《加藤琥大》

『 雪解けを待つ君の瞳は きっと春色 』


  

 温室に薄く見える人影が脳裏に浮かぶ。

 ボールを蹴る足に余計な力が入った。


「どこ蹴ってんだコータ!」

 

 海斗の怒鳴り声が飛ぶ。


「ごめん!」


 ボールを追ってコートから出る1年の背中を申し訳なく見送った。


 今日は全然だめだったな。

 

 終了時間になるなり早々にコート脇で無駄話始めた海斗とそれを片手であしらう真由を横目に溜息が出た。



 

 練習前のストレッチをしていると聞き慣れたガシャンという金属音がした。温室のドアが閉まる音だ。

 見るとグラウンドの隅にある温室の中にはぼんやりと制服の人影。

 確かめなくても誰だかわかる。部活の時間はいつも、植物の世話をしている関口さんの姿が薄く曇った温室ガラスの中にぼんやり見えていたから。

 

 目を留めたのは一瞬なのに、目ざとく海斗と真由が両側からホールドしてきた。


「どこ見てるかな〜」

「上の空? 集中しないとケガするよ」


 お前らこそ俺見てないで集中しろ。

 

「今日、部活終わったらプチクリスマス会だからね」

「里香も誘っておいたぞ」

 

 ……!

 

 含み笑いで絡んでくるのを振り解こうとしたが、さすがに二人がかりだと敵わない。

 

「なんでいつも余計なことするんだよ」

「別におまえのために里香呼んだわけじゃないし。ほら、おれ達がいい感じになったらお前ボッチだろ? それ気にしてたら真由に集中できないじゃん」

「海斗、エロいこと考えてるんだったら許さないよ」

「照れるなって」


 そういう会話は俺を挟まないでやってくれ。

 

「俺を呼ばなければ気を使わないで済むだろ」

「え〜、もう里香誘っちゃったのにそれ言う? ああ、かわいそうな里香。コータのかわりに里香がボッチかぁ!」

 

 ぐ……

 

「お、真由もその気じゃん!? ぐふふ、おれもようやくこれで……」

「ようやくなんだって?」

 

 真由が俺のホールドを解いて海斗に肘鉄を入れにいく。

 そのまま二人で絡み始めたからさっさと離れてストレッチを続行した。

 そこで仕切り直したつもりだったのに、妙に集中力が続かない。結局、調子が上がらないままになった。

 



 ボールを回収した1年を労いつつ、コート近くにまだ消えず残っている水溜まりを踏んでスパイクの泥を落とす。

 真由に絡むのをやめた海斗が来て隣で同じく泥落としを始めた。 


「やっぱいいよなぁ」


 海斗が口ずさむのは『スノードロップ☆スキップ』。最近リリースされたばかりのSandRockの新曲。

  

「気がつくと頭の中に流れているな」

「そうそう。おまえ、練習中なのに歌ってたし」

 

 は?


「練習中に歌うわけないだろ」

「いーや、歌ってたね! 鼻歌だけど」


 無意識に歌っていた?

 やっぱり今日は集中力無さ過ぎだったな。


「でもまあ、わかる。おれも気がついたら歌ってるし。キャッチーなサビがいい」

「歌詞もいい」


 むしろ個人的には歌詞がサイコーにいいと思っている。いつも絶妙に心くすぐる言葉に満ちている。


 海斗は意味深に笑うと耳打ちしてきた。


「歌詞、里香っぽいって思ったろ」


 バ……


「バカ、違うよ!」

「その反応がさ、図星って言ってるのと同じなんだよなぁ」



『 マフラーに口元埋うず

  白く曇る眼鏡

  無表情のまま慌てている

  君が愛おしい        』

 


 頭の中でリピートし始める。

 言われっぱなしも悔しくて、海斗の尻を足の甲でひっぱたいた。


「ほら、また。そういう反応だって!」


 海斗は温室に視線を流してにやにや笑う。


「黙れって!」


 口を封じるために首に腕をかけて捕まえた。


 頬骨のあたりがチリチリする。

 温室まで聞こえる筈がないのに。


「里香ぁ! こっちは終わったよー!!」


 真由が温室に向かって手を振っている。

 釣られてその先を見、反射的に目をそらした。



 視線が合った気がした。

 薄ぼんやりとしか姿が見えないのに。

 

 自意識過剰か!


