「ごく普通の恋」をください!!

よしまる

車内恋愛

朝の通勤電車に揺られながら、俺はある時から気づいたことがある。


それは、毎日最寄り駅のホームで同じ位置で電車を待つ女性がいることだ。


常にマスクをしており顔全体は分からない。


髪型はボブで、目は少々切れ長。たまにメガネをかけているときがある。


スラッとしたスタイルで、服装は上はジャケットで下はスラックスだが、スラックスの色が緑色だったり橙色だったりと、いつもカラフルなものを履いている。


バッグはトートバッグだったり小さめのリュックだったり日によって変わっている。


なんでこんな具体的な容姿を覚えているかと言うと、俺がこの女性を気になり始めてしまったからだ。乗車した後も気になってしまい横目でちらちらと見てしまう。


俺は恋愛には疎く、これまで彼女がいたことは、ない。


最近は「もう恋なんてしない」気分になり、恋心を持つことすら忘れていた。


そんな俺が実に十数年ぶりに恋をした。いや、これは恋なのか。でも気になるということはきっと恋だ。素直に認めよう。


この女性に対する恋を認めてからは、毎朝が楽しみになってきた。


毎朝女性を見かける度に心の中で「おはよう」とつぶやいたり、「今日の服装、よく似合っているね」とつぶやいたり。 


そんな朝が続いていたのだが、ある日を境に見かけなくなった。来る日も来る日もホームにいない。


俺は落胆した。久しぶりの恋だったのに。こんなことならダメ元で告ればよかった。 


もう一生会えないだろうと悟ったある日、仕事をサボり、ふて寝した。


目が覚めたときには、時計の針は五時を指していた。部屋の窓に目を向けると、空が夕焼け色に染まっている。


そして起き上がったと同時に、お腹が地響きを上げた。


ーーそういえば朝から何も食べていなかったな。とりあえずメシでも食いに行くか




俺は最寄り駅までやってくると、ある小さな本屋が目についた。


ーーこんなところに本屋なんてあったっけ


普段は読書することがないので本屋に立ち寄らないのだが、この本屋は何だか気になり、中に入ってみることにした。


どこの街にもあるような雑居ビルの一階にあり、中に入ると、左右の書棚に無数の本がびっしりと収まっていた。かなり奥行きのある店舗だ。客は誰もいない。


俺は店内を歩きながらたくさんの本の表紙を眺めていると、ある一冊の本に目が止まった。


『車内恋愛』


俺は、書棚の下から二段目にあったその本を引き抜いた。かなり薄い本だ。


著者は、『リアルカキビト』。


ーーペンネームだろうけど変わっているな


俺は、この本のタイトルに惹かれて購入することにした。




牛丼屋で牛丼をかきこんだ後、帰りがけにスーパーでビールとおつまみを買い、家に帰るなりビールの蓋を開けて飲みながら本を読み始めた。


『朝の通勤電車に揺られながら、太一はある時から気づいた。それは、毎日最寄り駅のホームで同じ位置で電車を待つ女性がいることだ。常にマスクをしており顔全体は分からない。髪型はボブで、目は少々切れ長。たまにメガネをかけているときがある。』


ーーちょっと待った!


冒頭の数行で悟った。


ーーこれって、俺のことじゃないのか?


その後も読み進めると、俺がこれまで考えていたことが全てそのまま文章になっているように見えた。


小説の主人公であろう『太一』は俺の名前と一緒だ。


ーー俺、電車でのこと、誰にも話していないんだがこれは一体どういうことだ?


読み進めていくうちに、驚きと恐怖が入り交じったような表情に変わっていく。


書店で立ち寄り、その後牛丼をかきこむ描写まで書かれていたときには、後ろを振り向いてしまった。


だんだんと嫌な汗をかく量が増えてきたとき、途中から急に主人公が変わった。


『真央はある時から毎朝同じホームに並んでいる男性が気になり始めた。


その男性はサラリーマンなのだろう、いつも同じヨレヨレのスーツを着ていて、なんだか怠そうな目でスマホをいじっていた。見ていたかと思うと、辺りをキョロキョロし出して、何となく私を見ているように感じた。』


ーー『真央』とは、あの女性のことか?


その後も、俺であろう男性の電車内での描写と、それに対する真央の揺れ動く心情が描かれていた。


『ああ、もう我慢できない。あの人のことばかり考えてしまう。電車の時間帯をずらしたけどどうしても落ち着かない。もうこうなったら気持ちを打ち明けるしかない。真央はそう思うと、すぐに身支度をして自宅から飛び出していった』


俺はドキドキしながら次のページをめくった。


次のページは白紙だった。




「ピーンポーン」


玄関のチャイムが鳴り、俺は玄関に目を向けた。


ーーもしかして、あの女性、いや、真央さんがここに来たのか?なぜ俺のアパートが分かったのかいや、そんなことはどうでもいい真央さんは俺に好きな気持ちを伝えにきたんだ!


俺は飛び跳ねるように玄関の行き、勢いよくドアを開けた。


「真央さん、俺も好きだ!!」


「あの~宅配便ですが…」


そこに立っていたのは、宅配業者の男性だった。




俺が玄関で呆然としている間、『車内恋愛』には次のようなことが書き加えられていた。


『そして真央は、恋人の大輔の家に駆け込み、見知らぬ男につけ狙われていると打ち明けると、大輔は「俺が倍返ししてやる」と怒りに震えていた』

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