異世界スーパーマンなのに夢が叶わない!

八乃前 陣

☆プロローグ 桜咲正人(おおさき まさと)は悪夢を待つ☆


「ふんふんふん~♪」

 一日の勤めを終えた、二十五歳の男性会社員「桜咲正人(おおさき まさと)」は、ニコニコな笑顔で、通い慣れたホビーショップへと寄り道をしていた。

 平均的な身長に整った面立ちで、黒髪はサッパリと短め。

 密かに鍛え続けている身体は引き締まっていて筋肉質で、肩幅も逞しい印象だ。

 夏も近い夜は時間よりも空が紅く、街明かりにも、季節の熱が籠もり始めている気がする。

「さぁて…っ!」

 お店に到着をすると、入り口の横に貼られている商品一覧を確認。

「一分の一スケール。座面ライダー仁王のレプリカ・マスク…っ! 数量限定! この半年っ、このマスクを希望にっ、仕事を頑張ったんだっ!」

 感涙しながら更にニッコニコな笑顔で、正人は懐のサイフを確認し、店内へ突入。

「すいませ~ん♪」

「「すっ、すいませんっ!」」

「?」

 店長さんに声を掛けるや、夫婦揃って頭を垂れられ、正人は呆気にとられる。

「…えっと…」

 問う正人へ、綺麗で愛らしい奥さんが、泣きそうな美顔で美しい礼を以て、謝罪をしてきた。

「桜咲さんっ、ごめんなさい! 私、桜咲さんのキープだって知らなくて…っ!」

「――っ!? も、もしかして…っ!」

「は、はぃ…っ! その…他の、お客様に…っ!」

 今にも泣きそうな奥さんを、やや肥えた夫であり正人の知り合いでありホビーショップの店長である高木さんが、申し訳なさそうに庇いながら、謝罪をする。

「いや…俺がちゃんと、伝えてなかったから…! 桜咲さんっ、本っっ当にっ、申し訳ないですっ!」

 奥さんよりも高身長な夫が、奥さんよりも低く頭を下げて、謝罪を繰り返した。

「えぇ…そ、そんな――ハっ!」

 ガックリと首が崩れた正人は、しかし一瞬の後に、意識を変換させて、考える。

(い、いや…落ち着け正人っ! 奥さんだって、悪気があったワケじゃないのだっ! 高木さんだって、今日みたいな限定商品が出る日とかっ、忙しくてウッカリミスは、するものだっ!)

「すうぅ…はあぁ」

 小さく深く息を吸って吐いて、正人は心を落ち着かせた。

「ぃやあ、まあ…それなら 仕方が無いですよ。あはは…」

「で、ですが…」

 笑う正人に、高木夫婦は、やはり申し訳なさそう。

「いやいや、仕事でもミスとか、よくありますから。そんな 気にしないで下さい」

「「桜咲さん…」」

 正人の許しに、高木さんは涙ぐみ、奥さんは涙をこぼしてしまった。

「あぁ…本当に、僕ももう 気にしてないですから。ああ、そうだった」

 また来月に出る限定のヒーロー・フィギュアを予約して、正人は揃って頭を下げる高木夫婦へ別れを告げて、帰宅の途につく。

 駅への角を曲がってから、愕然としゃがみ込んだ。

「っはあぁ…こんな事って…」

 フラフラと缶のミルク・コーヒーを買って、人のいない夜の公園のブランコへ、力なく腰を落とす。

「あぁ…今朝は、気持ちの悪い夢を 見たのになぁ…」

 溜息を吐いて、コーヒーを飲みながら、今朝の悪夢を思い返す。

(…部屋の床いっぱいに、汚れた水とホコリとゴミが散乱してて…足下には踏み場も無くて…妹や両親に叱られながら、裸足で頑張って片付けて…)

