第4話 「行列が逆向きにできる理由」

夕方五時。

商店街にいちばんいい匂いが流れる時間だ。

揚げ油とじゃがいも、ほんの少しの胡椒。

その匂いに引き寄せられて、人は自然と歩いてくる。


はずなのに。


「また逆だ……」

コロッケ屋の店主は、暖簾の奥からため息をついた。

行列は今日も、店とは反対方向に伸びている。

角を曲がり、八百屋の前を塞ぎ、しまいには文房具屋のおばあちゃんに怒られる。


「うちは繁盛してるのに、なんでいつも怒られるんだろうなぁ」

そこへ、流れマンが通りかかった。

手には、昨日の特売卵。まだ無事だ。

彼は立ち止まり、商店街を眺めた。


風は、川の方から吹いている。

匂いは、暖簾をくぐらず、裏道へ逃げていく。

人は並びながら、

「昔はこの通りもねえ」と立ち話を始める。


話題は必ず、

古い映画館、駄菓子屋、消えた喫茶店つまり、後ろ向きだ。

「……逆ですね」

流れマンが言った。


「え?」


「列の向きが」

店主は首をかしげる。

「こっちが店なんだけど」


「ええ。でも、

人は匂いの方を向き、話の流れの方へ立ちます」

流れマンは、行列の先頭をくるりと回し、


「皆さん、こっちに並び直しましょう」

店にそう形に直角に整えた。そして後ろの列も誘導する。


「こんなもんで」

半信半疑の店主。

だが次の瞬間、風が吹いた。

揚げたての匂いが、行列の鼻先をなぞる。

「……あ」


人が増える。

増える。

増える。

列は自然にほどけ、商店街の真ん中で、

ちょうどいい形に収まった。


「すごい……」

店主は、揚げながら、

売りながら、

泣いた。


「何年も悩んでたのに……」


流れマンは、もういない。

暖簾が揺れ、夕焼けが通りを染める。

商店街は今日も少し古くて、少し不器用だ。

でも、匂いと人の流れが噛み合うと、

なぜか、うまく回る。


その夜、

コロッケ屋の売上は倍になった。

誰も知らないまま。


行列は、前を向くだけで、

幸せになることがある。

流れマンは、自分の名前より、

この町の匂いの方が好きだった。

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