短編:星のお姫さま

柊梨

第1話

 ――子供の頃、僕はある有名な本を読みました。


 その本の名前は記憶の底に張り付いた錆のように戻ってきません。

 ですが、内容は覚えています。



 たしか、ある少女が寒い氷の地に不時着して、そこに偶然住んでいた大人に助けられて。

 いくつもの思い出をもらいました。彼女は彼のことが好きになっていました。

 偶然なことに、乗ってきた乗り物は壊れてしまったのでもう帰ることが叶いませんでした。

 彼女は当然のように告白をして、当たり前のように断られました。


 彼は「歳の差がありすぎる」と言い訳を言いました。

 彼女は、その土地で大人と呼ばれている年齢まで待って告白すると約束し、彼もその時まで待つと約束をしてくれました。

 彼女はその年になるまで自分の姿は見てほしくないと理由をつけてどこかに消えてしまいます。


 その間に3つの大きな災害がありました。

 噴火に、

 地震。

 それと飢餓。


 それでもその村は生きていると人々を通じて彼女は知っていました。

 もちろん、彼も生きていると知っていました。


 そして彼女が17を過ぎたころ、大人になってその村に帰ってきました。

 彼はまだ生きていました。


 もちろん求婚しました。

 彼は二つ返事で了承しました。彼は律儀に約束を守ったのです。


 ですが、彼は翌日、亡くなっていました。

 原因は老衰でした。

 彼女はとても悲しみました。


 そして、真実を知りました。




「――帰ってくるのが遅すぎるのよ」



 僕は、この光景はその本とよく似ているな、と彼女と本の中の彼女を重ねました。

 驚くほどぴったり重なりました。


 彼女は髪先をいじいじしながら恥ずかしそうに言いました。



「……あんた。……幼稚園の約束、覚えてるわよね?」

「え、うん」

「じゃ、じゃあ! それをキチンと履行してちょうだいっ!」

「え、いやだ」

「はっ、はぁっ……!?」


 僕は知っています。もしここで、約束を守ったとして、それは短いものになってしまいます。

 どんなに彼女の笑顔が天使でも、どんなに彼女が魅力的だったとしても、短いものになってしまいます。

 それが、今の僕らの高校生と言うやつなのです。

 本の中では彼女はたった一日を幸せに過ごせて、果たして本当に幸せを実感できたのでしょうか。

 僕はできないと思います。

 幸せと言うのはこの先の未来が見え始めてから感じるのです。

 彼女は未来を期待して最愛の人をなくしました。

 だから、僕も同じ轍は踏みたくありません。


「あと少し、待ってくれませんか?」

「……あ、あと少しって、いつのことよ……!」

「僕が、あなたとこの先一緒にいられると実感できたときです」

「っ、それだと、いつまでも……できないってことになるじゃない!」


 彼女はせき込んで、


「いっつもそう! あんたは、先延ばし先延ばしで! 私がいくら想いを告げても、待ってください待ってくださいって……! いったい私はいつになったら、あんたの想いに答えられるの……!?」



 ――そうでした。

 彼女には重い喘息があるのでした。


「……そうやって、私が喘息を起こすたびに。はぁ、はぁ。……肩を叩いてくれたのはあんただったわね。いつも、いつも。私が具合が悪くなればいち早く駆けつけてくれるのに、私はあんたにいつまでたっても、いち早く駆けつけられない。とっても、とーってももどかしいのよ」

