第十章
上座にはフラヴィアさんとノエルが座り、俺と逢恋はそれぞれ、下座のソファに腰掛けている。
「Hmm……キオクソウシツ、デスか……」
逢恋の現状を聞き終え、フラヴィアさんがポツリと呟いた。
「……それだけ、コワいオモいをしたということかもしれマセンね……」
彼女は少し俯き、ひどく悲しそうにそう言って、さらに続ける。
「まずミナさんは、ユウレイというものについて、どこまでシってマスか?」
「えと、軽く調べたんですけど、『亡くなってしまった人がなんらかの理由でこの世に留まり続けている状態』……みたいな感じで、あってますか?」
ノエルが答えると、彼女は軽く頷いた。
「そもそも、ニンゲンというのは――」
ここから、フラヴィアさんによる幽霊の解説が始まったのだが、その独特な話し方のせいで理解に少し手間取ってしまった。
なんとか咀嚼した内容を要約すると、『人間とは、物理的な入れ物である肉体に、精神的な中身である魂が宿ることで成り立っている。なんらかの理由で肉体が死ぬと、入れ物を失った魂は通常、すぐに消滅してしまう。しかし、稀に強い未練を残した魂は、消滅せず留まり続けることがあり、そういった存在を幽霊と呼んでいる』ということらしい。
「ただ、ミレンがないのにユウレイになったヒトとか、すごくミレンありそうなのにユウレイになれなかったヒトもいたので、ジツはよくわかってないんデスよねー」
……せっかく飲み込めたのに、ちゃぶ台を返された気分だ。
「……と、こんなカンじデスが、ちょっとムズかしかったデスか?」
「え? あー……まあ、だいじょぶ! かな?」
嘘つけ、さっき明らかにポカンとしてただろ。
「ま、アタシがわかんなくても二人はわかってくれてるっしょ?」
「ん、そうだね。まだなんとかついてけてるよ」
「大方想像どおりではあったしな」
俺たちがそう返すと、逢恋は嬉しそうに微笑んだ。
「All right! ではツヅけマスね!」
そんな俺たちの様子に、フラヴィアさんは満足げに笑みを浮かべながら口を開いた。
「ニンゲンのニクタイには、ココロのウゴきによってスコしずつヘンカしていくタマシイのカタチを、キレイにタモつヤクワリもあるのデス。それをウシナってしまったことで、アイルさんのタマシイはカンジョウによるヘンカによって、オオきくユらいでしまいマス」
彼女の声のトーンが、少し落ちる。
「それこそ……オモいダすだけでココロがコワれてしまうほどに……。だから、アイルさんのホンノウが、ワスれることをエラんだのかもしれマセン……」
どこか悲しそうに、フラヴィアさんはそう語った。
「え、えと……僕ら、あいるんの記憶を取り戻そうと思ってるんですけど、それって、マズイですか……?」
不安げに問いかけるノエルに対し、フラヴィアさんは首を横に振った。
「いいカンガえだとオモいマスよ。グウゼンオモいダしてしまうよりも、ジブンからムきアうほうが、ダメージはスクナいでしょうから」
彼女の返答に、ノエルはほっと息をついた。
「そのトキは、アイルさんのココロがコワれてしまわないように、フタリできちんとササえてあげてクダサイね!」
そう言って、彼女は俺たちにウインクをした。
「ん、アタシ? うぇ〜い、よろしく〜」
おどけたように顎の下でピースを決め、逢恋は俺たちに笑いかける。……絶対聞いてなかっただろ。
「By the way, フタリのミのマワりで、ナニかカワったこととかオきてマセンか?」
「変わったこと……ですか?」
「ムきダしになったタマシイからモれるエネルギーは、トキにヤッカイなモノをヒきヨせてしまいマス。ココロアたり、ありマセンか?」
「な、なるほど……? 僕は、特には……あっ」
途中で思い出したのか、ノエルが俺のほうを見る。
「……二日連続で、変な夢を見ました。内容は覚えてないんすけど、二人が言うには、相当うなされてたらしいっす」