 海斗を解放してコートを出た。

 それなのに、調子に乗った海斗はまだ絡んでくる。

 その海斗の足がぬかるみに滑るのが見えてとっさに手を伸ばした。そのまま一緒に縺れひっくり返る。


 膝に熱い衝撃が走った。


 倒れたまま目を閉じた。焼け付く左膝を押さえる。


 真由の叫び声で怪我をしたんだとわかった。

 海斗が平謝りしている声が上から降ってくる。

 スパイクがヒットしたらしい。

 顧問の怒鳴り声。駆け寄るいくつもの足音。


 温室からもきっと見えている。

 このあと会う予定だし。


 カッコ悪すぎる。


 


 温室横の水場まで顧問に抱えるみたいに運ばれて傷口を洗った。

 思っていたより傷は大きくない。3㎝かそこらだ。それなのに、真由は大騒ぎして温室に飛び込んでいった。

 

 マジか。何で温室!?

 

 俺は慌てて立ち上がる。

 膝が熱い。熱いけれど、どうってことない。

 

 温室から飛び出してきたのは真由だけだった。手のひらくらいの缶を持っている。慌てた手つきでそれを開けて、洗ったばかりなのにもう血で濡れている膝に大きな絆創膏を泣きながら貼った。

 すぐに家から迎えがきて、そのまま病院へ連れていかれた。医者が言うには大した傷じゃないらしく、少し縫い合わされただけですぐに家に帰ることが出来た。

 

 ほら、大したことなかった。

 

 別に真由が悪いわけじゃないし、泣くことなかったんだ。海斗はちょっと悪ノリしすぎだったが、不用意に俺が手を出さなければ海斗が一人ひっくり返って泥まみれになるだけで済んだ話だし。

 みんな大騒ぎしすぎなんだよ。




 夜になると膝は脈打つようにように痛んだ。まぁ、縫ったんだから当然か。

 頭の中に「スノードロップ☆スキップ」をエンドレスで流しておく。それでも眠れず何度か寝返りを打っていたらスマホが鳴った。


『膝、だいぶ痛む?』


 かけてきたのは真由と海斗。


「まぁ、それなりに。でもそこまで深刻じゃないよ」


 グループ通話は殆どしないから新鮮だ。


『ほんとごめん。今回はさすがに反省するよ』

『あんたはずっと反省してるくらいでちょうどいいかもね』

『ええ~、ずっとはないだろ~』


 いつも通りの二人の掛け合いは気が紛れていい。


『それよりさ、里香に悪いことしちゃった。予定空けてくれてただろうし』

『それな』


 関口さんもきっと怪我の話は聞いているだろう。 

 温室に薄っすら見えた姿を思い出して溜め息が出た。


 あ、そうだ。温室と言えば。


「何で真由はあの時温室に?」

『部の救急箱、大きいバンソーコーきらせててさ。里香はいつも応急セット持ち歩いてるから、もらいに行ったんだ』


 ああ、あの手に持っていたやつ、そうだったのか。


『それ、何か【お礼】的なもの持って行った方がいいんじゃね?』

『たまにはいいこと言うじゃん⁉』

『たまにってひどくない?』

 

 確かに、知らん顔は失礼だ。


「何がいいかな」

『あんまり大袈裟なのだと里香、恐縮しまくりそう』

『想像つく~』

『あ、でも待って。丁度いいかも。里香、誕生日だわ』

『あー、だな』

「え、いつ?」

『『1月1日』』

  

 二人の声がハモった。


 いい考え、かもしれない。でもなぁ。


「俺、関口さんと殆ど喋ったことないんだ。いきなり誕生日プレゼントとか変じゃないか?」

『だから。そこは【お礼】を兼ねて、なんだってば』


 なんでだ。真由の声が笑顔っぽい。


『絶対渡したほうがいいって!』


 海斗の声も明らかに急に明るくなったよな?