「……」

「ね? 分かるでしょ? もしかしたら、私はこの先、もう長くないかもしれない。――だから、せめて、せめて、私が満足できる人に最期を見てもらいたいのよ」


 彼女からの愛は強く感じます。

 僕ではさばききれないほどに。

 だからこそ、受け入れられないのです。この先が見えないから。


 恋と言うのは――いえ。再三言っているからもういいでしょう。

 僕はまだ、受け入れられません。


「……だから、もう少し待っ……」

「もういい! あんたのその言い訳は聞き飽きたの! もうすこし、寄り添った答えは導き出せないの!?」


 背中をさすっていると、突然暴れだし、僕のカバンを床に投げ出しました。

 その中から、彼女は一つの本を取り上げました。

 名前は星の王子さま。名作です。


 彼女はそれをびりびりに引き裂きました。

 こうなってしまうと、もう修復は不可能でしょう。



「……どう? これなら私のことを見てくれる?!」

「………いえ。変わりません」

「――そう」



 幼稚園の時を最後に見た涙目をしました。

 その顔は僕にとっては胸が痛くなる顔です。

 僕は知らず知らずのうちに口が開いていました。


「……ですが、もし。仮に、あなたが高校を卒業できるまで、僕のことを好きだと――愛してくれるというのなら、僕は考えたいと思います」

「…………ホント……?」

「はい。ホントです」

「……うん。…………わかった。わかったよ……!」


 今度は満面の笑みで立ち上がり、こちらに来て、――優しくハグしてくれました。

 ああ、温かい。

 こんな感情はいつぶりでしょうか。


「……じゃあ、帰りますか?」

「…………うん」


 彼女が投げ出したバッグの中身を拾い集めていると、彼女は手をこちらに差し出して、



「……ん。送って」

「はい、いいですよ」



 その日は僕が彼女をおんぶしながら家まで送り届けました。


ーーーーーー


 それは、夜中の零時を回ったときでした。


 ――僕が起きたのは、携帯が緊急通報を知らせるけたたましい音でした。

 それに出てみると、とにかく病院に来て、と。それだけ告げられました。



 なんだなんだと、急いできてみれば、告げられた病院の住所は大学病院でした。

 僕は嫌な予感が当たりそうだな、と心の中で感じていまいした。


 病院の自動ドアを突き破るように入れば、そこには、あの彼女の両親がいました。



 二人はなぜか微笑みながら、


「――やっときたね。娘にぜひ、会っていってほしいんだ」

「…………」


 この時はまだ信じたくありませんでした。

 彼女は喘息が完全に肺を蝕んでいたのです。

 だから学校であんなことを、と思いながら、歩を早めます。



 両親が病室を開けると、そこには酸素マスクを着けられた彼女が居ました。



「……やっときたのね。来るのが遅いのよ」



 ごほごほと、激しくせき込み、マスクには時折、赤色が混じっているように見えます。


 気付けば、両親は退席していました。

 僕は、彼女の手を片手で優しく包み込みました。

 もう片手で、肩をさすりました。


「……ホント、こういうところだけは察しのいい男ね」

「………でしょう?」

「ええ、ほんと」


 声を出すのも苦しそうにしながら、笑ってくれました。

 そして、目が虚ろになりながら、


「ねえ、お願い。結婚しましょ? もう私死ぬかもしれないの」

「性急ですね……いつもあなたは」

「それが売りですから」


 彼女は包まれた手を逆に包み返して、


「私、気付いたの。搬送されている間、誰も私の肩なんかさすってくれなかった。みんな、がんばれがんばれの応援ばっかり。でも、君がくると、すぐに肩をさすってくれる。……なんで?」

「幼馴染だからですよ」

「ふふっ、そっかー。幼馴染だからかー」



 目を涙で赤く腫らして、涙声になりながら。


「ねね。私の最後の、人生最期のお願い。聞いてくれる?」

「……なんでしょう」

「私と、付き合ってくれる?」



 返答にすごく、迷いました。

 彼女には少なくともあと2年生きてもらわなければなりません。

 でも、この状況を冷静に見る限り、彼女はもう、2年も耐えられないでしょう。

 明日か今日中にはこの人間を捨てて、僕たちの知らないところに行ってしまう気がしました。



「……………いいですよ」

「……ほんと?」

「ええ」

「あ、ありがとう」



 その涙はうれし涙だったのでしょう。

 また、僕は自然と口が開いていました。



「……実のところ、僕も、あなたのことが、――大好きでした」

「……えっ……?」

「その笑顔に、態度に、いつまでも子供のようについて来る心。あなたは僕のいわば、一部みたいなものでした。――だから、ここで消えてしまうと考えると、自分の体の半分が永遠に戻ってこないような気がするんです」


