拝読しました。
今も完全に人権は保証されているわけではありませんが、昔は特にひどかったようですね。親の都合で選別され、飢饉や貧困の際には子どもが口減らしされました。
その時代の人々の事情もあるのでしょうが、これから生まれてくる子どもは祝福されてほしいものです。
作者からの返信
お読み頂き、コメントありがとうございます!
60年前ってほぼ洋服の時代ですし、風俗だけ見ると意外に現代に近いんですが、親世代が昭和初期の人達ですからね……。
祖父は作中の「父」と同じ事を言ったそうです。
幸い叔父は男だったので生き延びました。
祖母から聞いたことありますが、そこまで酷い話ではなく、みんな出産を避けた、くらいでした。ただ、「八百屋お七」の話はよく聞かされました。
昭和41年より更に遡った60年前は、どれほどの悲しいことがあったのか、と想像してましたら、日露戦争後、人口の増加が望まれたことで、さほどの影響はなかったそうです。
しかし、この時の赤ちゃんが適齢期になった時の新聞報道で自殺や心中事件が盛んに報じられて迷信が全国に広がり、それが1966年に影響を与えた・・・とありました。(ネット調べ)
これからは、このような迷信は薄まって欲しいですよね。
貴重な実話、ありがとうございました。
作者からの返信
こちらもお読みいただき、コメントありがとうございます!
「女だったら〜」は実際に祖父の言葉だそうです。
叔父がもし女だったらどのように育ったのか、(フィクションとして)想像してみました。
八百屋お七は結構好きなストーリーなのですが、今回丙午の事を調べて彼女の生まれ年を知りました。
お話を語ってくれる素敵なお祖母様をお持ちだったのですね。勝手に安心ですー。