アークリーチャーズ
あんきももなか
第1話 起動から20年経過
水を失った湖底が、白く乾いて広がっていた。
ひび割れた地面に、港の基部と船の残骸が取り残されている。
風が吹くと、塩を含んだ粉塵が舞い上がる。
「今日の場所、ここ?」
アイリが尋ねた。
ふさふさとした赤毛の尻尾が揺れ、
風に煽られた赤い髪の隙間から耳がのぞいている。
瞳は髪とは対照的な緑色。
獣人というより、普通の人間の少女に尻尾がついているだけの姿だ。
「そうだ。では準備しよう」
カイは全ての被服を脱ぎ、アイリに渡した。
褐色の皮膚があらわになる。
体毛がほとんどないことを除けば、身体構造は人間の青年男性と変わらない。
アイリは肩に掛けた鞄を開き、服を中に収めた。
カイは両手を首の付け根にかける。
ほぼ坊主に近いスポーツ刈りの人間の顔立ちをした頭部を持ち上げる。
接続が解除され、首の位置で頭部が外れた。
取り外された頭部は、アイリに渡される。
アイリはそれを受け取り、鞄に収めた。
残された胴体の首の位置から、棒状の代理センサーが展開された。
乾いた地面の上で、人間の男性に擬態した体が、
頭部のないまま敵との間合いを詰める。
不規則に歩く頭がない淡く光る人型の物体。
それが敵。
頭がないといっても、カイとは違う。
取り外されたのではなく、両肩がなだらかにつながっていてもともと存在しない。
形も大きさも同じ物体が8体。
戦闘開始。
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[00:00:00.00][Setting]特化ログ目的:戦闘
[00:00:00.00][Setting]対象:ソルゾンビ8体
[00:00:00.08][Strategy]左腕による敵固定・体勢制御を主軸とする。
敵胸部への貫通処理を主たる消滅手段とする。虚を突く動作は不要
[00:00:02.10][Result]ソルゾンビ_02 消滅(光崩)
[00:00:03.05][Result]ソルゾンビ_05 消滅(光崩)
[00:00:04.20][Result]ソルゾンビ_01 消滅(光崩)
[00:00:04.52][Result]ソルゾンビ_06 消滅(光崩)
[00:00:05.00][Info]ソルゾンビ残数 4/8
[00:00:09.40][Info]左前方約45mより飛翔物接近
[00:00:09.40][Warning]進路解析によりアイリ被弾予測
※※【Warning】アイリ保護最優先開始※※
[00:00:09.40][Strategy]アイリ防衛優先度を最大に設定。
戦闘効率低下許容。自機被弾許容
[00:00:10.20][Action]迎撃動作実行
[00:00:10.68][Result]アイリ被弾 0%
[00:00:10.69][Damage]左腕上腕部 破損。損失。部位落下
[00:00:10.80][Strategy]左腕喪失を前提とした近接処理に移行。
両脚の踏み込み速度を主軸とした間合い制御
[00:00:14.27][Result]ソルゾンビ_03 消滅(光崩)
[00:00:16.08][Result]ソルゾンビ_07 消滅(光崩)
[00:00:18.03][Result]ソルゾンビ_08 消滅(光崩)
[00:00:19.76][Result]ソルゾンビ_04 消滅(光崩)
[00:00:20.00][Info]ソルゾンビ残数 0/8
[00:00:20.00][Info]機体損傷 左腕上腕損失
[00:00:21.52][Sound]アイリ「……終わったと思う」
[00:00:22.30][Setting]特化ログ終了
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戦闘は終了した。
淡く光っていた8体の人型はすべて消滅し、
その存在を示す痕跡は完全に失われていた。
右腕は無事だったが、左腕は肩口から外れ、白い地面に横たわっていた。
アイリが駆け寄り、左腕を拾い上げた。
表面についた砂を払い、鞄からタオルを取り出して拭き取る。
左腕は一旦鞄に収められた。
アイリは、頭部と左腕のないカイを見上げ、小さくうなずいた。
それを合図に、カイは膝をつき、姿勢を下げる。
立ったままでは、アイリの手は首の位置に届かない。
首の位置から伸びていた代理センサーが収納されたことを確認し、
アイリは首の切断面の上にカイの頭部を乗せ、少し位置を微調整した。
上手くあった地点でカイが接続を完了させた。
短い駆動音。
「ありがとう」
兵器としてのカイは近接格闘用に体の外装も含めて最適化されている。
戦闘中の被服は動きを阻害する装飾でしかない。
だが、人間居住区へ戻るには擬態が必要だ。欠損した部位を隠すためにも。
カイはアイリの鞄から人間擬態用の腰部下着を取り出した。
しかし、右手だけでは、腰に固定できない。
「手伝うね」
アイリは腰部下着を受け取り、カイの腰に回す。
結び目を作り、位置を確かめた。
そのまま上着を着せ、左袖の中に外れた左腕を収め、
左腕が落ちないように袖口を結んだ。
左腕の破損は上着で隠されている。
「戻ろう」
「うん」
二人は、船の残骸が残る荒野を後にした。
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その夜。
司令室の照明が青白く反射していた。
中央モニタには、カイの戦闘動画が展開されている。
アウグストスは、カイが左腕を破損したシーンで動画を止めた。
「……罠か。もともと仕組まれていたものだろう。
その場で何か操作した感じはない。
もしアイリに当たっていれば、致命傷になっていた。
カイは適切に守ってくれた」
アウグストスは淡々と続ける。
「攻撃の軌道と出力から見て、
誰かが遠距離攻撃の挙動を試していたと考えるのが妥当だ」
その言葉を聞いたリオは、疑問に思って尋ねた。
「遠距離攻撃……?
