最強チートの勇者を召喚し続けても、魔王は倒れない

兎深みどり

『最強チートの勇者を召喚し続けても、魔王は倒れない』

『プロローグ』


 かつて、この世界には魔王がいた。

 魔王は破壊の限りを尽くしていた。

 そんな中、とある国が異界から勇者を召喚した。


 勇者はあらゆるスキルを見ただけでコピーしてしまう超人的な能力を持っていた。


 勇者は魔王を討伐し、国の姫と結婚し、王子となった。

 その生活は優美で豪華なものだった。

 元の世界に帰るよりも遥かに良い暮らしだった。


 そんな中新たなる魔王が現れた。


 元勇者の王子は魔王に挑むも絶大は力を持ち、敵わず、命からがら逃げ出した。


 王子はその国で禁術とされる異界召喚を用い、異界から勇者を呼び出した。


 その勇者は時空間を操る最強の勇者だった。


 魔王は倒され、その後も現れる闇の者達を倒していき、民はその勇者に王になってもらいたいと願った。


◆◆◆


『召喚』


 「――魔王が、動いた」


 王子の一言で、会議室の空気が変わった。

 恐怖と疑念が、丸ごと立ち上がる。


「な……何を根拠に?」

「まさか、あの“不殺”の」


 大臣達の声は揺れていた。

 王子は玉座で肘掛けを叩く。


「国境付近の結界反応が、三日前から消えている……偵察に出した部隊も戻っていない」

「し、しかし殿下……それだけで侵攻と断定するのは」


 王子は視線を上げた。

 大臣の言葉が、喉で凍る。


「では聞くが、魔王が攻めてきてから動くつもりか?」


 沈黙。

 誰も答えない。


「民は平和に慣れすぎた。だから準備という言葉を忘れている」


 王子は立ち上がる。


「私は国を守る責任がある」


 異を唱える者はいなかった。

 皆が、信じたい顔をしていた。

 誰も、その裏の真意を覗こうとしない。


 王子の胸中で、別の声が笑う。

 守る。

 それは表の言葉だ。

 裏の言葉は、奪う。


 そう、全ては嘘である。

 それは脳裏に浮かぶ、一人の男。

 敵を倒しても決して殺さず、それでも誰よりも戦果を挙げた最強の勇者。

 不殺の勇者、マギア。


 民は囁き始めていた。

 次の王はマギアではないか、と。


 だから閉じ込め、魔王とした。

 奴の能力を奪い、その力、時空間魔法の位相領域で囲い、外界と遮断し、魔王城という檻を与えた。


 だが、奴は殺さなくてはならない。

 そうしなければ私の物語は永遠に大団円を迎えられない。

 そんな事は許されない。

 つまり、その時が来たと言う訳だ。


 そして今、魔王が侵攻してくるという物語を作る。


「召喚の儀の準備を」


 大臣が息を呑む。


「ま、まさか……勇者召喚を?」

「他に手はあるか?」


 答えは最初から決まっていた。


◆◆◆


『時を止める勇者』


 夜。

 王城地下の禁じられた祭壇。

 赤い魔法陣が床に描かれ、王子はナイフで自らの掌を裂く。


「来い」


 血が落ち、陣が光る。


「この世界を救う為の」


 王子は僅かに笑う。


「道具を呼ぶ」


 光が爆ぜ、空気が歪む。

 次の瞬間。

 青年が祭壇の中央に立っていた。


「……ここ、どこだ?」


 戸惑いながらも、真っ直ぐな目。

 王子はその瞳を見下ろす。


「異世界だ」


 そして告げる。


「お前は勇者だ。魔王を倒してもらう」


 青年は一瞬黙り込み、喉を鳴らした。


