空気読み検定3級 (エスパー養成所認定)

天西 照実

空気を読むとは……。


 とある12階建てのオフィスビル。

 周囲には、さらに大きい高層ビルが並ぶ、都会のオフィス街だ。


 真新しく改装されているため、オフィスビルという扱いになっている。

 元々は雑居ビルと呼ばれていたらしいが、このビルのフロアを、関係者以外が借りることは不可能だ。


――NENRIKI――


 オフィスビルのあちこちに、アルファベットのロゴが描かれている。


 中学2年生の少年、柊木ひいらぎ化鉈かなたは、紙コップで提供される自動販売機の前で首を傾げていた。

 買ったばかりのコーンスープの紙コップが、新しくなっている。

 あたたかい、むしろ熱く感じるほどだったホット飲料用の紙コップが、今年から手に熱さが伝わりにくいような素材のコップに変更されたらしい。

 そして、その紙コップにも――NENRIKI――というロゴが印字されていた。


 念力町ねんりきちょう。合併前の、この辺りの地名らしい。

 今で言う『超能力者』が多く生まれた土地、という意味であった事実は、すでに忘れ去られている。

 このオフィスビルの関係者を覗いて……。



 表向きには、個別指導が売りの学習塾。

 と、いう事になっている、オフィスビル8階。

 化鉈が自動販売機横でコーンスープのカップをすすっていると、数歩離れた個室の扉がゆっくりと開かれた。

「失礼しましたぁ」

 くたびれた少年の声が聞こえた。

 化鉈と同じ中学の制服を着た少年が、軽く会釈をしながら廊下へ姿を見せた。

 きっちりと扉が閉まる音を確認してから、化鉈は、

「トキ」

 と、友人の名前を呼んだ。

 すぐに気が付いた少年、時次ときつぐは明るい笑顔を見せながらトコトコと駆け寄って来た。

「どうだった?」

 と、化鉈が聞くと、時次は自動販売機の正面に置かれた長椅子に腰掛けながら、

「やっと3級、受かったよぉ」

 軽い溜め息を吐き出すように答えた。

「おー。よかったじゃん。トキが合格する前に、ジュースの値段上がるかと思った」

「外の自販機は値上がりしてるよな。場所によるけど」

「いつものココアでいいの?」

 自動販売機へ硬貨を入れながら化鉈が聞くと、時次も隣へやって来た。

 化鉈の片手にある紙コップを覗き込み、

「カナはコンポタか。じゃあ、俺もコンポタ」

「オケー」

 自動販売機の商品表示画面には、左半分に冷たい飲料、右半分には赤枠で囲われた温かい飲料が表示されている。

 化鉈は、先ほど自分が購入したものと同じ、ホットコーンポタージュのボタンを押した。

 取り出し口の中へ、紙コップがストンッと落ちてくると、すぐにジーッと音を立てて、飲料が注がれていく。

 取り出し口の横が緑色に灯り、文字盤に『コップを取り出して下さい』と表示された。

 化鉈はコーンポタージュの注がれた紙コップを取り出し、先に長椅子へ戻っていた時次に渡した。

「どっこいしょ」

 と、化鉈も長椅子へ腰掛けると、時次は紙コップを片手に掲げている。

 化鉈も飲みかけのコンポタ紙コップを掲げて見せ、

「3級合格、おめでとうおめー

 と、言ってやると、時次は満面の笑みで乾杯をした。


 廊下に設置された自動販売機の周囲には少々広めの空間があり、正面には清潔感のある長椅子が置かれている。

 廊下の天井にも、自販機の中にも監視カメラが内蔵されているらしい。

 むしろ、監視されていても構わない話をしていると表現するための休憩スペースとして使われる場所だ。


 個別指導の学習塾。

 という事にされているフロアの廊下は、人の気配もなく静かだ。

「カナは? 1級の結果、まだだっけ?」

「まだだけど、1級は無理だよ、中学生じゃ」

 聞かれて化鉈は、肩を落としながら答えた。

「2級から、大人用の能力証明になるって言われてるよな」

「ずっと同じ職場で働いてる同僚たちの中で、この人がこうだった場合はどうするべきか、みたいな。大人でも受からない検定、中2の俺が受かったら逆におかしいだろ。社会経験とか、積むのが先だと思う」

