第6話「十五歳の誕生日に」

◇◇◇






 ヴィルヘルミナはいつも首から古びた鍵を提げている。それはとても大切なもので、使っているところを侍女たちは見たことがない。子爵令嬢として迎え入れられた孤児の娘は感情豊かだが、どこか不気味に映っていた。


「十五歳の誕生日おめでとう、ミナ。本当に大きくなったものだね」

「ありがとうございます、お父様」


 笑顔は完璧。振る舞いも実に令嬢らしい。四歳だった頃とは比べ物にもならない美しい娘として成長し、次の年にはデビュタントも待っている。マーロンの期待通りに育った最高の子爵令嬢────というのがヴィルヘルミナの演技における評価。言われたとおりに正しく振る舞い、他の令嬢たちの茶会にも参加して中心人物の座をほしいままにしてみせた。その優れた演技力を発揮すると、パーティでは子息たちの視線すら釘付けにする、誰もが憧れる貴族の令嬢となった。


 たった十五歳の子供が、不気味なほどに周囲を手玉に取った。だが、子爵家での姿はそうではない。恐ろしさすら感じる無感情さで、従者たちとは必要以上のコミュニケーションを取らず、かといって邪険に扱うわけでもない。分け隔てないと言えば綺麗ごとで、事実として興味を持っていないように見えた。


「お父様。お母様は今日はどちらに?」


「伯爵家のマダムと食事の約束があるそうだ。だから我々も、今日は二人だけで食事をしよう。それとも、私とでは退屈させてしまうかな」


 ヴィルヘルミナはやんわりと首を横に振った。


「いいえ、特に退屈とは思いません。むしろお母様がいないと、少し安心します。いつも同じことを私に何度も仰いますから。無駄な期待をされると面倒です」


 子爵家に来て十年が過ぎたが、それでも得られるものはなかった。他者に手を差し伸べる理由もない。意味も感じられない。言葉の裏に棘を持つ者たちと会うのは肩が凝るだけの退屈ぶりで、聞くに堪えないゴシップは稚拙が過ぎた。


「どこの令嬢が誰と恋仲になったとか、結婚したとか……。そんなものが、どう重要だと言うのです。お母様は、私を子爵家の商品とでも思っているのでは?」


 無駄な時間だったのではないか、とふと感じるときがある。マーロンの言葉の意味を理解しようとして、それらが自分にとって無価値なものだったとしたら、なんと勿体ないことをしたのかと後悔が押し寄せた。


「う~ん、どうかな。気持ちは分からないでもないが、それだけ愛情を注いでる証拠でもある。私も君と同様に、あまり理解の出来ない行いだがね」


 政略結婚で結ばれた者同士だからなのか、マーロンは妻を愛してこそいるが、価値観そのものは合わないときがある。のびのびと育ってほしいヴィルヘルミナに対する過剰な期待は、火を興すのに原始的な手段を用いるのと同じで、場合によっては上手くいかないこともよくある話だと考えている。


 そしてそれが、ヴィルヘルミナには最も効果がないことも。


「君には苦労を掛けたくはないのだが、あれはどうしてもそういう性格だ。これまで向き合ってこなかった私にも責任はあるだろう。本来ならばデヴァル子爵家の跡継ぎを産むはずだったからか、彼女なりに君への期待が捨てられないのだよ」


 上流階級の世界におけるしきたりなど知ったことではないとばかりに、ヴィルヘルミナは淡々と食事を続け、話に耳を傾けつつも流していた。あくまで報告的なものをしたつもりであって、理由には興味がなかった。


「ところで、ミナ。その首に提げている鍵は、まだ使う予定がないのかね?」


「……これですか? そうですね、今のところ予定はありません」


「せっかく君に書庫をあげたというのに、まさかまだ一度も入っていないとは」


 鍵を渡されてから、今の今まで、何年も。書庫の扉の前に立ったことさえない。魔法が好きな少女がまるで手を付けないのが不思議で仕方がない。


 意外にも、その理由がヴィルヘルミナにも分からなかった。


「この鍵を使うのに無駄を覚えたことはないのですが。どうしても開けられないでいるのです。……理由は分かりません。優しいを未だに理解できないみたいに」


 使ってしまうと鍵の価値が変わってしまいそうで手放せなかった。中には未知の知識があるかもしれないと分かっているのに。だから、いつも大切にして首から提げていた。眠るときでさえ手放したことはない。


「まあ、それは君にあげたものだから自由にしなさい。それよりも、魔法が好きなのに学ばせてやれなくて悪いと思ったくらいなんだ。そこで、君にとっては退屈だと言うかもしれないが、悪くない提案をさせてほしい」


 マーロンの提案ならば、それなりに考え抜いて出した結論だろう。ヴィルヘルミナは断る理由を感じず「聞かせてください」と返した。今の自分にとって必要な何かが得られる可能性があることに賭けた。


「うむ、では……」


 軽く葡萄酒で口を潤して、マーロンは告げた。


「ぜひとも、君には魔法学院に通ってもらおうと準備を整えてある。どうかな、思いのほか悪くない提案だとは思わないかね?」

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