永遠の時を求めて〜非常識魔法使いと訳あり仲間達の追放譚

暁 黎

第1話 黄昏

黄昏色の光は山の際を照らし、森の木々は色濃い闇を纏わせていく。夕食を炊く家々の煙が、細い雲の様に棚引いており、空腹を刺激する香りがどこそこから漂っていた。

「あー、もう、やってられないよ。今日だけで3回も作り直しだ。」

17、8の青年が頭に巻いた布をとりながら、乱暴に椅子に腰を下ろした。窓から差し込む茜色ほ光に、はらり、と金色の輝きが混じる。一見女にも思える中性的な美貌は、薄く日に焼けた肌と、袖無しのシャツから覗く筋肉の盛り上がった腕のお陰で、幾分精悍にみえた。

「だいたい何でアイツ、あんなに暴力的なんだよ。反則だろ。」

その横で浅黒い肌の12、3の少年が頬を膨らませていた。彼も又、疲れきった様子で椅子代わりの丸太に腰を下ろした。大きな鍋を抱えた赤毛の男は、2人の会話を苦笑しながら聞いていた。鍋を大きなテーブルの上に置き、手際よく皿に盛っていく。

「フィーが柵を壊すのは昔からの習慣だからね。レティも、それを分かってて連れて行ったんだよね。」

「仕方無いだろ。アルファウッドなんて、討伐出来るのフィーくらいじゃん。あー、リオも来てくれてれば、柵を直す作業も分担出来たのに。オレとサファだけじゃ、全然追いつかなかったよ。」

アルファウッドは、虎に似た魔獣だ。滅多に見かける事は無いが、鋭い牙と爪に加え、5メートルの巨軀からは信じ難い程素早く動く。しかも、気配や足音を消して歩き、気付いた時には喉笛を食いちぎられている。多少の剣の腕では、到底敵わないどころか、足手まといの標的にしかならない。

 だからこそ、確実に仕留められる者に頼んだ訳だが、その戦闘で直しかけの柵が何度も破壊された。

「それで、アルファウッドは討伐出来たのかい?」

山間の小さな村だ。

森と村を隔てているのは、頼り無い柵だけしか無い。これまで、魔獣は積極的に人を襲おうとはしなかった。彼等にとっては、他種の魔獣や、大型の動物の方が遥かにいい獲物なのだ。だが、最近その傾向が徐々に壊れてきている。

「それが、思ったより素早くて賢いやつだったんだよね。後少しで追い込めそうだったんだけど、逃げちゃってさ。」

「手負いの獣は危ないからって、ディオンさんが村中の柵に強化の魔法をかけてくるって言ってたぜ。あの魔獣に対してどんくらい効果があるか分かんねえけど。」

サファは早くもパンをつまみ食いしようとし、赤毛の男にパシッと手を叩かれていた。

「手を洗ってからだよ、サファ。」

ちえっと短かく舌打ちして、彼は桶から盥に水を組み、手についた土を洗い流した。

その様子を半ば諦めた様に見つめながら、そっとレティの耳に囁いた。

「後、何年かしたら変わると思うかい?。」

「サファの事?オレは、変わらない方に賭けるけど。」

「やっぱりそうか。」

「何だよ。何か文句あんのかよ。」

濡れた手をシャツで拭って、男2人を睨み付ける。痩せた体は、まだまだ子供の体型だ。短く切ったクセのある黒髪が、汗で額に張り付いている。

 日が暮れて多少涼しくなって来たとはいえ、まだ昼の暑さが残っている。風のざわめきに揺れる入口の鐘の音が、何となく清涼感をもたらしていた。

「ただいまー。」

それから程無くして、明るい声と共に、18、9の娘と20代後半の男が帰って来た。

 男はかなり疲れているらしく、娘に支えられる様に歩いている。

「おかえり、フィー。ディオンさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない。足が棒になりそう。」

椅子に座ると、男はテーブルに突っ伏した。その足元に、白い狼に似た獣が寄り添う。

「こんなに範囲が広いと思わなかった。」

「ディオンはもっと鍛えるべき。子供だって、あのくらいの距離は平気だよ。」

対して、黒髪の娘は全く疲労の色を見せなかった。お腹が空いたと早々にスプーンを持っている。

「待っててくれてたの?わあ、美味しそう。ねえ、早く食べようよ。」

その言葉に、皆はめいめい席につき、食事前の感謝を述べてさっそく食べ始めた。

「やっぱりさ、リオが一番上手だよな、飯作るの。」

口一杯にスープとパンを頬張りながら、サファは数少なくなった鶏の煮込みにフォークを突き刺した。野菜や香草の香りと旨味が染み込んだそれは、口に含むとほろりと溶けた。満面の笑みを浮かべる少年に、リオも思わず頬を緩める。

誰かが美味しいと言ってくれる喜びを最近知ったところであり、だからこそ美味しさへの追求にも熱が入る。彼は農作業や狩りの合間に、村の女性達から料理を教えてもらっていた。結果、他のメンバーとは一線を画する腕前になっている。

「フィーとか壊滅的だし、もうずっとリオが食事当番でいいんじゃねえ?」

「壊滅的って、ひどくない?ようは食べれればいいんでしょ。違うの?」

違わない。

違わないが、そうでは無い。

「肉とか、野菜とか、切ったり焼いたりしただけなんて、料理の内に入らねえだろ。」

「でも食べれるでしょ。独創的な味付けだったら、食べる事も出来ないじゃない?」

「創意工夫が絶妙な味を作り出すかもしれないじゃん。オレの名作にケチ付けるつもりか?」

「はいはい、迷作ね。」

彼女は手にしたスプーンをくるくると回した。そして、一向に食べる気配も動く気配も無い男に視線を向ける。

そーっと手を伸ばして首筋に触れる。びくっとして、ディオンは薄く目を開いた。覗き込んでくる批難めいた緑の瞳からすっと視線をそらす。

「其処まで無理はしてないよ。ちょっと疲れただけ。」

「ディオンは無茶し過ぎなの。又倒れるよ。」

「うん。」

曖昧に答えて、再び目を閉じる。

フィーはため息を吐いた。何となく状況を察して、レティとリオも苦笑いを浮かべる。

「ディオンさんは僕が運んでおくよ。みんなも疲れてるだろうから、早く休んで。」

「サンキュー。オレも今日はクタクタ。誰かさんのお陰で。」

「柵は壊れるものなの。前よりいい柵が出来たから良かったじゃない。村の人達も驚いてたよ。本職顔負けって。」

必要に駆られて習得しただけで全く嬉しくないスキルである。

「あ、それ、オレも思った。」

皿の片付をしながら、サファが思い出したように言う。

「すっげぇ手際いいし。レティって見かけによらず力持ちなんだぜ。ふとい丸太とかもひょいって持つし。」

「そのくらいなら私も出来るよ。」

と、フィー。

レティは顔を顰めた。

「フィーは持ったら砕くだろ。」

「繊細な力加減って難しいのよ。」

「繊細って。全然そんなレベルじゃないと思うけど。」

サファは大きく欠伸をした。さすがに日中の労働が堪えて睡魔が襲ってくる。

「食器は洗っておくから、サファも寝なよ。」

「うん、そうする。」

ふわっと頭を撫でてくるフィーの優しい瞳に、何となく胸が温かくなる。住人が増えて、家の中は急に騒がしくなった。だがそれは、これまでの人生で、感じた事の無い居心地の良さをもたらしている。

 いつまでも続かないこの時をいつまでも続いてほしいと願ってしまう程に。

 干草を積んだベッドに体を投げ出して、サファは、初めて会った時の事を思い出していた。











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