俺が答えると、途端に彼女の表情が険しくなった。
「Hmm……スデにエイキョウはデハジめているみたいデスね……」
ボソボソと呟きつつ、彼女は懐から何かを取り出した。
「これをワタしておきマショウ。おマモりみたいなモノなので、ハダミハナさずモっていてクダサイね」
テーブルの上、俺たちの前に一枚ずつ、細長い紙が置かれた。
「これ、おふだですか?」
ノエルがそれを手に取り、まじまじと眺めながら問いかけると、彼女は笑顔で「YES!」と答えた。
縦長の名刺をさらに細くしたような、小さなお札。裏面は無地で、表の上部には変わった星型……『六芒星』が記されている。下部には、漢字の……『円』? のような謎のマーク。そして真ん中には、細い筆か何かで書かれた、文字とも模様とも区別がつかないような奇妙な線が連なっている。
「わぁ、すごい達筆……なんて書いてあるんですか?」
「……エ?」
突然、彼女の笑顔が強張ってしまった。
「えと、これ、フラヴィアさんが書いたんじゃないんですか?」
「Uh……。……そ、そうデスよ! ワタシがカきマシタ!」
妙な長さの沈黙を挟み、彼女は目を泳がせながら言った。
「じゃあ、その、なんて書いてるかって……」
「い、イミはありマセン! おマジナいの……! モヨウみたいなモノデスから!」
明らかに何かを取り繕うかのような慌てぶりに、ノエルは怪訝な顔で首を傾げている。
「……これ、俺たちに高値で売りつけようってんじゃないですよね?」
途端に、今までの話が全てウソくさく思えてきた。これ、新手の詐欺か何かなんじゃないか?
「No,no! そんなことマッタくオモってマセン! ホントウに……! アナタたちがシンパイで……!」
ワタワタと手を動かしながら、彼女は必死に弁明しようとしている。
「だ、大丈夫ですよ! あいるんが見えてる時点で、僕たちを騙そうとしてるわけじゃないってわかってますし……」
「……Sorry, どうしてもイえないこともあるんデス……」
そう呟き、彼女はひどく落ち込んだ様子で顔を伏せてしまった。そんな彼女を見るなり、ノエルは眉間に深く皺を刻みながら、俺を睨みつけた。
「ちょっとかおるん、今のはないんじゃない? せっかく心配してくれてんのに、失礼っしょ?」
そして逢恋までもが、ノエルと同じ顔で俺を睨みつけている。……俺はただ、慎重に物事を見極めたかっただけなんだが……。
「……すいません、冗談っす」
いたたまれない空気に思わず謝ってしまったが、これは俺が悪いのか……?
「そ、そうデスか……? それなら、よかったデース……」
顔を上げた彼女は、安心したようにほっと息をついた。
「そのおフダは、ワタシからのプレゼントだとオモってクダサイね」
納得のいかなさはひとまず飲み込み、テーブルの上のお札を拾い上げ、ズボンのポケットに入れた。
「かおるん、アタシの分持ってて〜」
「Oh! アイルさんも、ジブンでモってないとダメデスよー!」
逢恋に頼まれるがまま手を伸ばそうとした俺を、遮るようにフラヴィアさんは言った。
「持ってて……って言われても、アタシなんも触れないし?」
「Huh? そんなことないデスよー?」
「え? だってほら、持てないじゃん」
テーブル上のお札に手を伸ばした逢恋だが、その指はお札どころかテーブルまでもをすり抜けてしまう。
「それはアナタが、『モてない』とオモいコんでしまっているからデース」
フラヴィアさんの言葉に、逢恋は困ったように首を傾げている。
「もしアナタがなにもかもすりヌけてしまうなら、そのイスにスワることもできマセンよ? ヘタしたら、ジメンもすりヌけてウチュウにオいてけぼりになってしまいマス」
「ほ、ほんとだ……!」
「……たしかに?」
ノエルは目を丸くして驚き、逢恋は傾げた首をそのままに、腑に落ちたように呟いた。