「……事情、聞いてもいいか?」


 王子は即答しなかった。

 余計な事を考えるな、と胸の内で切り捨てる。


 王子は青年の背中を見送らない。

 見送れば、人になってしまうからだ。

 欲しいのは結果だけ。

 勇者が倒れれば、次を呼ぶ。


 その間、力を奪う。

 私にはその為の力がある。

 そして、 奪えば、また上へ行ける。


 物語の主役は、終幕で立っている者だ。

 その座を譲る気はない。

 だからこそ、魔王という役は必要だった。


 不殺の勇者に、憎まれ役を押し付けるための檻だ。


「説明は、後だ」


 こうして最初の勇者は送り出された。



 青年の名は黒野勇気。

 二十歳の大学生。

 与えられた力は、時を止める事。


 勇気が瞬きをした、その一瞬。

 空気が止まった。

 兵士の瞬きが途中で固まり、落ちかけた埃が宙に浮く。


 自分の足音だけが、異様に大きく聞こえる。


「時間、止まってる……?」


「その通りだ。それは世界の一部を停止させる力」


 王子の声だけが動く。


 勇気は乾いた笑いを漏らした。

 怖い。

 それでも、胸の奥が少し熱い。


「で、魔王を倒せばいいんだな?」


「そうだ」


「倒せば、元の世界に帰れる?」


 王子は少し間を置く。


「結果次第だ」


「……最悪だな」


 勇気は肩をすくめた。

 だが、その軽口は自分を保つための紐だった。

 異世界に放り込まれ、説明もなく、殺し合いの役を振られた。


 普通なら折れる。

 折れない為に、笑う。



 魔王城。

 門の前で勇気は深呼吸する。


「止めて、近づいて、刺す。簡単だ」


 世界を止める。

 音が消え、色が凍る。

 勇気は走った。

 罠を避け、魔物をすり抜け、玉座の間へ。


 魔王マギア。


 悠然と立っていた。


 止まった世界の中で、こちらを見ている気がした。


「……気のせいだよな」


 勇気が一歩踏み出した瞬間。

 喉が焼ける。

 息が出来ない。

 視界が歪む。


「な、なんで……止めてるのに……!」


 膝をついた瞬間、世界が戻った。

 衝撃。

 壁に叩きつけられ、肺から空気が抜ける。


「終わりだ」


 低い声。

 空気が重い。


 勇気の時間停止が、ここでは薄く軋む。

 止めたはずの世界に、細いひびが走る。


 それは魔法の対抗ではない。

 人の気迫が、世界の方を押し返している。


 勇気は理解出来ないまま、息を吸おうとして咳き込む。

 止められない。

 止めたのに止まらない。

 その矛盾が恐ろしくて、目を逸らしたくなる。


「出直せ」


「……は?」


「殺さない。帰れ」


 勇気は理解出来なかった。


「なんで……俺は敵だろ……」


 マギアは一瞬、目を伏せる。


「敵なら、殺している」


 それだけ言って背を向けた。


 勇気の胸に残ったのは敗北よりも、置き去りにされたような違和感だった。

 あれは、勝者の慈悲じゃない。

 最初から戦う気がない者の、拒絶だ。



 王城へ戻った勇気は、拳を握りしめていた。


「倒せなかったか」


「……ああ」


 王子は興味を失ったように視線を外す。


「では次だ」


 勇気は声にならない息を飲み込み、夜空を見上げた。


 胸の奥に残るのは敗北ではない。

 殺されなかった事への違和感。


 あの男は本当に魔王なのか?

