翼よ、あれが横浜の灯だ(Wings Over the Bay: Yokohama's Glow)

@tsuyotsuyoman

第1話

出先から会社に戻る電車に揺られながら、俺はぼんやりと窓の外を眺めていた。

つばさ橋と横浜のビル群が茜色に染まっている。

美しく見える筈の眺望が、俺にはなんとも味気ないモノクロームの景色にしか見えなかった。

今日も残業かよ・・・。


俺は中小企業の主任プログラマー。既にアラフィフだ。

アホな上司と動かない部下たちに囲まれ、単調なコードと終わりなきバグ修正の毎日。

「俺の人生、こんなはずじゃなかった!」そう叫びたくなったが、喉の奥で押し殺した。


重い足取りで駅のホームに降り立つと、ふと、視線を感じた。

改札の柱の影に、一人の若者が立っている。

ネルシャツに色落ちしたジーンズ、くたびれたスニーカー。

時代にそぐわぬ雰囲気を纏いながら、何故かその眼差しは自信に満ちている。


すると思わず目が合った。若者は微笑みながら静かに近づいてきた。

そして指を差し、俺に向かってこう言った。

「あの景色、覚えてますか? 」

はーっ?なんだこいつ、いきなり。人違いだろ?

唖然とする俺を尻目に彼は続けた。

「PC一台で世界を変えてやるって、仲間と未来を熱く語り合ったあの場所ですよ。」

「こいつでね。」背負ったリュックからはみ出した古びたノーパを俺に見せながらそういった。


呆気にとられながら、しかしその言葉は枯れ果てた俺の心を揺さぶった。

PCは俺が大学時代に必死にバイトして手に入れたあのモデルだ。

当時流行っていたのであろうか、見覚えのあるステッカーも貼ってある。


俺は学生時代に起業を夢見た。

「俺たちなら、日々をもっと便利にする感動的なシステムを作れる。人々の心をもっと豊かにできる。」

そう確信していた。根拠のない自信と希望だけで突っ走っていた。

毎日が希望に満ち、明日が来るのが待ち遠しかった。

だが、今の自分ときたら人の心を豊かにするどころか・・・。


「君はなぜそれを知っている? 君は一体・・・?」

そう言って振り返ったが、若者の姿はかき消えていた。


黄昏の風景に再び目をやる。

彼の言葉が、忘れていた記憶の扉をこじ開けた。

白黒の景色が少し色づいて見えた。

やがてその色彩は増幅し、みるみる内にあの時見ていた同じ景色になった。

不思議と、そう、なんとなく、人生挽回できそうな気がしてきた。


水面に揺れる夕日の反射が眩しく煌き始めた。

心なしか、会社へ向かう足取りは軽やかだ。

歩きながら、ふと、記憶の底からあのステッカーが蘇った。

あれは俺がデザインし、仲間と分かち合った、輝く未来への誓いの印だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

翼よ、あれが横浜の灯だ(Wings Over the Bay: Yokohama's Glow) @tsuyotsuyoman

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画