「イれモノをウシナったアナタのタマシイは、アナタのオモいドオりにカタチをヘンカさせることができマス。『幽霊は物をすり抜けるもの』というカンガえはスてて、『触れて当然だ』とオモいコむことがタイセツデス。まずはそれをモちアげてみマショウ! Give it a try!」
言ってることはわからんでもないが、あまりにも感覚的過ぎていまいち理解できないな……。
「んー、こう? ……あっ持てた」
「えっいきなり!?」
「なんだそりゃ……」
と思いきや、逢恋はいとも簡単にお札を持ち上げてしまった。
「GOOD! ノみコみがハヤいデスねー! カンガえカタがジュウナンなショウコデスよー!」
「草。見てかおるん、急に持てるようになったんだけど」
「お、おう……」
つまんだお札を俺に向け、ヒラヒラと揺らしながら逢恋は笑っている。
「あ、ホカのヒトのマエでやっちゃダメデスよ? アイルさんがミえないヒトからしたら、モノがトツゼンウゴきダしたようにしかミえマセンからね」
「……ポルターガイストやら心霊現象やらって、もしかしてそういうことっすか?」
「Yes! よくキヅきマシタねー!」
「うえぇ!? そうだったんですか!?」
どうやら、オカルト業界を揺るがすとんでもない真実に気付いてしまったようだ。このまま逢恋を連れてテレビ局にでも乗り込めば、それだけで大ニュースになるんじゃないか。あるいは、見えないことを利用してマジシャンとか……。
「なにか、ワルいことカンガえてマスね? イっておきマスが、キョウのコトをダレかにハナすのもキンシデスよ。ここだけのヒミツデス」
そんな下心も、どうやら彼女にはお見通しのようだ。まあ、そんな面倒なことするつもりもないが。
「アナタたちはユウレイがミえるみたいなのでシンジツをハナしマシタが、ほんとはこういうこと、カルガルしくハナすもんじゃないのデス」
「あっ、そういえば」
彼女の言葉に、思い出したかのようにノエルは口を開く。
「僕は昔から霊感があって、でも、薫くんはそういうのに心当たりがないみたいなんですけど、これってどういうことですか?」
「Huh? そうなのデスか? ワタシはてっきりフタリとも……oh!」
フラヴィアさんは不思議そうに俺を眺めていたが、やがて何かに気付いたように目を見開いた。
「カオルくん、そのメガネ、ちょっとカしてもらえマセンか?」
「眼鏡っすか? いいっすけど……」
言われるがまま、外した眼鏡を彼女に手渡す。
「I knew it! これのおかげデスねー!」
ボヤけた視界の中で、おそらく彼女は得意げに微笑んでいる。
「そのまま、アイルさんのホウをミてみてクダサイ」
特に何も考えず、彼女に従い視線を横に向けた。
「……ん?」
が、そこに逢恋はおらず……?
「ミえマセンよね? では、これを」
差し出された眼鏡を受け取り、顔に掛けた。
「――して、アタシのこと見えてないん?」
「なっ……!?」
レンズが視界を鮮明にしたその瞬間、誰もいなかったはずのソファの上、不思議そうに小首を傾げる逢恋が現れた。
「え? でも目合ってるくな――」
慌てて眼鏡を外してみると、今度は彼女の姿が忽然と消え、声までもが聞こえなくなってしまった。
「ど、どうなってんだ……!?」
「――タシに聞かれても困るんですけど〜」
もう一度眼鏡を掛けてみると、姿が見えるようになったとともに、彼女の声が聞こえはじめた。
「そのメガネ、なんだかカわったパワーをカンじマス。アイルさんがミえるようになったのも、おそらくそのメガネのおカゲデスねー!」
「これの……?」
また外し、眼鏡自体をまじまじと眺めてはみるものの、変わったオーラとやらは全く感じない。しかし、ボヤけた視界の中に逢恋の姿はなく、彼女の声も聞こえてこない。
「ギャクにイうと、カオルくんにはザンネンながらマッタくソシツがないみたいデスねー」
素質ってなんだ、霊感とかいうやつのか? だとしたら、ないに越したことはないだろ。
「あー、かおるくん、あいるんが怒ってるけど……」