 気付けば、僕も涙が出てやみません。


「だから、ずっと、言いたかったんです。でも、――高校生ですから、すぐ別れて別の人に行ってしまうのではないかと、ずっと怖かったんです」

「……へへっ、変なの。あんた以外見えているもんですか」

「……そうでしたか。ふふっ、そうでしたね……」



 薄く笑った後、彼女は酸素マスクを外しました。

 僕の妨害を払いのけて。


「じゃあさ、……キスしてよ。恋人のキス」

「……いやです。キスなんかしたら――」


 まるで別れの挨拶みたいじゃないですか。と言いかけて、口が思うとおりに動かないことに気が付きました。



 5秒ほど彼女に任せたのち、彼女はすぐに酸素マスクをつけました。


 ぴ、ぴ、ぴ。と少し高い音がして、バイタルを示すモニターを見ると、血圧が60を下回っていました。


「少し、親御さんを呼んできますね」

「まって」


 急いで退出しようとすると裾をつかみ、


「あの二人には、もうお別れの言葉を言ったの。……だから君はずっとここに居て?」

「……分かりました。最後まで、恋人としていましょうか?」


 くすっ、と笑いながら、言うと


「いや、夫さんとして接して……?」

「ふふっ、ええ。分かりました。今から僕はあなたの旦那さんです」

「うれしい」




 ――僕たちは残された最後の時間を未来の家族設計に費やしました。

 子供は何人で、家はどれくらいで、専業主婦か、共働きか、とか。

 ご近所付き合いはほどほどにしてね、と言われたり、子供が騒がないようにしっかり躾けてくださいよ、と言ったり。



「――そしたら、僕はあなたに言うんです。愛してるよって」

「うん……うん……うれしいよ」



 急激に警告音が高くなるのを感じました。

 僕はもう間に合わないと思いながら、酸素マスクを外し、彼女の唇に僕のそれを重ねました。

 すでに、やった身ですから、二回目は躊躇せずにできました。



「ん……ありがとね」

「こちらこそ。少しばかり、未来が見えた気がしました。――本当に、ありがとう」



「……こちらこそ、…………私の………旦那さん」




 それが彼女から出た最後の言葉でした。


ーーーーーー



 僕は葬儀に参加しました。

 その中で、彼女が残した遺書を彼女の父が読み上げていました。


「――ところで、彼はいつも、タイトルの忘れた悲劇話ばかりしています。

 私は何度も聞かされるうちに、それについて気になって調べてみました。

 親に嘘をつきながら、勝手に出て行って。 ……ふふっ、あいつらしい。

 ……こほん、失礼。

 出て行って、ネットで調べて、それに類似した本を見つけました。

 もし、私が2年後、生きているのなら、彼にこのタイトルと、本をサプライズとしてあげたいです」



 単語一つ一つが脳内でとどまって反芻しました。



「……それは、おそらく、『星のお姫様』というタイトルなのではないのでしょうか」



 かちん、とパズルピースの最後がはまった気がしました。

 ……そうです。そうでした。『星のお姫様』でした。


 『星の王子さま』の続編かと思い込んで読んでみた、あの僕の心残り。



 彼女はかなり探しこんでくれたのだと思います。

 僕が調べても出てこなかったのですから。


 彼女は本当に、僕のことを愛してくれていたんですね………。


「追伸 もし、第二の人生を選べるのだとするのなら、彼のいえ、山本颯太くんのお嫁さんになりたいです。  上田巴菜うえだはなより」



 気が付けば、涙が滝のようになっていました。

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短編:星のお姫さま 柊梨 @Shuri110957

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