の上に抱え、動きやすそうなロングパンツにショートブーツといった軽装で身を包んでいる女。
―旅行客か何かだろうか。
問いかけようとしたところで、運転手は唇を止めた。
意識を前へと戻し、暗闇を真っすぐに見据えた。
会話もない車内は沈黙に包まれる。
激しく車を打ち付ける雨の音がよく響く。
こつんと窓に頭を寄せた女の瞼は徐々に閉じられようとしていた。
木、木、木、とどこまでも変わらない景色。
暇なのだろう。もしかしたら旅の疲れがでてきているのか。
女は瞳を閉じようとして。
ふと、次の瞬間。何かに気が付いたように瞼を開いた。
「………」
黒色の瞳が空虚な空間を見つめたかと思えば、小さく唇を開いて今にも消えてしまいそうな呟きを零す。小さすぎて運転手にはまったく聞こえていないようだ。言葉は誰に届くこともなく宙を舞い、雨の音に混じる…が。さして女は気にした様子もなく。
まるで何かに頷いてみせたかのような仕草をすると再び扉に体を預け、今度こそ瞳を閉じた。
「村長、到着されました」
エンレイ村。深い山間に閉ざされたその村は地図にも載らない一風変わった村だ。だが村の総勢は三十人前後と小規模でありながら、エンレイ村はこの世界において唯一ともいえる大きな役割を果たしていた。
理由は恐らく今日も村の集会所を覗き込めば聞こえてくる。色鮮やかな敷物の上に座し黒のローブに身を包む老婆を、半円を描くようにして取り囲む子供達。
「かつてこの世界には【とどけびと】と呼ばれる方がおりました。赤い光の粒を携え、まるで夜の化身ともいえる風貌をしていたというそのお方は…悲しみで溢れた土地を訪れては奇跡の力を使い。皆の心に安らぎと蔓延っていた未練を鎮めたと言われております」
後に記録者と呼ばれる一族を背負う…まだあどけない瞳に教え込まれるは、この世界に星の数ほど溢れる過去の出来事に関する一節。
彼らの紡ぐ伝承は数百よりも多いと言われ、その多くは幼少期より村老達から語り継がれていた。内容は一般的な教育機関で学ぶ、現代科学の発展した国の歴史から、精霊が鎮座していたとされる時代まで。ありとあらゆる分野に及ぶ。
とうとう鉄の塊まで走り出した外界とは隔たれた独自の生活圏を持つ村人たちだったが、世界中に散らばっている…現代にも起こり続ける事象を記録する同胞が彼らにはいた。エンレイ村とはいわば本拠地。蜘蛛の巣のように張り巡らされた同胞たちから得た情報を取り纏める場所という表現が最も正しい。
得られた情報は村の奥。既に何万冊もの書物がある図書館に保管されている。
「村長、とうとう見つかりました!」
その二階に、ぼんやりと立ち尽くしている影が一つ。
村長と呼ばれた隈をつくりどこか寂し気な顔をしていた老夫は、村の若者からの思わぬ吉報に驚きと歓喜を入り混じらせた表情で「本当か!」と叫んだ。
青年は大きく首を縦に振りながら頷く。
「はい、そのように鳩が届きました!今、村に向かって来てくださっているそうで」
「そうか」
感嘆の息を漏らした村長は視線を元の位置に戻し、気づかぬうちに一時間ほど眺め続けていた絵画に向かって「…これもきっと何かの導きだろう」と深く頭を下げた。
彼の目の前にあるのは、おぼろげに浮かぶ月。夜闇に溶ける巨大樹と、額を木の幹につけ祈るように瞳を閉じる人。辺りを彩る蛍の光。
繊細で複雑な配色が絡み合った幻想的な絵だ。
「一体、どんな人が来るんでしょう」
後ろで青年が呟いた。
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