「は? 何に?」
「見えてないのかって聞いてんじゃん、返事してよ! ……って」
逢恋の口調を真似るように、ノエルは言った。
「んなこと言われても、声すら聞こえないんだが」
そう返し、改めて眼鏡を……。
「――おりゃ!」
「おわぁ!?」
掛け直した瞬間、すぐそばに現れた逢恋が、俺の顔面に手を突き刺した。
「んー……やっぱ触れないんだ。なんかそんな気したんよね〜」
自分の手を眺めながら、彼女は残念そうに呟いた。……すり抜けたからよかったものを、明らかに怪我する速度だったぞこいつ……。
「タニンにフれるのはスコしムズカしいみたいデス。それは、アイテのタマシイにカンショウすることにもなりマスからね。フれられるヒトのキモちもダイジなのデス。おタガいをウけイれあってこその、コミュニケーションデスから!」
フラヴィアさんは高らかにそう宣言した。……そんな生温かい理論、いきなり言わないでくれよ……。
「え〜……ってことはかおるん、アタシのこと嫌ってんだ〜……」
ほらな、やっぱりこうなるじゃないか……。
「……いきなり貫手で攻撃してくるようなやつのこと、受け入れられるわけないだろ」
「それは今の話っしょ〜?」
ジトっとこちらを睨みつけながら反論する彼女に、俺は思わず目を逸らした。
「はいはい、ケンカはダメデスよー」
そんな俺たちを窘めるように、フラヴィアさんはパンッと手を叩いた。
「さて、だいたいこんなカンじデスかねー? ホカにナニか、キいておきたいことはありマスか?」
「あっ、えと、特には……?」
言いながら、ノエルはこちらに目を向けた。
「大丈夫っす」
「アタシもないよー。てか、そもそもよくわかってないし?」
自分のことだってのに、そんなんでいいのかお前は。
「では、ナゴリオしいデスが、そろそろおイトマさせていただくとしマスね!」
……てかこの人、めちゃくちゃカタコトのくせに語彙はしっかりしてんな……。
「サイゴにヒトつだけ、ワタシとヤクソクしてクダサーイ!」
こちらを振り向き、人差し指を立てながら、フラヴィアさんは言った。
「ナニかコマったことがあったら、まずワタシにソウダンすること、いいデスね?」
「わ、わかりました! ありがとうございます!」
「ありがとー!」
「あざっす……」
俺たちの返答に、彼女は満足げに微笑みながら去っていった。
「……やっぱり面白い人だったね」
玄関のドアを閉めながら、ノエルは言った。
「騒がしいの間違いだろ」
「てか、なに言ってっか全然わかんなかったんだけど。二人はなんであんなマジメに聞いてられんの?」
逢恋は少しうんざりとした表情で、不満を漏らしている。
「フィクションではよくある設定だからな。むしろ、あのカタコトを聞き取って理解するほうがムズかったな」
「あはは……。僕はまあ、もともと興味のある話題だったってのが大きいかな。昔から気になってたことも……」
言いながら、不意にノエルはスマホを取り出した。
「ごめん、また母さんからだ。もしもし?」
玄関の隅のほうを向き、彼は電話に出た。
「ね、今日はどうすんの?」
「どう……とは?」
「このままのえるんち泊まんの?」
「泊まんねえよ、なんも持ってきてねえし」
「じゃ、のえるんがかおるんち泊まんの?」
そもそもなぜ宿泊前提なんだ……。
「ごめん二人とも! うち、これから外食みたいで……」
「ん、わかった、帰るわ」
申し訳なさそうに手を合わせるノエルに対し、軽く片手を払いつつ応えた。そのままその場にしゃがみ込み、靴を履く。
「終わったらかおるんち来る?」
「れ、連泊はさすがに気が引けるかな……」
苦笑いを浮かべつつ、彼は律儀にドアを開けてくれている。
「あいるんは今日も薫くんちに泊まるの?」
「んーそうする〜」
「は?」
おい待て、昨日はノエルがいたし、なんなら俺はすぐ寝たから、まだなんとか意識せずに済んだってのに……二人きりで一晩……!?
