第4話 血よりも近いもの


翔はまだ、昨日の余熱を引きずっていた。


無意識のうちに首筋へ手が伸びる。

触れても何かがあるわけじゃないのに、そこだけが妙に気になった。


ふと視線を上げると、紅月さんと一瞬だけ目が合う。

けれど彼女は、何事もなかったようにすぐ視線を逸らした。


ほんの一瞬の出来事だったはずなのに、

それだけで、教室の空気が変わった気がした。


気のせいだと片付けるには、少しだけ、胸が騒がしすぎた

 

♦︎♦︎♦︎

⦅紅月蓮視点⦆

 ふと唇に手を触れる。

 昨日、彼の首筋に触れた感触が、まだそこに残っている気がした。


 ――昨日は吸わなかった……


 その事実が、まだ胸の奥でざわついている。

 

 ――私が欲しいのは血じゃないの?


 血を吸いたいはずなのに吸いたくなかった。


 こんな感覚は、今までなかった。

だからこそ、考えてはいけないものだと、彼女は理解していた。


  私は、自分でも気づかないうちに立ち上がっていた。


 視界の端で、翔の周りに集まる女子たちが見える。

 楽しそうな声。距離の近さ。


 胸の奥が、じくりと疼いた。


 ……うるさい


 今までなら、気にも留めなかったはずだ。

 誰が彼に近づこうと、それは彼の自由で、関係のないことだった。


 なのに


 視線が、自然と翔だけを追ってしまう。

 笑った顔も、困ったような仕草も、全部が目に入る。


血の匂いが、そうさせているだけ……


 そう考えようとした瞬間、

 誰かが彼の名前を、少し甘い声で呼んだ。


 その一言で、胸の奥がはっきりとざわめいた。


……だめ


 理由は分からない。

 ただ、このまま見ているのは耐えられなかった。


 紅月さんは、無言で一歩、前に出た

 ♦︎♦︎♦︎


  昼休みの教室は、いつもより少し騒がしかった。


「白銀くん、その髪どうしたの? 似合ってる」


 前の席の女子が、机越しに身を乗り出す。

 翔は一瞬言葉に詰まり、曖昧に笑った。


「え、あ……特に、何もしてないけど」


「絶対してるって。ね、放課後――」


「白銀さん」


 その声は、驚くほど静かだった。


 気づけば紅月さんが、いつの間にか隣に立っている。

 表情はいつも通り淡々としているのに、距離だけが近い。


「今日、放課後は一緒にいるって言ったよね」


「……え?」


 そんな約束、した覚えはない。

 けれど紅月さんは、迷いなく言葉を重ねた。


「……昨日、言った」


 断定口調だった。

 周囲の視線が、一斉にこちらへ集まる。


「あ、そ、そうなんだ……」


 女子たちは顔を見合わせ、少しだけ気まずそうに引いた。


「じゃ、またね白銀くん」


 そう言って去っていく背中を、翔は見送るしかなかった。


 紅月さんは何事もなかったように、窓際の席に向かう。

 途中で一度だけ振り返り、翔を見る。


 その視線は冷静で、静かで――逃がさない、そんな目をしていた。


 理由は分からない……

 だが翔は、なぜかその場から動けなかった


 ――これは、本当に血のせい?


 そう考えた瞬間、胸の奥が少しざわついた。


 昨日も、血を吸われなかった。

 それだけのはずだった。





 

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吸血系彼女の紅月さん 華燕雀 @megane_sjg

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