 答えは返ってこなかった。


 そして悟る。

 ここでは人は、道具として使い捨てられる。


◆◆◆


『無限に増える勇者』


 召喚陣の光が消えた瞬間、男はあくびを噛み殺した。

 だるそうに周囲を見回し、王子を見て肩を落とす。


「ここどこ?異世界?あー、はいはい」


「名を名乗れ」


「インフィニ」


「魔王を倒してほしい」


「そうしねぇと帰してもらえないんだろ?」


「力は?」


「無限に増えられる」


 だから負けない。

 負けないという言葉は、彼にとって救命具だった。


 負けないなら、怖くない。

 怖くないなら、考えなくていい。



 魔王城。

 門の前でインフィニはニヤッと笑った。


「数で負けるって、意味分かんないだろ」


 分身が増える。

 一人。

 十人。

 百人。


 通路が埋まり、魔物が押し潰される。


「数は裏切らない」


 更に増える。

 千。

 万。


 考える事は、増やす事だけ。


「突っ込め!」


 無数のインフィニが雪崩れ込む。

 罠も壁も、潰して埋めて前へ行く。


「ははっ、楽勝じゃん」


 だが進んでいるはずなのに、景色が変わらない。

 増やしても増やしても、前が遠い。


「あ?」


 密度を上げれば突破できる。

 いつもの癖でそう判断する。


 増える。

 増える。

 増える。

 動けない。


 押し合い、潰し合い、身動きが取れない。


「ちょ、待て待て!」


 初めて焦りが混じる。

 分身の海の中央に、魔王が立っていた。

 静かに。


「多すぎる」

「は? 何言って」


「だから、ここから出られない」


 敵はいない。

 斬る相手も殴る相手もない。

 空間そのものが、インフィニを拒んでいた。


「クソ……!」


 増やしても前へ行けない。

 数は力にならなかった。


「撤退!!」


 叫んだ瞬間、視界がひっくり返る。

 城外。

 元の場所。

 分身は残っている。

 だが。

 息が吸えない。

 足が動かない。

 自分の身体が、自分に押し潰されている。


「おい、どけ!どけって!」


 誰も動かない。

 動けない。

 数が多すぎる。

 増やしすぎた。


 視界の端が暗くなる。


「……数、あるのに……」


 その時だった。


 圧力が、ふっと消えた。

 外から剥がされるように分身が動く。

 道が出来ていく。

 黒い外套の背中が見えた。


「……何のつもりだよ」


 男は振り返らない。


「増やすのをやめろ、死ぬぞ」


「……は?」


 インフィニは笑った。


「死なねぇよ。増えられるんだから」


 男が少しだけこちらを見る。


 目が合った。

 怖くない。

 強そうでもない。

 なのに、喉が乾く。


「増えられるのと、潰れないのは別だ」


 それだけ言って歩き出す。

 分身が自然に道を空ける。


 インフィニは地面に座り込んだ。

 胸の奥の圧迫感が、まだ残っている。

 助けられた。


 その事実が、妙に腹立たしい。

 だが満ちるより先に、足りなさが広がった。

 数で押し潰せない高い高い壁がある。

 それを初めて知った。


◆◆◆


『敵を即死させる勇者』


 召喚陣の光が消えた。


 男は周囲を見回し、兵の配置と出口を確認してから王子へ視線を戻す。


「名を名乗れ」


「シュラだ」


「力は?」


「敵を一瞬で即死させられる」


 王子の目が僅かに光る。


「魔王を倒してほしい」


「……指図するな、殺すぞ」


 空気が張り詰める。


 王子は淡々と言った。


「俺を殺せば、お前は二度と元の世界へ帰れない」


 シュラは舌打ちする。


「条件は一つだ。邪魔するな」



 魔王城。

 視界に入った魔物が、音もなく倒れていく。

 斬る必要がない。

 避ける必要もない。


「……作業だな」


 進む。

 床が抜ける。


「チッ」


 落下。

 衝撃。

 脚に嫌な感触が走り、すぐ分かった。

 折れた。


「……っ、ぐ……!」


 力が入らない。

 即死は敵にしか届かない。

 罠は敵ではない。


「……くそ」


 足音がした。

 ゆっくり。

 迷いのない歩き方。

 黒い外套の男が立っていた。


「……魔王か」


 歯を食いしばる。

 殺せ。

 殺さなきゃならない。


「死ね」


 発動する前に、男の手が脚に触れた。


「っ!?」


 次の瞬間。


 世界が巻き戻った。

 骨が繋がる感覚。