「お前ら、また余計なこと企んでいるな」

『えー、またってなんだよー』


 どうせクリスマス会とやらも余計な企みの一つだったんだろう。


『私、里香が欲しそうなものに心当たりある。私達の最寄り駅わかるよね? その駅前商店街に【ベルフィオーレ】っていう花屋があるんだけど、そこ里香のお気に入りの店でさ、昨日すっごく寄りたそうにしてたんだよね』

『でも花って種類多くね?』

 

 選択肢は多そうだ。それに買い物するには時期が悪い。


「年末年始は普通休みだろ?」

『あの店、年末年始開いてるよ。お正月の花を買い忘れた人のために開けてるんだって』



 二人の熱心なプッシュで誕生日に花を渡す話に決まってグループ通話は終了した。

 結局、二人の思惑に乗せられただけな気がしなくもないが、大した案もないし、関口さんをよく知る二人のアドバイスに従うのがいいんだろう。

 でも、正直なところ俺は今まで花なんて買ったことないし、その上それが女の子に渡すためってなると結構ハードル高い気がするんだよな……




 

 1月1日は薄曇りで雪こそ降っていないがかなりの寒さになった。

 まだ足に痛みはあるけど歩けない程ではない。

 早めに出たおかげで10時を少し過ぎたくらいで店に着くことが出来た。


 6畳間くらいの売り場の真中には丸テーブルがあってその周りをぐるっと歩けるようになっていた。

 店の隅に背もたれのない椅子が1つ。おばあさんが座っている。店員はそのおばあさんだけみたいだ。

 丸テーブルにも窓際にも植木鉢がぎっしり。窓がない壁にはドライフラワーのリースや小さな額の花飾り。カウンターの横にはガラスケースがあり、中に花の入ったバケツが並んでいる。 


 外で見た店の大きさから想像できない程の花の数に俺の目は泳ぐ。

 調べてくるべきだった。わかる花の名前なんてチューリップとか桜とかそんなのくらい……

 

 ああ、そうだ。

 

「すみません。スノードロップって、ありますか?」


 俺の質問におばあさんはふわっと微笑む。

 そして沢山ある鉢の中から手のひらにのるくらい小さな鉢を迷いなく選び出す。

 その鉢の中に土は見えない。何かモジャモジャした草っぽいもので覆われている。その真ん中から少し丸みのある細長い緑の葉っぱが数枚、同じ緑の茎が葉より長く何本か突き出ている。茎の先には、細くて白い卵みたいなものが一つずつ下を向いて垂れ下がっていた。

 

 この白い丸が花?


「たぶん数日中に開くと思いますよ」


 蕾か!


 控えめにうつむく蕾は何となく関口さんっぽい。


「これ、お願いします」


 考える間もなくそう言っていた。


「プレゼントですか?」


 問われて頷く。


「それではおリボンつけましょうか」


 そう言われてから気がついた。

 値段を聞いていなかった。


「包装込みで1000円になります」

 

 俺の表情で気がついたのか。

 想定したよりもずっと低価格でホッとしながら頷くと、おばあさんは鉢を持ってカウンターの中へ入った。透明なフィルムと淡い黄緑の柔らかそうな和紙で下から鉢を包むように覆った。パステルカラーで色違いの緑の細いリボン2本で鉢の縁あたりをくるっと留めた。


 シンプルな包装の中でスッキリ立ち上がるスノードロップ。我ながら悪くない選択だと思う。


「このお花はいい意味でも悪い意味でもいくつか花言葉がありますが贈り物にするのにとてもいいと思いますよ」


 花言葉か。


「ありがとうございます。あとで調べてみます」


 ふと作業台横の壁を見ると手書き風イラストのポスターが。

 【春待ち雪だるま】?


 置物か?

 いや、説明があるな。溶けたあとに芽が出てくるのか。へぇ。溶けるってことは本物の雪か!


「お花の中には冬を経験しないと芽吹かないものがあるんですよ」


 面白い! 値段は2000円。スノードロップより高いな。でも気に入った! 関口さんは驚いてくれるだろうか。


「これ、まだありますか?」


 おばあさんは頷く。そして優しく笑った。


「これで全部の子が里子に出せるわ」


 最後の1つか。よかった。


「こちらもプレゼント? お届け先は遠いかしら?」

「たぶんここから5分くらいだと」

「でしたら問題ないですね。雪だるまは鉢の土の上にそっと置いて飾って下さい。暖房の傍だとあっという間に溶けてしまいますからお外に置かれると少し長く楽しめると思います」

 説明しながら冷蔵庫から植木鉢、冷凍庫から雪だるまを取り出して持ち手のついた発泡スチロールの箱に入れてくれた。詳しい説明は付属のカードにあるらしい。それなら安心か。


 だけど会計しながら俺はすでに気が気じゃない。

 

 溶ける前に渡さないと!