 しかも、現在は結婚をして家庭持ちな妹は学生時代の姿で、自分は現在そのままな姿だった。

 そんな、正人にとって夢見が良いとは言えない夢を見た翌日は、大抵、ちょっと良い事がある。

 自販機でコーヒーがもう一本、当たったり。

 また逆に、可愛い女の子が出てくるような良い夢を見た翌日は、五百円硬貨を落として無くしてしまったりと、不運に見舞われるのだ。

 なので、今日の帰りの限定マスクは、絶対に手に入る。

 と信じていたのに。

「なんで…悪夢を見た日に悪い事が起こるんだ~っ!」

 やるせない怒りが蒸し返してきて、缶コーヒーを一気飲みし、立ち上がって、「とはいえ…」と思う。

「…いかんいかんっ! 正義の味方とは、悪意にだけ、怒りを向けるべきなのだっ!」

 子どもの頃からヒーロー特撮が大好きで、幼稚園を卒業するまでは、いつかヒーローになりたいと願っていた。

 小学生になって、特撮番組というか現実を少しずつ認識していっても、正人は他者を助けるヒーローになりたいという意志に、揺らぎなど無し。

 身体を鍛えながら中学生になって、しかしナンパに困っている女性を助けるような場面もなく、出来る事と言えばゴミ拾いとかボランティアとか。

 そんな正人の溢れる想いは、別なる形で、出力をされ始める。

「ヒーロー小説…っ!」

 高校生になって、たまたま読んだネットの募集で小説の世界を深く知り、正人の心は俄然と燃えた。

 正義の大切さを漫画で説いた超巨匠に倣い、少年は独学でヒーロー小説を執筆。

 半年と掛けて描き上げた長編「必勝! 説教仮面」を賞レースへと投稿し、結果は箸にも棒にも引っかからず。

「ぐっ…ま、負けて堪るか…っ! 一度や二度の敗北なんてっ、根性と鍛錬と正義の意志でっ、乗り越えてやるんだっ!」

 新たに闘志を燃やし、正人は新作を書き始めた。

という流れのまま、正人は「小説を書く → 賞レースへ投稿 → 落選 → 新たな小説執筆」という日々を過ごしながら大学を卒業して、小さな貿易会社へと就職し、現在に至っているのだ。

「…この間の新人賞にも、落選したし…僕には、小説の才能も…ヒーローの才能も、無いのかなぁ…」

 肩を落として見上げた紅い空を、流れ星が一つ、綺麗に滑る。

「はぁ…ぃいやいやっ、元気を出せっ! ダメならまた、新しい小説を書くだけだっ!」

 鼻息を荒くして、アパートへ帰ろうと歩き出した正人の耳に、少し強い女性の声が聞こえた。

『あなたたち、なんですか…っ?』

「ん?」

 声に導かれて公園の入り口へ向かうと、世紀末風なマッチョ男の二人が、スーツ姿の凛々しい女性をナンパしている。

「なんだよぉ姉さん~。怒った顔も、ソソりやがるぜぇ♪」

「んだべんだべ。俺たちと遊ぶベ♪」

「あなたたちねぇ…」

 呆れる女性は迷惑そうだし、それでもナンパ男たちがシツコイ感じだ。

「これは…放ってなど、おけないぞ!」

 正人の正義感が燃えて、ナンパ男を止める為、足早で近づいて行く。

「キミたちっ、止めなさいっ! 女性が嫌がっているじゃあ――」

 子供たちの忘れ物だろうか。

 足下に転がっていた野球のボールに気付かず、踏んでしまった正人は盛大に転んで散歩道へ後頭部を打ち付け、人生が終わった。

 スーツの女性刑事が、返答の無い正人の脈を診て、緊張の声。

「ちょっとあなたっ! …死んでる…!」

「「っきゃああああああああああああああああああっ!」」

 絹を裂くような世紀末男の悲鳴とか、女性刑事の素早い緊急通報とか、もう正人が知る由も無い。


                        ~プロローグ 終わり~

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