 痛みが消える。

 熱が引いていく。

 脚が動いた。


 まるで何事もなかったように。


「……何、した」


 黒い外套の男は淡々と答える。


「せっかくの有能な勇者だ。死なれたら困る」


 シュラは自分の脚を見下ろす。

 動く。

 完全に元通りだ。


 殺せる。

 そう思った。


 思った、はずなのに。

 敵として認識出来ない。


「……チッ」


 視線を逸らす。


「興が冷めた」


 背を向ける。


 魔王は追わない。


 歩きながら、胸の奥の違和感を噛み潰す。

 殺さなかった。

 殺せなかった。

 いや。

 殺してはいけない相手をだった。


◆◆◆


『最強硬度の勇者』


 召喚陣の光が消えた時、男は胸を張って立っていた。


 鎧も武器もない。


 だが兵は一歩下がる。


 触れれば壊される、そんな気配があった。


「名を名乗れ」


「我はアダマス」


「力は?」


 アダマスは自分の腕を軽く叩く。

 鈍い金属音が返った。


「壊れない最強硬度の肉体だ」


「魔王を倒してほしい」


「よかろう」



 魔王城。


 門番の剣が折れ、罠の杭が曲がり、天井の落石が砕け散る。

 毒霧も炎も、皮膚の上で弾けて消えた。


「脆いな」


 最奥。

 玉座の間。

 魔王が立っている。


「貴様が魔王か」


 拳を振るう。

 床が沈み、空気が割れた。

 だが魔王はそこにいない。


「……?」


 次の瞬間、足元が消えた。

 落下。

 暗闇。


「無駄だ。我は壊れぬ」


 落ちる。

 終わらない。

 壁も底もない。

 殴る相手がいない。


「……出てこい」


 返事はない。

 壊れない身体だけが、永遠に落ちる。

 退屈でも恐怖でもない。

 無力だった。


「やめろ……やめてくれ!」


 その瞬間、足場が現れた。

 光。


 魔王が目の前に立っている。


「終わりだ」


 アダマスは膝をついた。

 壊れていない。

 だが勝っていない。


「……我は、壊れぬのに……」


 魔王は剣を抜かない。


「お前は強い。だが心と知恵が弱い。それを鍛えろ」


 それだけ言って背を向けた。


 壊れないという言葉が、初めて自分を守らなかった。


◆◆◆


『光速の勇者』


 召喚陣の光が消えた瞬間、少女は一歩前に出ていた。

 銀色の髪が揺れる。

 軽装。

 細身のレイピア一本。


「ここ、どこ?」


「名を名乗れ」


「アイリス・ライト」


「力は?」


「速い」


「どれほどだ」


「光より」


 兵が息を呑む。


「魔王を倒してほしい」


「り」


 アイリスは軽く手を振ってみせる。

 怖くないふりは、彼女の得意技だった。

 怖いからこそ、笑う。

 速いからこそ、止まれない。



 魔王城。

 門が見えた瞬間、アイリスの姿は消えた。

 光。

 いや、光ですら遅い。


「遅い遅い」


 罠が起動する。

 床が落ちる。

 天井が迫る。


「当たらなければ、どうってことないでしょ」


 避ける。

 抜ける。

 跳ねる。


 最奥。

 玉座の間。

 魔王が立っていた。


「見えた、終わりだね」


 一歩。

 踏み込む。

 世界が潰れた。


「……っ?」


 衝撃。

 背中。

 壁。


 理解より先に、また衝撃。

 走った方向と、ぶつかった方向が一致しない。


「なにこれ……」


 止まろうとして、止まれない。

 速さが止め方を知らない。

 当たっていないのに、体が軋む。

 刃が、自分を切っている。


「く、そ……!」


 床に転がる。

 動こうとして、指が動かない。

 足音。

 ゆっくり。

 確実に。

 魔王が近づく。


「殺す……!」


 剣を握れない。

 意識が遠のく。

 魔王がアイリスを抱き支えた。


「お前は速すぎる」


「……説教?」


「忠告だ……今日は帰れ。お前の成長を期待する」


 景色が反転する。

 城外。

 地面。

 アイリスは座り込んだ。


「……なに、それ」


 怖くない。

 強そうでもない。

 なのに、胸が震える。

 速さが初めて自分を裏切った。


◆◆◆


『闇王子』


 夜の王城は静かすぎた。

 玉座の間に灯る魔導灯は必要最低限。

 影は長く伸び、天井に絡みつく。

 王子は玉座に腰掛けたまま、指輪を見下ろしていた。


「……五つ」


 時を止める力。


 無限に増える力。


 即死の力。