 

 

 真由が印付きのマップをくれたおかげで関口さんの家はすぐに見つけられた。

 静まり返った玄関の前、門扉の陰で植木鉢に雪だるまをセットする。黄色の小花が散った持ち手付きのビニール袋も一緒に入っていたから雪だるまの鉢をそっと入れた。

 何から何まで手が行き届いている。関口さんがあの店を気に入るのわかるな。


 よし、準備は出来た!

 

 玄関扉の前に立ちインターホンに指を伸ばす。

 

 く、震えるな、指!


 呼び出し音を追いかけるみたいに「はーい」と大人の女性声が聞こえてくる。

 よかった、関口さんじゃない。いや、関口さんに会いに来たのに、変だな。

 扉を開けて顔を出したのはたぶん関口さんのお母さん。そっくりだ。


「あら、あけましておめでとうございます」

「あけまして、お、おめ……」

「里香呼ぶわね、ちょっと待っていてね」


 まだ何も言っていないのに。ああ、関口さん一人っ子か。

 

 招かれるまま玄関に入る。手土産はまだ後ろに隠しておく。

 呼ばれた関口さんの「はぁい!」という返事が奥から聞こえて、俺は両足をそろえた。


 玄関から真っ直ぐ伸びた廊下にぱっと飛び出してきた関口さんはこっちを見た途端固まった。あからさまに驚いた目をしている。

 

 まぁ、そうなるよな。ろくに話もしたことのない男子がいきなり玄関にいたら。


 赤い半纏似合うなぁ……髪結んでいないの初めて見た……

 

 っと、そうだった!


「お……!」

「はい!」


 どもった俺に關口さんは真面目な顔で返事する。

 しっかりしろ、俺。


「お……めで……とう」

「あ、うん、あけましておめでとうございます」

「ちがう!」


 反射的に否定の声が出た。関口さんは飛び上がって口をつぐむ。


 何やってんだ、俺。

 何か、何か言わないと。


 関口さんは少し眉を寄せて首を傾げた。


「足、大丈夫?」

「大したことないのにみんな騒ぎすぎなんだよ」


 だから、違う!

 そんな事言いに来たわけじゃ……


 そうだ、プレゼントを!

 

「こっち、きて」

「あ、はい」


 関口さんは何故だか足音を忍ばせるような足取りで目の前に来た。


 よ、よし!

 まずはこっちだ。


 スノードロップを目の前に差し出した。

 

 瞬間、関口さんは目を見開く。

 

「スノードロップ!」


 受け取った関口さんの顔が驚きから蕩けそうな笑顔に変わる。

 っし! 続けてこいつだ!


「これも」


 花模様のビニール袋を差し出すと、小さな口が丸く開いた。 


「雪だるま!?」


 期待通りの反応!

  

 関口さんはスノードロップをそっと靴棚の上に置いて雪だるまを受け取った。


「玄関入る前にクーラーボックスから出したから」


 いや、その説明は余計だ!


「溶ける前に、見て」

 

「はい」


 関口さんは返事しつつ雪だるまのカードを見つめている。何度も小さく頷いている。大丈夫そうだな。

 

 あとはこれをちゃんと言わないと!


「おめでとう、はっ」


 関口さんが視線を上げる

 

「誕生日だから」


 関口さんは目を見開く。そして直ぐに目を細くして笑った。 


「ありがとう」


 か……わい……い

 ……


「じゃ」


 猛烈に恥ずかしさが襲ってきて、背中を向けた。

 玄関ドアを急いで開け、そこで気が付く。

 俺からの新年のあいさつ!


「あけましておめでとう!」


 カッコつかない……振り返れない…… 


「っていうの忘れていた」


 続けた声は自分でも情けなくなるレベルの弱さで。

 駄目すぎだ。


「うれしい、ありがとう」


「なんでだよ、意味わかんない」


 そんな言葉を置き去りにしてドアを後ろ手に閉めてしまった。せっかく関口さんがフォローしてくれたのに。

 そして肝心の絆創膏のお礼はどこへ行ったんだ。


 意味わかんないのは俺だ!




 帰りの電車の中、スマホで花言葉を調べた。 


 【希望】

 これが歌のイメージか。


 え、ちょと待て。1月1日の誕生花なのか?

 知らなかったとはいえ、狙いすぎになってないか!?

 

 新学期に顔を合わせるのが怖いようなむず痒いような。



 まぁ……嬉しそうな顔していたから、いいか……

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