「い、いや、泊まるならノエルの部屋のほうが広いし、暇つぶしの映画だって、機材があるんだからそっちのほうが……!」
「それだとのえるん帰ってくるまで暇じゃん」
「いや、というか、べつにうちじゃなくたってどこでも……!」
なんとか別の選択肢を選ばせようと必死になる俺を、彼女は毛先を弄りながらじっと睨みつける。
「……なに? アタシが泊まんのヤなん?」
「いっ……!? いやっ、嫌っ、とかではなく……!」
「もういいよ。のえるん、また明日ね〜」
「えっ、あっ、うん、また明日……」
そう言って彼女は、ひらひらと手を振りながらさっさと出ていってしまった。
「ちょっと薫くん……! あいるん怒ってるよ……!?」
「んなこと言ったって……! さすがに二人きりは気まず過ぎるだろ……!」
どんどん遠ざかっていく逢恋を見つつ、ノエルと小声でコソコソと話し合いをする。
「だからってあんな言い方はダメだよ……! ほら、早く追いかけて謝んなきゃ……!」
「あ、謝るったって……! どうすりゃいいんだよ……!?」
「素直にごめんって言えばいいでしょ……!?」
それが一番難しいことだと思うんだが……。
「いいから行きなって……! ほら、また明日ー!」
「お、押すなよおい……!」
グイグイと背中を押され、軽くよろけた拍子にドアを閉められてしまった。
玄関先に一人取り残された俺は、夕焼けに目を細めながら、大きくため息をつく。
「クソっ……どうすりゃいいってんだよ……」
ぼやきながらも、俺は仕方なく彼女を追いかけた。
「なあ、ちょっと待ってくれよ……!」
俺の声にも反応せず、彼女はそそくさと歩き続ける。
「さっきも言ったけど、べつに嫌とかそういうんじゃなくてだな……ただちょっと、いきなりだったから驚いただけで……」
下手な言い訳にも、全く取り合ってくれそうにない。
「はぁ……。その……悪かったよ……」
そしてなんとか絞り出した謝罪の言葉に、彼女はようやく足を止めた。
「……その、仮にも俺は男で、お前は女子だろ……? いきなりそんな、二人きりってのは……」
言ってる間に、どんどん顔が熱くなっていく。なんでこんなこと言わなきゃならんのだ……。
「アタシは気にしないし。もし襲われたって、すり抜けちゃえばいいだけの話でしょ」
「襲……!? いや、そんなことしねえよ! ただ、その……!」
その先の言葉が、出てこない。
俺が逢恋に対して抱いているこの気まずさの理由は、正直自分でも掴めていなかった。大方、女子との交流経験のなさから来るものだろうとは思いつつも、体温がどんどん上がっていくこの感覚の本質は、いったいどこにあるのか、見当すら付いていない。
正体不明の緊張で喉が張りつき、声を出すこともできず、ただ俯いていた。
「……ぶふっ! アハハっ! うそうそ、じょーだんじょーだん!」
「……はあ?」
突然、彼女は笑いながらこちらを振り返った。先ほどまでの不機嫌な様子はすっかり消え、楽しげな笑みを浮かべている。あまりの変化に状況が飲み込めず、俺は間抜けな声で聞き返すしかできなかった。
「ごめ〜ん! ちょっとからかってみたくてさ〜!」
「お前……」
「でもさ〜? おかげでかおるんが、アタシのことちゃんと気遣ってくれてんのわかったし、けっかおーらいじゃんね?」
「んぐっ……!?」
何が『結果オーライ』だ。俺は損しかしてないぞ。
「あー面白かった! さ、帰ろ〜」
満足げに微笑み、彼女はまた歩き出した。
「……なんなんだマジで……」
赤っ恥をかかされるとはこういうことだろうか。なんだかどっと疲れた気がする。大きくため息をつき、彼女の後ろをトボトボとついて歩く。
しかし、ほんの数メートル歩いたところで、彼女が足を止めた。
「かおるん! ありがと!」
振り向きざま、弾むような声で彼女は言った。楽しげに目を細め、ニカっと歯を見せて笑っている。
俺に向けられたその笑顔は、ノエルの家で見せたときと変わらぬ無邪気さで、けれどもその眩しさは、沈みかけた夕日なんかでは到底敵わないほどに、キラキラと輝いて見えた。
一際大きく心臓が跳ねると同時に、彼女に抱いていた感情の正体が、わかった、気がした。
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