 壊れない肉体。


 速すぎる速度。


 どれも完璧だった。

 そして今は、自分のものだ。


 指輪に指を通すと、微かな熱が走る。

 嫌な痛みではない。


 体の奥に、何かがはまっていく感覚。

 だが満たされない。

 最後の一つが足りない。


 それは、人を救う力。


 王子は冷たく笑った。

 扉の外で足音が止まる。

 宰相の声が、慎重に滑り込んだ。


「殿下」


 王子は振り返らない。


「民の間で、不殺の勇者の名がまた広がっています」


 王子は指輪を見下ろし、指先で金属を押さえた。


「なら恐怖も広げろ。魔王が攻めると」


「ですが実際には、侵攻の動きが」


 王子は短く遮る。

 声は冷えて、揺れない。


「事実は後から付いてくる。物語が先だ」


 宰相は黙り込み、深く頭を垂れた。

 王子の声だけが、静かに残る。

 主役は俺だ、と。


「次だ……」


◆◆◆


『救世の勇者』


 召喚陣の光が消えた。

 円の中心に立っていたのは、一人の青年だった。

 剣も鎧もない。

 だが姿勢だけは崩れない。


「名を名乗れ」


「アーク」


「力は?」


 アークはすぐ答えなかった。

 王子の目の奥の飢えを見て、静かに言う。


「世界を救う力」


 王子の口元が歪む。


「魔王を倒せ」


 アークは頷いた。

 それは服従ではない。

 見る為の了承だった。


 アークは一歩だけ、足元の陣を見下ろした。

 赤い光がまだ脈打っている。

 召喚の残り熱。

 それは祝福の熱ではなく、縛りの熱だ。

 人を道具にする、熱だ。



 魔王城へ向かう道は霧が濃い。

 村の灯りは早く消え、人々は扉を閉める。

 恐怖が先に走り、真実は置き去りにされていた。

 村の外れで泣き声がした。

 家の壁に火が回り、誰かが「魔王軍だ」と叫んでいる。


 だが火の匂いが薄い。

 熱がない。

 あるのは恐怖だけだ。


 アークは一歩近づき、指先で空を切った。

 すると火が、火である事をやめた。

 燃えているように見せていただけの、偽の熱がほどけて消える。


 残ったのは怯える人々と、倒れた男。

 喉に詰まった咳が止まらず、顔色が悪い。

 アークは膝をつく。


「大丈夫だ。ここは戦場じゃない」


 掌を胸に当てる。

 男の呼吸が落ち着いていく。

 治したのではない。


 “生きる側”へ戻しただけだ。


 人々が言葉を失って見上げる。

 アークは立ち上がり、霧の向こうの城を見る。


「恐怖が先に来る時は、誰かが作っている」


 城は結界に覆われ、外界と切り離されている。

 アークは歩きながら確信する。

 侵攻の気配がない。

 戦の音がない。

 それでも国は怯えている。


 この物語は妙だ。


 物語を握っているのは――あの王子だな。


 少し探りを入れよう。


◆◆◆


『決戦』


 救世の勇者が消息を絶った。

 苛立つ王子。


 玉座の間の空気がきしんだ。

 距離が折れ、灯りの揺れが歪む。


 王子が結界の内へ踏み込んだ瞬間だった。


 魔王はその場に立っていた。


 逃げない。

 構えない。

 ただ、こちらを見る。


 王子の目が笑う。


「ようやくだ」


 指輪が脈打つ。


 止まる。

 増える。

 終わる。

 壊れない。

 速すぎる。


 重なって、世界の手触りが変わる。

 このまま放てば、玉座の間ごと崩れる。


「俺の物語を、返せ」


 マギアは一歩も動かない。


「……お前は、まだ縛られているのか」


 王子の顔が歪んだ。


「黙れ黙れ黙れ!!」


 王子が指輪を掲げる。


 触れた瞬間に終わる即死が、マギアへ走った。



 死が迫る。

 だが刃は宙で止まった。


「……残念」


「何っ!?」


 シュラだった。


「お前のそれ」


 シュラは宙に固定された即死を見る。


「俺の力だろ」


 王子が怒鳴る。


「コピーしただけだ!黙れ!!」


 シュラが肩をすくめる。


「コピー?じゃあ、殺してみろよ」


 シュラが王子の即死へ指を向ける。


「この力で終わらせるのは敵だけだ」


 即死が、音もなくほどけた。

 王子の目が揺れる。


「……な、に……ならば!」


 今度は数。


 一人。


 十人。


 百人。


 同じ顔が並ぶ。


「うわ、気持ちわりぃな」


 またしても一人現れた。


「インフィニ様のお通りだ!」


 王子の顔が歪む。


「……!」


「よう、驚いてんな?」


