第九話
そうだ。
宿に戻る前に、菓子折りでも買っておこう。
何も持たずに来訪というのも、外聞に悪い。
人の世界では、そういうものだ。
妾は通りに面した菓子屋に足を向けた。
朝から開いている店で、棚には焼き菓子が並んでいる。派手ではないが、整っている。
そこで、ふと目に留まった。
「……ラスク、か」
偶然だが、似ている。
妾が名乗っている名と、音が近い。
手に取ると、店員が簡単に説明してくれた。
パンを焼き、乾かし、甘く加工したものだという。
「なるほど」
パンを加工して、別の形にする。
元の姿は残さず、だが完全に失われるわけでもない。
妾の名は、竜にまつわるものだ。
それだけの話だが――なぜか、縁を感じてしまう。
深く考えることではない。
だが、悪くない。
贈答用に包んでもらうと、菓子折りは思ったよりも嵩張った。
新しく買った鞄には入らない。
無理に詰めるのは、違うな。
妾はそれを両腕で抱え、そのまま歩き出した。
街を行く人々の中で、菓子折りを抱えた旅人は特別でも何でもない。
空を飛ばず、荷を抱え、信号を待つ。
人の世界にいる、という実感だけがあった。
宿に戻ると、部屋に入り、菓子折りを丁寧に置いた。
鞄とは別に、机の上へ。
これでいい。
「これで、明日の準備は出来ただろう」
あとは、待つだけだ。
妾は外套を脱ぎ、椅子に腰を下ろした。
窓の外では、都会の音が途切れなく続いている。
「……あとは、宿で過ごそう」
そう独り言ち、静かな時間に身を委ねた。
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