鞭とパンケーキ

ましら 佳

第1話

「アンタ、この、お母さんが失敗したみたいなパンケーキ、好きだよね」


友人の竹子たけこに言われて、頷く。


そう。私はこのパンケーキが好き。


このホテルは元は外資系で、当時の流行りなのか箱型で高さも奥行きもある建物。


これは、その一角のカフェの昔からの名物。


「・・・世の中さ、デコデコ盛り盛りのパンケーキとか、喫茶店風のホットケーキが主流なんだけどねぇ」


確かに、この鉄板に薄い油揚げみたいなパンケーキは・・・コレ、パンケーキなの???と思うものだけど。


「でもなんか・・・いいんだよねー」


そう言うと、ぺろりと平らげる。

つまりペロリと平らげられるほどのもの。


「多分、コレさ、パンケーキって言うか、"ダッチベイビー"っていうやつだよね・・・」


ちょっと前にお菓子好きには話題になったもので。

生地の卵液をスキレットに流して、高温のオーブンでバッと焼くもの。

ぷくっと膨らんだ真ん中が、オーブンから出すとぺちゃんこになる。

そこに、アイスクリームやバターや蜂蜜、フルーツを乗っけて食べる。


でもやっぱり日本人の嗜好・・・ビジュアルの好みには合わなかったみたいで、すぐ見なくなった。


確かに、可愛さにはちょっと欠けるものなあ。


竹子たけこの言う通り、やっぱり世間では、クリームやフルーツ盛り盛りのパンケーキや、喫茶店風のノスタルジックなホットケーキが主流なんだろうな、とちょっと寂しくなる。


目の前の友人が、ちょっとヤダぁ、と喜んでいるのに、いきなり何だとややしばらく様子を見た。


「アンタもう、突然何言ってんのよ!ダッチベイビーって!!!」

「・・・あのさぁ、ダッチベイビーってエロい話じゃないからね。・・・そう言う食いモンがあんの。・・・全く、竹子たけこ、口を開けば下ネタしか言わないんだから・・・」


竹子たけこは美人だし学歴も資格もハイスキル。

しかし、どこか昭和のオヤジを思わせるその性格は遺憾無く下ネタにも発揮されて、課長どころか部長、支社長の世代と合うセンスらしい。


ちょっとパンツの話、とかではない。

もはや若手男性社員がドン引きするもの。


当然、同期の女子社員からは「やだー佐々木さん、最低」と言われているそうで。


しかし、このキツい顔立ちの美人、二次会のスナックでは上司とチークダンスをマイムマイム並みに踊り、そして会社では毎朝、元放送部のエースという実績が生きて、新聞連載小説の失楽園を朗読すると言うボランティア活動により、老眼が進んでいるお局のお姉さま方からは重宝がられているらしい。


「・・・あのね、下ネタって優しさで介護なんだよ、介護。大体さあ、なんでもかんでもセクハラセクハラってさあ。人間関係を円滑にするツールっていうものがあるじゃん?」


竹子たけこが、こんな世の中じゃポイズン、と歌った。


「・・・うん、それ本物のセクハラオヤジが言うセリフだわ・・・」


コイツ、高校の時は、毎朝東ス⚪︎買って来て読んでたもんなあ・・・。


彼女のおかけで、学校に持ち込んでは行けないものの一覧に、"漫画、雑誌、化粧品、携帯"に"東⚪︎ポ"って増えたものだった。


シスターが、新聞ダメなんですかと言う竹子に、「皆さん、東⚪︎ポは新聞ではありません!!」とエロ記事見て激昂していた。


・・・東ス⚪︎だって新聞だけどねぇ。


「美久ちゃんがウサギ連れて来て廊下で散歩してたの見つかって。文子はロッカーでハムスター飼ってたのバレて、"生き物"も学校に持ち込みダメになったっけね」

「あーそうそう!あとほら、札束。華奈ちゃんがお母さんに振り込み頼まれたとかで。持ち物検査で出て来てさ。"高額な現金"も禁止になったんだ」


そうだったそうだった、と思い出話に花が咲く。


「・・・そろそろ行く?私、ケーキ買って来るから」

「あ、じゃ、その間トイレ行ってくるわ」


このホテルのこのカフェのケーキは昔から結構有名。

別に派手なものではなくて、どちらかと行ったらシンプルなもの。

なんとなく、まだまだふるきGHQの雰囲気がする時代のケーキと言うか。


その時、ふいにスーツ姿の男性に声をかけられた。


オシャレスーツではなくて、ビジネススーツ。

だけどこりゃ高いもんだと・・・ゲイの先輩に教えて貰ったから分かる。


先輩、暇さえありゃ伊⚪︎丹新◎メンズ館に行っちゃうんだから。


「・・・ああ!今日はこちらでしたか。わざわざ、お疲れ様です」


ホテルの人かな???