 インフィニが指輪を指さす。


「俺達の力、勝手に使ってんじゃねぇって言いに来た」


 分身達の声が重なる。


「俺達は道具じゃねぇ」


 言葉が落ちた瞬間、玉座の間の温度が落ちる。

 王子の指輪が荒く脈打ち、奪った力同士が噛み合わず暴れ始める。


 停止が広がりかけ、増殖が暴走しかけ、速さが空間を裂こうとする。

 崩れるのは敵ではなく、世界そのものだ。


「黙れ!!」


 王子が偽物の停止を広げた。

 空気が凍る。

 だが次の瞬間、別の凍りが上から重なる。

 勇気が前へ出て、息を吸う。


「止めるのは俺だ」


 空気が凍り、王子の停止が上書きされる。

 止められる側の恐怖を知った目が、今は真っ直ぐだった。


 王子が歯を食いしばり、即死を重ねる。

 触れれば終わる刃が、玉座の間を切り裂こうとする。


 シュラが指先を開く。

 迷いがない。

 敵の即死を、敵として終わらせる。


「何度やっても無駄だぜ?」


 即死がほどけ、霧のように消える。

 王子が増殖を走らせる。

 無数の偽物が床を埋め尽くす。

 インフィニが笑う。

 笑っているのに、目は笑っていない。

 分身達がぐるりと囲み、逃げ道を塞ぐ。


「増やすのは覚悟が要るんだよ」


 偽物の数が、数の海に飲まれていく。


 王子が壊れない硬度を呼び出し、力で押し潰そうとする。

 アダマスが前へ出て、腕を広げた。

 壊れない同士がぶつかり、床が軋む。

 そこで止まる。

 押し切れない。


 王子が速さを走らせ、軌道で全員を薙ごうとする。


 王子の指の、偽物の力が一斉に光った。

 止まる力が箱のように折り重なり、玉座の間の端から端へ、透明な壁を作って閉じていく。

 空気が固まり、呼吸だけが遅れて追いつく。

 勇気が歯を食いしばり、凍った時間に自分の停止を重ねた。


「押し返せ……!」


 だが王子は笑い、増殖の偽物を壁の内側へ流し込む。

 数が増えるたび、止まる力が濃くなり、動ける場所が削られていく。

 そこへ即死が、糸のように床を走った。

 触れれば終わる線が、勇者達の足元へ静かに敷かれる。


「動けば死ぬぞ」


 シュラが舌打ちし、指先で糸を敵としてほどこうとする。

 ほどけた先から、別の糸が生まれる。

 王子の偽物が増えるほど、終わりも増える。

 アイリスが参戦するも動こうとして、速さが壁に弾かれ、足元の糸へ落ちかけた。

 魔王戦での経験が活かされる。


「くそっ……!」


 その時、アークが現れ、掌を上げた。

 掌の上に、白い光が揺れる。

 箱の内側の圧が、ふっと抜けた。

 止まる壁が、止まる事をやめて、ただの空気へ戻っていく。

 床の即死の糸が震え、形を変え、指輪へ向かって巻き戻る。


「救うのは、誰かを殺す為の力じゃない」


 糸は指輪の光へ絡みつき、逆に王子の指へ食い込む。

 王子が叫び、偽物の増殖が乱れ、停止も速さも行き場を失って噛み合わなくなる。

 箱は壊されたのではなく、最初から作れなかった事にされた。

 王子の切り札だけが無効化されていく。


 アイリスが歯を食いしばって踏み込む。

 速さを知る者だけが、速さの刃を折れる。

 軌道が曲がり、王子の動きが自分へ返る。


 指輪が悲鳴みたいに震えた。

 王子の膝が揺れた。

 指輪の光が、指の隙間から漏れ出していた。


 奪った力が、持ち主に拒まれて暴れている。

 王子の喉が鳴り、言葉にならない息が漏れる。

 勝つ為に集めたはずの切り札が、今は刃になって自分を裂く。


 その時、床の亀裂が一気に走った。

 玉座の間の角から角へ、世界の継ぎ目がほどけていく。


 砕けるのは石じゃない。

 距離と時間そのものだ。

 近いはずの床が遠くなる。


 遠いはずの壁が目の前に落ちてくる。

 音が遅れて届き、光が先に刺さる。

 能力が暴走しているんじゃない。

 世界が、能力に耐えきれずにほどけている。


 このままなら王子だけじゃない。

 ここにいる全員が、力ごと裂け目に呑まれる。

 アークが前へ出た。


 手を伸ばす。

 掌が空を掴んだように見えた瞬間、亀裂が止まる。


 裂けた世界が、縫われるように繋ぎ止められていく。


 アークの掌に、何もないはずの“重さ”が乗った。

 裂け目の向こう側へ落ちていくべきだった光と音と時間が、掌の中で押し戻される。


「救うってのは」


 アークは息を吐く。


「勝つ事じゃない!“壊れる運命”を、ここで止める事だ」


 暴走していた停止が、止まる。

 増殖が、増やす理由を失って静まる。