「ふーん。じゃあ、カナが1級受かる頃には、焼き肉ゴチで祝えるくらい、俺も働いて貯金とか出来てるかな」

「あぁ、1級に受かったら焼き肉おごりって言ってたんだっけ」

「準2級に受かったらコンビニアイス。2級で定食屋の昼飯。ひとりで先に制覇コンプしやがって」

「まだ焼き肉コンプはしてないよ」

「されてたまるか」

 すかさずツッコミが入り、ふたりはくすくすと笑い合った。



 時次は宙に浮かばせた紙コップに手を添え、持つふりをして遊んでいる。

「そもそも、空気読みって日本人は誰でもできるもんだろ? 検定の意味ある?」

 と、時次は口を尖らせながら言った。

「トキの能力じゃ、空気読みは難しいだろ。俺のは似てるけど、相手の考えを覗くのとも違うし。普通の日本人だって空気読めたり読めなかったり、あえて読まないなんて事もあるから、ここの能力者たちは空気読めますよって証明するための検定らしいけど」

 首を傾げながら化鉈が話すと、時次は身を乗り出した。

「逆に、普通の日本人が凄くね? 学校じゃ定義すら教えてねぇのに」

「マジそれ」

 と、子どもたちは頷き合う。


 空になったコップを見下ろし、片手でクルクル回している化鉈に、

「ん?」

 と、時次もその手元を覗き込んだ。

 普通の紙コップの表面にザラッとしたコーティングがされているような、厚みのあるコップだ。それでも――NENRIKI――というロゴは、見えやすい太文字で刻まれている。

 化鉈は紙コップの側面に指先で触れながら、

「これ去年も、こうだったっけ。って言うか、何日か前にもコンポタ飲んだけど、こんなコップだったかなぁ」

 と、首を傾げる。

 時次も飲みかけのコップを眺め、首を傾げて見せた。

「どうだったっけ。1階の定食屋のコーヒーとか、こんな手触りの紙コップじゃなかったっけ」

「あ、そうだったかも」

「むしろ何年も務めてる人が、ずっと使い続けてた紙コップが急に変われば気付くかも知れないけどさ。それで言ったら俺らはまだ子どもじゃん? いつもが、どうだったかなんて、思い出す以前に覚えられてないし」

 しみじみと言う友人に顔を向け、化鉈は頷きながらも、

「うん……2級の筆記試験が、そんな感じの問題だった気がする」

 と、呟く。

「えっ、空気読みの?」

「うん。2級か準2級か忘れたけど」

「準2級だったら俺、次じゃん」

「そうだね」

「正しい答えがあるものがいい~」

 足先をパタパタさせる時次に、化鉈はフフッと笑いを漏らし、

「正しい答えがわかるなら、俺ら要らないじゃん」

 と、言った。

「だって、空気読みに時間かかるから、自分の言動を考える時間が無くなっちゃうんだよぉ」

「それな。空気を読んだ上で、その場の一番偉い人が望む答えをあえて出さない、とか。子どもの内から身につけさせる思考じゃなくね?」

「……1級って、そんな感じ?」

「ううん。準1級の実技が、そんな感じだった」

「マジかぁ」

「俺も空気を読むまでは簡単かな。読んだ上で、どういう行動をするのかが難しい」

「それなー」



 今回はここまで。空気読みについてでした。


 様々な思考や、人それぞれのもつ感覚。

 それらを把握した上で物事の流れを予測し、自身が取るべき行動を選択する。

 言語化すると小難しい特殊能力のように思えるが、自然と使えている人も多いのが不思議な話。

 テレパシーすら使いこなすかも知れない子どもたちにも、空気を読んだ上で行動を選択するのは難しい。


 残念ながら当養成所に置いても、空気を読む能力について、まだ隅々まで解明されているわけではない。

 さらに変化し続ける世の中に合わせて、継続的な研究が望まれる。



                               了

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