四話・ただ我のみが正しい
少年が指定した教会は、ひどく荒れていた。
焼け落ちた教会は、見るからに何もない。
焼け焦げたレンガの中、どれだけの物が焼けたのか。
幸いにも人死があったとは聞いていない。
しかし、小さな教会だ。わざわざ高い寄進をして直そうという奇特な者もおらず、ただただ放置されている。
その証拠にわざわざ覗きこまないとなかなか覗き込めないだろう高さ壁の内側は、夏の陽射しを浴びた雑草がぼうぼうに生えていた。
これはなかなかよろしくない。
あの少年が虫にでも食われてしまうのは、私も本意ではなかった。
「おい」
「へ、へい、なんでございましょ。いやぁ、高僧様に話しかけていただけるなんて、うちも仲間たちに自慢出来やすぜ、へへへ」
なんと名乗ったのか忘れてしまったが、貧乏臭い冒険者はひきつった笑顔を浮かべながらハエのように高速で揉み手を始めた。
あちこちが擦り切れた薄っぺらい革鎧は、あちこちに血の跡が残っており、黒塗りの鞘もハゲが目立つ。
女本人も焼けた肌と色の抜けた赤髪で、どこからどう見ても金があるように思えない。
冒険者などと大層な名乗りではあるが、所詮は市民権のない日雇いだ。
奴らはこんなものである。あるとはいえ、ここまで露骨にゴマを擦る奴も珍しいが。
私はそんな冒険者に、大銅貨を一枚放り投げてやった。
「少しこの辺りの草を刈っておけ。足元が悪い」
「へい、よろこんで!」
「やれるところまででよい」
銅貨二枚でパン一個、銅貨百枚で大銅貨一枚。
大銅貨一枚もあれば、貧民ならば数日はそれなりに食っていけるだろう。
十の鐘が鳴って、体感では半刻ほどか。
残り半刻、草刈りしていれば手に入る報酬としてはなかなかなはずだ。
それがわかっているのだろう。
貧乏臭い冒険者は、どこからに持っていた短剣を抜くと、むしむしと草を刈り始めた。
「そういえば貴様はなにゆえ少年に決闘を挑まれたのだ?」
場合によっては官憲に突き出さねばならない。
「いや、うち悪いことしてないっすよ!?男の子一人で歩いてたもんだから、ちょっと心配で声かけただけなんで!」
「ふむ……」
悪いかどうかで言えば、相当に悪い。
女に比べて数が少なく力もない男という生き物が歩いていれば、心配になるのは当然だ。
しかし、こいつのような怪しげな貧民が、恐らくどこかの貴族か裕福な商家の息子に話しかけるのは、非常によろしくない行いだ。
身の程がわきまえられてない。
「官憲か……」
「ちょい待ってくださいよ!?本当にちょっと話しかけただけなんで!セクハラもしてないっすよ!」
「草刈りの手を止めるな」
「はい……」
しゃべるたびに身振り手振りが大きく、あらゆる意味でやかましい女だ。
あとで官憲に突き出すかどうかは草刈りの働き次第としてやるにしても、鳥のようにやかましい女の声を私は聞き流すことにした。
「ふむ」
それよりもあの少年だ。
破廉恥ではある。そして、それ以上に奇妙な男だった。
男という生き物は数が少なくて弱い。女は数が多くて強い。
故に男は女に守られるのが、当然の理屈ではないか。
いくら治安がいいとされている王都であろうと、男一人で街を歩くなど狂気の沙汰だ。
ちょっとした路地裏に入れば、少しの暗がりに足を踏み入れれば、普通は拐われて犯されて売られてしまうことだろう。
なのに、挑む目をしていた。
それは力ある目だ。
森羅万象悉く脳髄に納めてやろうとする私と、同じ志を持つ男だと思えた。
我こそが学僧である、とうそぶく脳なしが集まる学舎には、学僧になったことで満足する連中ばかりだ。
彼らが何を成すのかと言えば、古くさい教典をペラペラとめくり、一語一語の解釈について何やら高尚ぶった議論を交わす。
それに何の意味があるのだ。
ゆえに私ペリギュール・ランセットは考える。
落ちる林檎は何故地に引かれるのか、宙に広がる星々はどう動くのか。
神が作ったこの世界を、その全てを解き明かすことこそが真に信仰であるのではないか。
だというのに、
「チッ」
「なんすか!?真面目に草むしってますよ!?」
「なんでもない」
黴の生えた言葉をどれだけひっくり返したところで、一体なんの意味があるのだろうか。
古い時代なら、その行いに意味があった。
教典は神母のみが触れてよいとされていた頃ならば、深い洞察に基づいた議論が交わされており、神の言葉を解きほぐすことに意味はあったのだ。
しかし、現代と来たらどうだ。
活版印刷により、教典は誰でも手に入れられるようになってしまった。
つまり、無学で、無教養で、無理性で、虫のようにうごめく連中が神の言葉を語るようになっている。
そんな連中に深い隠喩を用いて説法をしようとも、表面上の理解しかしないのだ。
神が直接的に人を救わない。だから、神はいない。または必要ない。
そんな馬鹿げたことを抜かす阿呆どもすらいる。
もうこれまでの在り方では、教会は成り立たないところまで来ている。
もっと深く、世界全てを読み解いて、愚かな人々の、理解の出来ないところに我々は立たなければならない。
そのことが誰にも理解されないことを、私は理解していた。
教会の善き人々は、正しき行いをしている。
清貧に生き、隣人に愛を。
どこまでも正しいのだ。
だが、その正しさを支えていた柱が崩れようとしている。
信仰を知らぬ者が信仰を騙り、真に優しい人々が嘲笑われる世が来ようとしている。
だから、私ペリギュール・ランセットは挑まなければならない。
たった独りで、世界全てと。
故に男一人を正しい道に返せず、私は何を成せるというのか。
まだ鐘は鳴っていない。
しかし、彼は来た。
「待たせたな、ペリギュール・ランセット」
「よい、テクト・グラック。男を待つのも淑女の勤めである」
意味があるのかは、まだわからない。
ちいさくて、弱い男と決闘をする理由があるのか。
この強い目をした男を、今からぶん殴らなければならない。
確かに気にいったのかもしれないが、そのことだけはひどく気が重かった。
この白い肌に傷をつけ、心にもひどい傷を負わせてしまうに違いない。
男は女に絶対に勝てないのだと、刻み込む必要があるのだ。
それはなんとも、
『
ただただ虚しく思えた。
格ゲーおじさん、貞操逆転世界で無双する 久保田 @Kubota
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