第2話 すずとの再会

 神様は案外早く願いを聞いてくれた。


 文哉の住む街は大きな国道が東西南北に延びている都心のベッドタウン。遊技場の数は多い。と同時にその周りに付随する様々な店舗も多い。

 銀行、サラ金、喫茶店、食堂……。


 その日はスロット専門店の新台入れ替えの日。


 いつもより少し早めに支度をして家を出たのだが、早すぎた。元々人気店ではない店の平日通常営業である。だれも並んでいない。

 開店5分前でも充分な店に、開店一時間前に着いてしまった。


 新台は12台が入れ替えだと聞いている。並ぶのが恥ずかしい。

 ――ぎりぎりまでお茶にするか――


 いつも時間調整をするために使っている喫茶店を横目で眺め、そこが相変わらず空いているのを確認してからふらふらと国道沿いを歩き、喫茶店を探す。新しい喫茶店はいくらでもある。


 窓のないオレンジ色の扉の店に、『モーニング480円』と書かれた張り紙を発見したが、『スナック来夢』の看板も同時に発見した。


 昼は喫茶店で夜はスナックになるのだろう。文哉はそこに決めた。


 ガランガランと子牛の首にぶら下げるようなカウベル方式の呼び鈴が、狭い店内にけたたましく鳴り響く。


 四人掛けテーブル3席とカウンターだけの薄暗い小さな店だ。客は誰もいない。

 入るのがちょっとためらわれる。


 身体を完全に店内に入れたら負け。文哉がそう思った瞬間、奥の厨房から「いらっしゃ~い」と太った女が顔を覗かせた。


 すずの母親だった。

 母親は文哉の事を覚えていた。


 480円のモーニングを食い終わるまで身の上話を聞かされた。


 出身は青森。

 すずは福島で生んだ。

 二人に身寄りは無い。

 ここは元彼の店。好意で昼間だけ喫茶店として使わせてもらっている。時々スナックにも出る。

 すずは年齢こそ十八だが、知能は十歳並み。


「あたしが死んだら生きていけないのよ」ふふんと半笑いなのは何かの自嘲なのか。


 トーストもコーヒーもゆで卵も味が分からなかった。

 誰かと話しながら飯を食うなどという行為はもう何年もしていない。すずの親であればこそ我慢をした。


 ――将を射んと欲すればまず馬を射よ――が、強烈なストレスになるのが判っただけでもよしとするか。


 自分がスロットのプロであることと、普段顔を出している三店舗の店名だけをすずの母親に伝え、「開店時間なんで」とその場で支払いを済ませた。


 文哉が席を立とうと腰を浮かした時、出入り口のカウベルが鳴り響いた。

 入ってきた女を見て文哉はたじろいだ。


 すずだ。

 浮かした腰をそっとスツールに下ろし直す。


 意外にも文哉を発見したすずがダダっと文哉に近付き、パンパンと文哉の肩を叩いた。遠慮のまあまあ少ない叩き方だった。


「あらら、すずは文哉君の事好きみたい」

 本当に屈託のない冗談だったのだろうが、文哉は真っ赤になってうつむいてしまった。



 プロで生活をする者は案外忙しい。


 朝の並びから始まり、夜の下見までの間、自分でも気付いていないルーティーンの中で生活している。


 文哉のルーティーンが一つ増えた。

 来夢でのモーニング。


 すずの母親のバカ話に耐えてさえいれば、たまにすずに会える。

 すずは文哉を席に見つけると必ず隣に座りなんやかやと世話を焼いてくれる。


 アイスコーヒーのしずくで濡れたテーブルをおしぼりで拭いてくれる。一口飲んだだけのコップに水を足してくれる。


 ――本当にオレの事が好きなのかな……。


 勘違いかもしれないが、コミュニケーションの取りようがない。

 必ず近くに居る母親も邪魔だ。居なければ多少強引なボディランゲージでも使って、こちらの意思も伝えようがあるのに。

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