第2話 


​未空ちゃんの、ぷっくり大作戦


「はうぅ……!」


​カフェの窓際で、未空は手に持った参考書から目を離せない。いや、離せないのは、参考書の下に隠したスマートフォンの画面。

そこには、数秒前に矢井賀くんが送ってきた「今日の授業も難しかったねー!」という、いたって普通のメッセージが表示されている。

(や、矢井賀くん……ぷっくりしてて可愛い……! 丸いお腹も、むっちりした頬も、全部がわたしのタイプ……!)

未空は美少女と名高いが、その趣味は少々独特だった。

細身のイケメンには一切興味がなく、なぜか「ぷっくり」した男子に萌えるという、揺るぎない性癖の持ち主である。

そして今、彼女の視線の先には、運命のぷっくりボーイ、矢井賀くんがいる。

彼が、友人と楽しそうにフワフワのパンケーキを頬張る姿は、未空にとってこの上ない至福だった。

「み、未空! また変な顔してる!」

隣の席の親友、リナが呆れた声を出した。

「変じゃない! これは恋の表情!」

「恋の表情で、よだれ垂らしてる美少女なんて見たことないわよ! で、いつ誘うの? イルミネーション!」


​ハッとした未空は、口元を拭った。そうだった。今日のミッションは、矢井賀くんを冬のイルミネーションに誘うこと。

しかし、照れ屋の未空にとって、それはエベレストの頂上を目指すような難易度だった。

​「む、無理だよリナ! わたし、矢井賀くんを前にすると、頭の中がぷっくりでいっぱいになっちゃって……!」

「ぷっくりでいっぱいって何よ! とにかく、冬のイルミネーションなんて、まさにデートのお誘い案件でしょ!」

​未空は深呼吸した。

よし、と決意し、矢井賀くんにメッセージを送る。

​『矢井賀くん。あの、冬の、イルミネーション、見に行きませんか……?』

​送信ボタンを押すと同時に、未空は羞恥で頭を抱え、カフェのテーブルに突っ伏した。

​「は、速攻で既読ついたわよ!」とリナが叫ぶ。

恐る恐るスマホを見ると、矢井賀くんからの返信。

​『え! いいですね! 寒いから、お鍋とか食べながら見たいです!』

未空は目を疑った。「お鍋とか食べながら」? イルミネーションを?

「……リナ、矢井賀くんは、イルミネーションを鍋と一緒に見たいらしい」


「はぁ!? バカじゃないの!? イルミネーション鍋パーティーでもする気!?」

しかし、未空の顔には、次第に輝きが戻ってきた。

​「違う……! これは……矢井賀くんからのヒントだわ……!」

「ヒントって何よ!」

「イルミネーションを食べながら見たい……ということは、つまり……食べ物が誘いのキーワードってことだわ!」

​未空は閃いた。


『矢井賀くん! じゃあ、イルミネーションの帰り道に、肉まん食べ歩きしませんか!?』

​数秒後、再び既読。

『肉まん!? めっちゃいいですね!! じゃあ、僕、あんまんも買って行きますね!』

​「よっしゃあああああ!!」

未空はガッツポーズをした。

リナは呆れ顔でため息をつく。

「あんたと矢井賀くん、やっぱりお似合いね……。イルミネーション、楽しんできなさいよ、肉まん片手に」

​未空はにこやかに頷いた。

(イルミネーションよりも、肉まんとあんまんを頬張る矢井賀くんのぷっくり顔が楽しみだわ……!)


​こうして、美少女未空ちゃんの「ぷっくり大作戦」は、無事にイルミネーションデート(と、肉まん&あんまん食べ歩き)の約束を取り付けた…

🔸未空ちゃんの、ぷっくり大作戦


「ねえ、リナ。この肉まんの湯気で曇ったメガネの矢井賀くんが、待ち受け画面ってどう思う?」

未空は、イルミネーションで撮った写真を見せながら、恍惚とした表情で問う。

「どう思うって……狂気。それしか言葉が出ないわよ。あんた、もうちょっと美少女としてのプライド持ったらどうなの?」

リナは、目の前のカフェラテを一口飲み、呆れ顔でため息をついた。

先日のイルミネーションデートは、未空にとっては「ぷっくり大勝利」だったらしい。矢井賀くんが肉まんを頬張るたびに、未空の瞳はハートマークでいっぱいになり、リナ曰く「もはや妖怪の域」。