近接攻撃でしかソルゾンビは光崩しないのでは?」
「そうだ。現時点で、近接以外の消滅例は確認されていない」
アウグストスは報告の表示されたタブレットのディスプレイを切り、椅子の背にもたれた。
「あれらを遠距離で消せると思うなら、完全に素人だ。
時間稼ぎにはなるかもしれんが、意味はない」
リオは小さく頷いた。
「念のため、破損部位の詳細分析を行う。
左肩ユニットも含めて確認だ。交換パーツの手配は済ませてある」
「了解」
リオの返事を聞いた後、アウグストスはつぶやいた。
「狙われたのはソルゾンビではなく、アイリかカイかもしれない」
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翌朝、メンテナンス区画での作業は短時間で終わった。
カイの左腕は新しいユニットに換装され、動作検査のログに異常はなかった。
アイリがカイに確認する。
「もう直ったんだね」
「単純な交換で済んだ。支障はない」
アウグストスは頷く。
「よし。――君たちに訪問してもらいたい場所がある。
明日、コーリン所長について行ってくれ」
「了解」
少し間を置いて、アウグストスは言った。
「今回は休養も兼ねている。
アイリが、君が壊れたのを見て不安そうだった。
彼女のための休息だ」
「了解」
カイの声は、いつも通り冷静だった。
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翌日。
目的地設定を終えた車両が、自動走行に入る。
コーリンは操作の必要がない運転席で書類を閉じ、振り返った。
「いやあ、最近は市長の方が忙しゅうてな。
所長としての仕事は久しぶりや。カイ、お前、調子は?」
「良好」
「そうやろうな。
今回はな、施設外の協力者からの依頼だ。
……カイとは無関係やない」
アイリが後部座席から顔を出す。
「ん、なんで?」
コーリンは言った。
「今日会うのは、エリナ・トカシキ」
カイが即座に答える。
「彼女はクラウス博士の孫だ。
クラウス博士は、私を37年前に設計した科学者だ」
コーリンが頷く。
「そうやな。もっとも、クラウスはカイが起動する一か月前に死んだけどな」
「へえ。カイを作った人の、子供の子供なんだ」
アイリが尻尾を揺らす。
「……アイリは、やっぱ覚えてへんか」
「確かに、ここ数年はクラウス博士の話題を出していない。
それが原因だと思われる」
アイリがカイに軽く質問した。
「どうしたの?」
「必要であれば説明するが、長くなる」
「必要って?」
「……つまり、必要なさそうやな」
コーリンがまとめた。
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車はやがて、広い敷地を確保した白い外壁の建物が視界に入る。
ゲートの前で車が停止し、扉が開く。
三人は車を降り、舗装された小道を進んだ。
敷地は奥行きがあり、個人の私邸として考えるには、規模も設備も明らかに過剰だった。
玄関の扉が開き、白衣姿の女性が現れた。
「来てくれてありがとう」
エリナは、まずカイに視線を向けた。
「あなたがカイね。コフィさんの整備が行き届いているようね」
「はい、初めまして。エリナ博士」
隣にいるアイリにも目が向く。
「その子はバイオノイド? いつもカイの近くにいるとは聞いているわ」
「うん」
アイリが嬉しそうに尻尾を揺らすのを見て、エリナはわずかに表情を緩めた。
「かわいいわね」
三人は案内され、防音材に囲まれた区画を抜けた先に、広い部屋があった。
部屋の中央には、簡素なエプロンをつけた女性のマネキンが横たわっていた。
エリナはその前で立ち止まり、振り向いた。
「この子を起動させたいの」
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