 速さが、行き先を取り戻して足元に戻る。

 能力を叩き潰したんじゃない。

 能力が世界を壊さない形へ、正しい居場所に戻した。


 勇気は拳を下ろし、インフィニは分身を戻す。

 シュラは指先を開いたまま、アダマスは床に膝を付く。

 アイリスは震える手でレイピアを支えた。


 王子だけが、崩れかけたまま立っている。


 マギアだけが、最初から変わらない目でそこに立っていた。


「なんで……!!」


 王子が叫ぶ。

 答えは簡単だ。

 奪った物は、元の主の前で嘘になる。

 道具じゃない。

 力は、生き方と一緒にある。


◆◆◆


『希望の勇者』


 黒い外套が、ゆっくり前へ出る。

 マギア。


 構えない。

 ただ一歩。


「もう、終わりにしろ」


 王子は叫ぶ。


「黙れ!!お前さえいなければ!!」


 魔力が暴発しかける。

 勇者達が息を呑む。

 アークが叫ぶ。


「やめろ!!」


 マギアは振り返らない。


「これでいい」


 王子を見る。

 来てくれた勇者達を見る。


「俺は、昔、勇者だった」


 静かに。


「人を救う為に、剣を振るった」


 王子の目が揺れる。


「だが、それが、お前を縛った」


 マギアは穏やかに笑った。


「なら、最後までやる」


 奪われた力。

 歪められた力。

 全てを引き受ける。

 身体が光に溶け始める。


「時よ」


 マギアが告げる。


「勇気ある者達を、元の世界へ返し給え」


 光が広がる。

 勇者達の足元に召喚陣が浮かび上がる。


「マギア!!」


 インフィニが叫ぶ。


 シュラが歯を噛みしめる。


 アイリスが唇を震わせる。


 アダマスが拳を握りしめる。


 勇気が、声にならない声で首を振る。


 アークは一歩前へ出ようとして――止まった。

 止めたら、救えない。

 救うとは、選ぶ事だと知ってしまったからだ。


 マギアの声が遠くなる。


「希望ってのはな、誰かが生き続ける為に、誰かが立ち止まる事だ」


 王子が叫ぶ。


「やめろ!!俺は……俺は……!!」


 マギアは最後に王子を見る。


 責めない。


 憎まない。


「お前も、救われていい」


 光が弾けた。

 世界が静かになる。



 玉座の間に、誰もいない。

 崩れた指輪だけが床に転がっている。

 王子はそこに座り込んでいた。


 若さは失われ、力は消え、ただの一人の男として。


 だが生きている。


 外では朝日が昇っていた。

 結界は消え、魔王城はただの城になっている。

 人々は後に語る。

 魔王は滅びた、と。

 だが勇者達は知っている。


 世界を救った、最後の勇者がいたと。


◆◆◆


『エピローグ』


 気付いた時、音はなかった。

 光も闇も、境目を失っている。

 マギアは立っていた。


 いや、立っているという感覚だけが残っていた。


「……ここは」


 返事はない。

 代わりに空間そのものが応えた。


「お前の旅は、終わった、世界を救ったな、希望の勇者」


 マギアは笑わない。

 誇らしさも安堵も、そこにはない。


「……救ったのは、俺じゃない」


「人を救い、勇者を救い、そして王子をも救った、勇者とは、人の為に自分を使い切る者だ」


 胸が痛んだ。


「……なら、俺はもう」


「そうだな、もう勇者ではない、お前は、役目を終えた、選べ……新たな生を与えよう。記憶を残すも、消すも自由だ、あるいは、別の世界へ送ろう。そこでは、誰もお前を勇者と呼ばない」


 沈黙。


 マギアは、すぐには答えなかった。


 それでも最後に見た顔を思い出すと、胸が僅かに温かくなる。


 生き延びた者達の呼吸が、確かにそこにあった。


 だから迷う。


 自分の次の一歩を。


「……少し、考えてもいいか?」


「構わない」


 急かす気配はない。

 マギアは空を見上げた。

 そこに空はない。


 だが確かに、広さはあった。


「全て、終わったのか」


 返事はない。

 代わりに、どこか遠くで誰かが生きる音がした。


 マギアは、ゆっくり息を吐く。


 少しだけ、休もう。


 完。

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最強チートの勇者を召喚し続けても、魔王は倒れない 兎深みどり @Izayoi_016Night

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