別に疲れるような事もしてないけど・・・。


でも、いつも利用して頂いて「ありがとうございます」じゃなくて、「おつかれさま」?


「・・・えぇ、あぁ、はい」


とりあえず会釈すると、彼はにこにことして。


さすが接客業の方はお愛想いいわねぇー。


「・・・近々、またお店にお伺いしますので。お会いできて光栄でした。・・・では、失礼対します、◎◎子女王様」


彼はそう言うとビシッと会釈をして、迎えに来たらしき部下と思われる青年と出て行って。


いや、アンタ、ホテルの人じゃないんかい?


・・・ん?

人違い・・・???


戻って来た竹子、変な顔をしていて。


「・・・ねえ、アンタ、あのオッサン、知り合い?」

「いや、知らない人・・・」

「・・・女王様って言ったよね・・・何?・・・アンタ、何のバイトしてんの?」

「・・・パン屋と競馬場だけど・・・」


でも、確かに、◎◎子女王様って言ったよね・・・。


「・・・いや、取引先にもいんのよ。ああいう、スカッとしたイケてるオヤジこそ、実は癖がある」


竹子が訳知り顔に頷いた。



数日後、バイト先の競馬場で。


「・・・主任、あのむちって・・・痛くないんですかね・・・」


レース中に馬がビシバシ叩かれるのを見るたびにそう思う。


でも、競走馬と言うのは、決してイメージする人間に寄り添うメルヘンな馬とは違い、とにかく現役時代は闘う為に生きてる。


お前本当に草食ってる生き物なのか?!と思うような勢いで、いつもオッサン共を蹴散らしている。


「うーん。海外からは虐待だって結構言われてんだけど・・・。叩く回数決まってるしね。まあ、でも。馬、でかいしねー、人間が叩かれるほどは痛くないもんだよ」


そう言って、むちを見せてくれて。


思ったよりも軽い。


もっと長い大蛇みたいなものだと思っていた。


「・・・エル○スもむち作ってんだから。あそこもとは馬具屋さんだからね。・・・まあ、実際いるのよ?そういうの好きなヒトも」


主任は二つ目のご当地弁当をかっこみ、さっさと貴賓室の馬主様の御用聞きに行って来い、とこちらも尻を叩かれて。


・・・じゃあ多分。


世界には似た人が三人いるって言うから、きっと私に似た女王様がどこかに居て。


あの男の人も、きっとエル⚪︎スの鞭とかで、性癖追い上げられてんのかな。


その話を、お土産のケーキを渡しながら、ゲイの先輩に言った時。


「・・・そのホテル、場所がシャレにならないけど・・・。無い話ではない。いい?若い内に教えとくけど、まあ、性癖は人ぞれそれなんだからね」


先輩からまたひとつ、ご薫陶を賜わりました。



そして数ヶ月後、北京旅行に行って来た竹子より「アンタにそっくりの人が京劇で沙悟浄持ってたみたいなやつぶん回してくるくる回ってた」との報告を頂き。


いや、早くねぇ??

近くねぇ???


"世界に三人"、もう見つかっちゃったんかい。


しかも、"世界"なわりに、近距離じゃない?


"世界"なんだから、もっとアラスカとかにいるんじゃないの?


国内に2人で、隣国に1人って。


「もうすんげーのよ。舞台の上ではクルクル回ってずっと笑顔なのに、舞台降りた瞬間、にこりともしないで下手くそって共演者に怒鳴り散らしててさー。でも、可愛い年下の男が来ると、"ウフーン、坊や、何か食べるぅ?"みたいな」


・・・なんだよ、それ。


でも、まあ。


"性癖は人それぞれ"。


心に留めて置こうと思った、24歳の秋の話でした。






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鞭とパンケーキ ましら 佳 @kakag11

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