気ままな友達
璃亜里亭 無音@ティオンヌマン
気ままな友達
『気ままな友達』
璃亜里亭 無音
初めまして、田村祐樹と申します。僕には仲の良い友達が居ました。名前は太田啓介といいます。小学校に入る前からの付き合いでした。家が近く、親同士も顔見知りで、放課後には自然とどちらかの家に行き遊んでいました。マンガを読んだりゲームをしたり、特別な思い出というものはありませんでしたが、何気ない日常を自然に、共に過ごしていたのです。
彼は少し気紛れなところがありました。つい昨日まで夢中になっていたアニメを急に「飽きた」と言ってみるのをやめたり、大量にコレクションしていたトレーディングカードを急に手放したりと、唐突な行動があったのです。とはいえ、僕自身はそんなことは特段気には留めていませんでした。
中学に上がって、僕は彼とクラスが分かれました。廊下ですれ違ったり、昼休みに顔を合わせれば少し話をする。少なくとも、僕は今まで通りの関係が続いていると思っていました。
最初に違和感を覚えたのは進学から二か月ほど経った頃です。彼と顔を合わせても、以前のように他愛ない話をすることがなくなっていったのです。僕自身はいつも通りに話しかけているのですが、彼の反応は「ああ」「うん」といった単調なもので、どこか暗い雰囲気を纏っていたのです。他の友達から聞いた話によると、彼はクラス内で浮いてしまっているようでした。もともと社交的なタイプではなく、一番話をする友人と呼べる存在は、おそらく僕だったと思います。新しい環境に馴染めずにいたのです。
そこからさらに数か月が経ちました。そのころになると、学年内でもいわゆる少しやんちゃな人たちが現れ始めました。やんちゃと言えば聞こえはかわいいですが、所謂不良です。上級生の不良グループに入りこびへつらい、同級生、教師たちには高圧的な態度で接するのです。後になって知ったことですが、僕の通っている中学校は不良が多いということで他校から敬遠されているようでした。
ある日、彼が複数の不良たちに囲まれているのを遠目に目撃しました。何を話しているのかは聞き取れませんでした。手を挙げられている様子もありませんでした。でも、僕は怖くなってしまいました。その場で、見て見ぬふりをしてしまったのです。
その後、彼はクラス内で完全に孤立してしまったと聞きました。不良グループのターゲットにされてしまい、皆が自分たちに被害が及ばないように彼から距離を置くようになったのです。彼は、生贄にされてしまったのです。
ほどなくして、彼は不登校になりました。僕自身は以前と変わらず、ただ平凡な生活を続けているだけでした。そう、何も変わらなかったのです。幼馴染がこんな目にあっているのに、自分自身が何も変わらなかったことにある種の失望を覚えました。でも、心のどこかで、「いじめられるのが自分でなくてよかった」と、どこか他人事のように考えてもいました。僕は、自分で思っている以上に冷徹な人間なのだなと思いました。だからと言って、僕に出来ることは何もない、何もできない、だから、何もしない。正直に言えば、僕は少なくともその時は彼を見捨てたというつもりはありませんでした。あれは、僕なりの距離の取り方だったのです。下手に首を突っ込めば状況は悪化する。大人だって事なかれ主義を礼賛しているではないか。だから、僕は間違えてなんかいない。そう思い込むようにしていました。
2年生の夏休み前、彼は転校していきました。彼のクラスの担任は「ご家庭の事情」とだけ言っていました。彼が不良たちのいじめのターゲットになっていることは教員たちも知っているはずです。大事になる前のその悩みの種が校内からいなくなったことにある種の安堵を感じていたのかもしれません。
※※※
夏休み中、僕はスマホを買い換えました。理由は単純で、バッテリーが劣化し充電が上手くいかなくなったからです。データを移行し、写真等もそのまま引き継ぎました。
最初に異変に気が付いたのは、何気なくカメラロールを見返していた時でした。去年の夏、なんとなく撮影した夕暮れの公園のブランコの写真です。特別でも何でもないその写真の端に、黒っぽい影が映りこんでいたのです。最初は自分の指が映りこんでしまったのかと思いました。けれど、別の日に取った写真にも似た影がありました。今度はもっとはっきりと写りこんでいました。教室の窓を撮った写真、校舎を撮った写真、帰り道で道端の花を撮った写真、友達と自撮りをした写真、あらゆる写真に影が映りこんでいました。しかもそれは、撮影日が新しくなるにつれて形が変わってきているのです。始めは黒く滲んだような輪郭の曖昧な塊でした。しかしそれは次第に人のような形になってきているのです。そしてそれは、徐々にこちらを向いてきている、そういう風に見えるのです。
気味が悪くなった僕はその影が最初に映った写真の日を確認しました。それは、彼が転校した日でした。その時、スマホの通知が鳴りました。カメラロールが自動的に写真をまとめ、アルバムを作成したのです。そのタイトルは「気ままな友達」でした。中身を確認すると、全ての写真にその黒い影が映っており、どんどん僕に近づいてきているのです。寄り添うというより、縋り付くように、手を伸ばしてくるのです。その時、胸の奥がひどく冷えました。アルバムのタイトルの意味、気ままな友達とは、彼のことなのではないか、この黒い影は、太田君なのではないかと。
その夜、夢を見ました。誰かが自分のすぐ後ろに立っている夢でした。振り返ろうとしても体が動かず、自身の呼吸に合わせて別の呼吸が首元にかかるのを感じました。名前を呼ばれた気がしたところで目が覚めました。
それからです。僕の体調がおかしくなったのは。理由もなく体が重い、頭が痛い、食欲もない、寝ても疲れがとれない……列挙するほどの深刻な症状ではないかもしれませんが、心の奥に、あのカメラロールのアルバム名が引っかかっているのです。
気ままな友達
それは、誰の友達なのか、誰の事なのか。いや、本当はわかっています。気ままな友達とは、彼……太田啓介のことではないのかと。
友達だった、友達だと思っていた。でも、僕は彼を助けなかった。助けようともしなかった。自分がまきこまれるのが嫌だという一心で、僕は、友達を裏切ったのです。
その数日後、噂を耳にしました。
「ねえ知ってる?ちょっと前に転校していった男子いるじゃん、あのいじめられてた子。死んじゃったらしいよ」
「え、マジ?」
「うん、なんか転校先の学校で飛び降り自殺したんだって」
「うわ、やばくね?」
真偽のほどは不明ですが、僕の心をかき乱すには十分すぎる内容でした。胸の奥がぎゅっと縮み上がる感じがし、吐き気がこみ上げてきました。
それから、僕は学校を休むようになりました。
今では黒い影は窓や鏡にも映り込んでいます。そして、明らかに手招きをするような動作をとっているのです
彼が、僕を呼んでいるのです。
僕は彼に謝ろうと思います。でも、今ここで謝っても彼には届きません。彼の元へ行かねばならないかもしれません、許してくれないかもしれません。でも、僕は戻りたいのです。彼とまた、気ままな友達に。
終
気ままな友達 璃亜里亭 無音@ティオンヌマン @tio410
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます