第三話 偶然出会った三人

Three Who Met by Accident


 最初はひとりの揶揄いから始まった。ただ少しの暇つぶし。

それでもいつの日か。その三つの足跡は重なり、三人は同じ場所に立っていた。

 お遊びから始まった物語。


それこそが――探偵団だった。


「んで、今日は一体なにすんのさ。リーダーさん」


 時刻は下校時間も過ぎ、町がセピア色に染まる夕暮れ時。校舎裏に三人は足並みを揃えていた。これがもはや、彼らの日常なのだ。

 気怠げに壁にもたれかかりながら、話を切り出したのはピーター・ジョルダーノだった。

――リーダー、とは親が探偵であり、その背中に強く憧れを持つ、リアム・ホワードのことである。

 そう、ピーターは最初はこの探偵ごっこをする物珍しい下級生を揶揄いたかっただけだった。しかし、いつのまにか自身も“探偵ごっこ”に付き合う羽目になってしまった。


 周りの目からは、嫌々やっているように映るだろう。だが、ピーターは満更でもなかった。突拍子もないことを言うリアムに、自由気ままなニャロ・クシランダー。正直に言ってしまえば、面倒くさい二人だ。

 それでも、この二人に笑わされる事も少なくない。面倒くさがりながらも、なんだかんだこの空気感が彼の居場所になっていた。


「ふふ、よく聞け二人とも! 今日は迷子猫の調査依頼だぞぅ!」

「えぇっ、依頼あったんだ」

 誇らしげに胸を張り、ピーターとニャロを指差しながら高らかにそう宣言したリアムに、ニャロは意外、と言わんばかりの声をあげる。

 ――探偵団。といっても、当然、周りからすれば子供のお遊び。いつも依頼なんか無い。


「……リアム……お前さては、おじさんが受けた依頼を盗み見したんじゃないんだろうなぁ?」

「はっ!? ち、ちがう、し」

 こんな事件を解決した実績もないちびっこ達に依頼する、そんな物好きな奴なんているのか、そう思ったピーターは真っ先に頭に浮かんだ可能性を問いかけた。

 前屈みになり、じっとリアムの目を覗き込む。途端にリアムは、視線を彷徨わせながらたじろいだ。

 ――嘘、下手すぎ。

 どうやら予想は的中したようだ。しかし、ピーターは呆れながらも、父親の仕事を盗み見してきたであろうリアムを前に、心の内では少し楽しんでいた。わくわくしているであろうリアムの様子が、手に取るようにわかったからだ。


「どーでもいいけど」

 ニャロが拗ねたように唇を尖らせながら呟いた。

「猫ちゃん探すって……どんな猫ちゃんかわかんなきゃ、探せないよ?」

 当然だ。今探偵団に与えられた情報は、“猫を探す”という事だけだ。たったこれだけの情報で、家族の元へと正しい猫を帰すのは不可能に近い。


「……リアム、流石にな。いくらお前でも他に情報くらい――」

 冗談めかしく、ピーターはリアムの顔を覗き込む。いくら子供なリアムでも、情報がひとつ……しかも、猫という事しか集められてないなんて事はないだろうと思いたかった。

 だが、ピーターの予想はここでも的中してしまった。

「忘れてた……」

 リアムはぽかんとした顔で、そう呟いたのだ。

 その瞬間、ピーターのなくような喚き声が校舎裏に響き渡ったのだった。


 それから探偵団は、町の行く先々で出会う人皆になにか行方不明の“猫”について知らないか、聞いて歩いた。

 花屋のおばさん、工具屋のおじいさん――そして辺りが暗くなった頃、たどり着いた先はなんと、猫を探していた家族だった。

 奇跡のような出来事に三人は心を踊らせた。


「なんで君たちみたいなちびっこが、あの子を探してるのよ」

 だが、降ってきた言葉は酷く冷たかった。


「あの子の命を遊びにしないで!」

 凄まじい形相で吠えるように怒鳴りつける女性を前に、リアムは言葉が出なかった。決して、遊びでやっているわけではなかった。真剣に探していた。猫を、そしてその子を探す家族の気持ちを想って。だが、それは探している家族からは単なる遊びとしか映らなかった。

 初めて感じるやるせなさにリアムは思わず俯いた。その間も彼女は怒号を浴びせる。

 ニャロは今にも泣き出しそうな顔で、ぎゅっと握り拳を作っている。

 探偵団は、諦めかけていた。――たったひとりを除いて。


「その子、水辺が好きなんですか?」

「え……」

「貴方の手が、濡れていたから」


 いつもの揶揄うような、ふざけるような口調とは違う。宥めるように柔らかくも真っ直ぐな声が、女性の声を遮った。


「ピ、ピーター……?」

 その声の主に、リアムは思わず声をかける。するとピーターは、リアムにアイコンタクトをした。

 ――黙っとけ。

 そう言われた気がして、リアムもニャロも口をつぐんだ。

「そ、そうね……好きだった、かも」

 女性は手を背に隠し、答える。その仕草に、ピーターは何か気づいたように質問をたたみかける。

「さっきから口にしないけど、その子の名前は? 首輪の色は?」

「家族なら……わかるよね」

 そう呟いたピーターは、穏やかな笑顔から、いつのまにかいつもの表情に変わっていた。

「……っなんなのよあんた! 大体こんな夜に出歩くなんて親は」


「ねぇ、おじさんに依頼したの、本当はあんたじゃないんじゃない?」


 ピーターは女性の言葉を待たなかった。

 答えを引き出すためではない。確かめるためだ。


 この人は、本当に“探している側”なのか。


 彼女の視線は、三人ではなく、背後の暗がりをちらりと掠めた。

 ほんの一瞬。だが、ピーターはそれを見逃さなかった。


 ――そこだ。


 水の匂いが、風に混じっていた。


「……リアム、ニャロ。ちょっとだけ待ってろよ」

 二人を安心させるかのように、笑ってそう言い残すと、ピーターは踵を返した。

「え、ちょ、ピーター!?」

 リアムとニャロの声が背中に飛ぶが、振り返らない。


 かつてこんなに、誰かの為に真剣になった事はあっただろうか。


 理由は説明できない。

 ただ、胸の奥で何かが引っかかっていた。


 あれは、“探している人”の目じゃなかった。


「はぁっ……あー、ははっ……俺、天才」

 そう笑う声は、いつもより掠れていて、震えていた。

 ピーターはシルワタウン唯一の川――町と町の記憶を分かつように流れるその場所に、たどり着いた。

 そしてそこにいたのは、体を震わせ、びしょ濡れになった赤い首輪をつけた茶トラの子猫だった。

「こんな冷たくなって……怖かったな」

「もう大丈夫だ」そう言ってピーターは子猫を抱き上げる。

 大丈夫だと言いつつも、少しでも遅れていたら……と考えると血の気が引いた。それでも子猫の為に、明るく、大丈夫と何度も呟きあたためるように抱きしめた。


「……ッピーター!」

 背後からバタバタと数人の足音と、聞き慣れた声が聞こえてきた。ピーターはそれに安堵し、震えを抑えるかの様に、「はー……」と長い溜息を吐くと、してやったり顔で振り向いた。

「……やっと、見つけたよ」


 振り向いた先にいたのは、丸い瞳に涙を溜めたリアム、既に涙でぐしょぐしょなニャロ。そして――


「ノアッ!!」

 その名は、まるで石を投げた川の波紋のように、辺りにはっきりと響き渡った。


 そして、ひとりの男性が真っ先にこちらに駆け出し、ピーターごと抱きしめた。

「ノア……ノア、本当によかった……」

 この場にいる人物で一番涙を流し、安堵している。きっとこの人が、子猫ノア家族ほんとうのかぞくなのだろう。


「あぁ……君も、こんなに冷たくなって……」

男性はピーターの頬に手を当てた。

「本当に、本当にありがとうっ」

 何度も感謝の言葉を吐きながら、嗚咽をあげた。すると、背後に暖かい感触を覚える。

「……リアム、ニャロ……」

 後ろからは、二人が小さな手で精一杯抱きしめていた。自分たちだって、夜まで子猫を探して、身体を冷やしているというのに。だが、これも彼らができる精一杯の優しさなのだろうと、ピーターはその優しさを素直に受け止めた。


 その後ノアを引き渡し、三人は帰路についた。辺りはすっかり暗くなっていた。だが、不思議と怖くなかった。

 そんな夜の静寂を破ったのは、リアムだった。静かに、ぽつりとこう呟く。

「……ぼく、探偵向いてないのかな」

 普段のリアムからは想像できない発言に、二人は目を丸くする。ピーターはそんなリアムの発言に、「はぁー……」と息を吐いた。だが、それは決して呆れた溜息ではない。


「……今日、あの子を見つけたのは誰?」

 いつもと変わらぬ口調でリアムに問いかける。そして答えを待たずに言葉を続ける。

「俺だよ。でもさ」

「俺ひとりだったら、あそこには行けてねぇーなぁ」


 その言葉にリアムは顔をあげた。


「そもそも、お前が言い出さなかったら、始まってない」

「ニャロが色んな人に声かけまくってなきゃ、あそこには辿り着いてない」


 ニャロも続くようにピーターを見つめる。


「お前らがいなかったら、間に合わなかったかもしれない」

 じっと二人を見つめ、ピーターはふっと微笑んだ。

「……それに」

 ピーターはまだ何か言いたげに、頬をかいた。そして、少しの沈黙の後。


「……最初っから、三人でやってる事だろ」


 少し照れたようにそう呟くと、ピーターは前を向き直した。


「……なんか、今日のピーター! ピーターじゃないみたい!」

「ピーターが優しい! 誰かのマネっこ!?」

 歩き出すピーターの背で、すっかり元気になった二人がやいのやいの騒いでいる。

「あーっ! うるせぇ! 俺はいつも優しいです!」


 そうしてやっと帰れる……そう思った時――

「がきんちょ! こんな夜に出歩いて、なんのつもりだ!」

 夜の町を巡回をしていた、ステイシー・ビートに見つかった。

 ステイシー・ビートはこの町の護衛衆、ケラススの特攻隊員だ。彼女はいつも厳しく、この町を守っている。


「げっ」

 ピーターはあからさまに嫌な声をあげる。

「おい! お前ら、早く帰るぞ!」

「あっ! 待ちなさい! ちゃんと明るい道を通れ!」


 そんな騒がしいやりとりをしながらも、探偵団三人の顔は笑顔だった。

 こうして、今日も“事件”は終わる。

 それが、まだお遊びだった頃の——探偵団の日常だった。

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