しかし、問題はこれからだった。

「ねえ、聞いてリナ。矢井賀くんがね、『ちょっと最近、体重が気になるから、運動しようかなって』って言ってたの……」


未空の声が、急速にしぼんでいく。

​「は? それって良いことじゃないの? 健康的なのって大事よ」


「良くない! 良くないわ! 矢井賀くんのぷっくりが……ぷっくりが消えちゃうかもなのよ!?」


未空は、両手で顔を覆い、今にも泣き出しそうな顔をした。

​「あんたの趣味、本当にブレないわね……」

リナは額に手を当てた。

翌日、未空は恐ろしい提案をしてきた。

「リナ、お願い。明日の矢井賀くんのランニングに、尾行(偵察)してほしいの」


「はあ!? なんで私が!?」


「だって、矢井賀くんが痩せたら、人類の損失よ! ぷっくりは文化なの! その文化を守るために、どれくらいの運動量なのか、摂取カロリーは足りているのか、詳細なレポートが必要なのよ!」

結局、リナは未空の熱意(というか執念)に押し負け、翌朝、怪しいグラサンとマスクで矢井賀くんのマンション前へと向かった。

翌朝6時。

マンションから出てきた矢井賀くんは、スウェット姿で、少し気合の入った顔をしていた。


「よし! 今日からダイエット!」

そう小さく呟くと、彼はゆっくりとジョギングを始めた。

リナは、その数メートル後ろを、まるで忍者かのように追走する。

「…って、遅っ! 遅すぎでしょ!?」

矢井賀くんのジョギングは、リナのウォーキングよりも遅かった。なんなら、途中で止まって、道端に咲く花をスマホで撮っている。

「ちょっと、今止まったわよ! 何してんの!?」


リナは未空に実況中継のメッセージを送る。


未空からは秒速で返信が来た。

『きっとあれは、花を撮ることで精神的な充実を図り、過度なストレスによる暴食を防ごうとしているのよ! 矢井賀くん、やっぱり賢い!』


「……絶対違うわよ」

さらに矢井賀くんは、コンビニに立ち寄った。

「まさか、もう諦めてお菓子売り場へ!?」


リナが身構える中、矢井賀くんが手に取ったのは、なんと糖質ゼロ麺とサラダチキンだった。

『リナ! 矢井賀くんが、まさかの本気モード!』

未空からのメッセージには、焦りと絶望が滲んでいた。

その夜、未空は矢井賀くんを呼び出した。

「矢井賀くん! ダイエットは、その……どう、ですか?」

未空は、震える声で尋ねた。

矢井賀くんは、申し訳なさそうに眉を下げた。

「ああ、それがね未空ちゃん。今日走ってみて思ったんだけど……」

​未空はゴクリと唾を飲み込んだ。


(まさか、もう三日坊主で諦めてくれた!?)

「……やっぱり、走るとお腹が空くんだね! だから、走り終わった後に食べる肉まんが、いつもより美味しくて!」

​矢井賀くんは、屈託のない笑顔で言った。

「だから、僕、もっと走って、もっと美味しい肉まんを食べたいって思ったんだ!」

​未空は、全身の力が抜けて、その場に崩れ落ちそうになった。

「え、それ、ダイエットじゃなくない?」

思わずリナが突っ込んだ。

「大丈夫だよ、リナ。矢井賀くんはね、運動することで食欲が増進され、結果的に今まで以上にぷっくりするという、究極の進化を遂げようとしているのよ……!」


未空は、なぜか瞳を輝かせながら、矢井賀くんを見つめていた。

「いや、違うでしょ! それはただのリバウンドよ!」

​リナの悲鳴が、冬の夜空にむなしく響き渡った。


しかし、当の矢井賀くんは、今夜の夕食に何を食べるか、楽しそうに考えている。そして未空は、そんな彼を、まるで聖なるぷっくり神を見るかのような眼差しで見つめ続けていた。

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