喧噪の中の孤独
五月女オルソ
第1話 すずとの出会い
自分に関わらない人が好きだ。
高校を中退してからあまりほめられた生活はしていない。
人との関わりが不得意で、アルバイト程度の仕事でもなかなか続かない。ただギャンブルに関しては玄人の域に達している。
眼が良い。
頭が良い。
センスが良い。
親がやいやい言うからしていただけの仕事。貴重な時間をわずかばかりの給料に換え、それをタネにギャンブルで数倍に増やしてからゆっくり使うのが常。
今のバイト先でも「次に俺を怒鳴ったらその場で辞めてやる」といつも腹に思っていた。
その日が来たのは26の誕生日前日。春の事だった。
かねてから用意の辞表をたたきつけ、その足で不動産屋に向かった。一人暮らし用のワンルームマンションを借りるくらいの金は貯えていた。
ただ自分を愛してくれている両親に自分が『案外良い子』であることをアピールしたくて一緒に住んでいただけの実家暮らしであったから、『一人で生きる』と決めた時点でさっさと家を出る支度はできていた。
自分がさびしがり屋なのは自覚していた。しかし人と交る事がうまくできない。それは自分を愛してくれている父母でも同じだ。
周りに誰かいないといたたまれない。しかし関わられると逃げ出したくなる。
喧噪の中の孤独。
パチスロ店は文哉が自由に泳ぎ回れる大海だ。
「オレ、一人暮らしすっから」
その一言で家を出ようとする息子に父母は心配の言葉をかけたが、三桁の中頃まで貯まっている通帳を見せられて、息子の歳も鑑みて納得した。
毎日朝一から並ぶスロット専門店。マイホールを略してマイホと呼ぶ。
文哉はパチンコとの併設店も含めてマイホを三軒持っていた。
同じ店ばかりで稼いでいると『プロお断り』と出入り禁止を宣言されることがある。それを回避するための三軒。
昼間どんなに早い時間で稼働を終了しても、閉店間際には三店に必ず顔を出す。明日のための下見だ。下見をするのとしないのとでは、今のスロットでは勝率がグンと変わる。
ある日、一軒のパチンコとの併設店で気になる二人組の女を見た。
バラエティーコーナーに並んで打っている二人の内、若い娘の方の
隣に座っている母親らしき大女に大当たりをアピールするしぐさに違和感を感じた。新手のゴト師かも、と思えるような不自然な動きだ。
あきらかに何かのサインを送っている。
怒ったように自分の台を指さし、横に座っている女の左腕を突いたり引っ張ったりしている。
ゆっくりと観察しながらそっと近づくと、文哉の視線に気が付いた娘がまんまるな瞳を文哉に向けた。
――目をそむける……だろうと思ったが、娘はそうはしなかった。
ゴト(不正)じゃないのか?
ゴト師は自分のしている事の罪深さを知っている。人の目を真っ直ぐに見るやつなんかひとりもいない。娘はそむけるどころか見返してきた。厳しい顔つきだ。
文哉が小首をかしげると、「どうかしましたか?」の合図にでもなったのだろう、娘が手招きした。色の白い綺麗な子だ。
セミロングのさらさらの髪を、うんうんとうなずく頭の動きに同調させ揺らしている。
文哉の存在に気が付いた母親らしき女が、太い体を捻じ曲げて文哉に浅く一礼した。こちらは派手な花柄のワンピースに厚い化粧、真っ赤な口紅が水商売を感じさせる。
「ど、どうかしましたか?」つい聞いてしまった。
普段の文哉ならスロ屋で人に話しかけることなどない。なじみの店員とですらアイコンタクトのみだ。
久しぶりに午前中で勝ちが確定していて少し気分が浮き立っていた。
娘が自分の台の大当たり画面を左の人差し指で指さし、右手の人差し指を激しく左右に振り、訴えるような瞳を文哉から離さない。言葉は一切発しない。
恐怖を感じてもいいシチュエーションだったが、文哉は娘の瞳に見入ってしまった。隣に座っている
「この子喋れないんですよ」
かわりに母親らしき女が声を発した。
「生まれつき耳が聞こえないんで」と続け、「打ち方教えてくれる?」と自分の台に体を向けながら雑に文哉にお願いした。
娘は「すず」。
先天性の難聴らしい。
スロット自体は何度か打ったことがあるようだが、今まで打ったことのない機種になると訳が分からないらしい。台は「北斗の拳」。
母親の打っている台を見るといわゆる完全Aタイプといわれる機種だ。母親も打ち方を知らないのだろう。
リプレイ図柄の揃っている台を見て文哉は――ああ、当たっているのに7が揃わないから
隣の空いている台に腰かけ、レバーをたたく。何ゲームか回すと画面に「7を狙え」の表示が現れた。
画面を指さし、娘にOKサインを出すと、娘は真っ黒な瞳をうんうんとうれしそうに縦に何度も振った。
そのまま7を揃えてやると、厳しかった顔が一気にほころんだ。
7を揃えて基本的な打ち方を教えながらワンセット打ち、席を立とうとすると、娘の肩を母親が乱暴に叩きながら「すず、すず!」と呼んで自分の方を向かせ、何やら手話で合図を送った。
うんうんと頷いた娘が文哉に向き直り、「はぁいあおう」と言った。絞り出すような声だ。
一瞬「?」となったが、すぐに「ありがとう」と言ったんだなと理解できた。
ちくしょう、なんだろうこの感じは……。
自席に戻って確定しているコインをスロット台に吐き出させながら、酸素不足に苦しむ川魚のように酸素を求めて胸を大きく上下させる。
すずの瞳が頭から離れない。
昼食に出ようと席を立ったはずなのに腹が「パン!」と張ってしまっている。食事どころか水も喉を通らない感じだ。
ちくしょう、可愛かったな……。
素直な気持ちを心の中に打ち明けてみた。するとなぜかうひゃひゃひゃひゃと笑えてきた。
うひゃひゃひゃひゃの最後にふと顔を上げると、自分の打っている台枠に人影が写りこんでいた。
ビクッと身体が固くなる。
ゆっくりと振り向くと、すずが立っていた。
すずは手にした缶コーヒーを文哉に押し付けるように差し出した。先ほどの礼だろう。
「サ、サンキュ」
文哉の口元を怪訝な顔で覗き込むすず。
あ、っと気づき、「あ・り・が・と・う」と今度は文哉はゆっくり、はっきりと自分の口元を強調させた。
にこりとしたすずがペコとおじぎをして立ち去ると、文哉の全身から幸せのため息が漏れた。
文哉は恋をした。
トイレから出てきた文哉はその日もう一度二人に遭遇する機会に恵まれた。二人はコインを流して帰るところだった。文哉は母親の方にわざとぶっきらぼうに話しかけた。
「あ、コーヒーごちそうさま。この店にはちょくちょく来てますから、いつでも打ち方教えますから……」
自分の恋心が滲みださないように、すずには目を向けずに無表情にそう伝えたが、母親は「あ、はいはい、どもども」と気のない返事をしてさっさとすずを連れて店を出て行ってしまった。
それから幾日か同じパチンコ店に通ったが、文哉の思惑通りに事は進まない。すずには会えなかった。
……焦る。
もとより人付き合いのうまくない文哉である。26の今日まで恋とは無縁の生活を送ってきた。すずに再会したとてどうしていいか分からないくせに、「そうこうしている間に他の誰かの
――神様、……、――
神様に縋り付こうにも縋り付き方が分からない。
――逢いたいです――。
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