滅びそうな呪術帝国で、ボクは今日も生き延びたい
とりさん
プロローグ
帰りたい。
ボクは心底思う。
だってそうだろ? 目の前の光景を見なよ。誰だってそう思う筈だ。
「報告します! 現在、敵勢は攻勢を開始中。我が方は右翼が撤退を開始しました!」
「はぁ!? 撤退だァ? 相手が殴り込んで来るならこっちもぶつかりに行くんだよぉッ! 分かったらさっさと右翼指揮官に伝えろ。敵前逃亡は死よりも重い罪だとッ!」
「はっ! 銀の血が帝都にあらんことを!」
「ああ、帝都は銀の血と共に」
悲鳴、怒号、爆発音、剣戟音───そして断末魔。
鉄臭いの血の匂いと“可燃物”が焼ける匂いが風に流れて顔に吹き付けてくる。人々の熱気とあちらこちらから上がる火の手で熱された空気は、最早熱風と言ってもいいだろう。
空気が肌を伝うたびに薄っすらと汗が浮かぶ。
ボクの眼前に広がるのは、人が殺し、殺され、負け、勝ち、死んで、生きて、怨み、怨まれる。そんな場所。
つまりは、戦場だ。
「ええい! 左翼の戦況はまだ入ってこんのか!?」
「はい。どうやら伝令兵は途中で死んだようです。こちらから向かわせた部隊が移動中に死体を発見しました」
「伝令兵が死んだだと!? それでは敵に前線から浸透されてるということではないか!」
「不味いですな。後方の連絡路で死体が見つかったとなると……左翼も左翼でかなり押されてる可能性が高いですな」
「クソっ! 帝国衛隊の奴らはマトモな情報を渡さない。なにが『敵軍一万足らず』だ! どう見ても二万は超えてるだろ! こっちの数が分かってるのか!? 三千人だぞ、三千人!!」
ボクの後ろでは喧々囂々と指揮官や参謀などの上官たちの怒号が飛び交う。距離が数歩しか離れてないから至近距離で怒号を浴びて耳がキンキンする。
どうやら想定外の出来事があったらしいけど、今日もあまり変わら………おや?
「……ところで君」
「なんでしょうか」
「左翼に派遣した部隊が伝令兵の死体を見つけたと言ったね」
「はい」
「では何故左翼の戦況が報告に上がってこない? 君が死体の件を知っているということは、部隊も此処に帰還したということだろう?」
ん〜〜? あれは……味方の部隊か?
頭のてっぺんからつま先まで泥と土と血と”肉“でコーティングされてて誰だか分からないな。いくらボクの鷹並みに視力が良いとは言ってもあそこまで汚れてると相手の服装すら分からない。
まあ何処かで激戦繰り広げて戻って来た部隊の人達でしょう。
……けどなんか違和感がなぁ。ちょっと君、手に持ってるやつ頂戴。
「はい、いいえ。部隊が帰還したのは行きで伝令兵の死体を見つけた時です。その時に周囲に潜伏していた敵部隊に攻撃を受け、部隊は壊滅状態に追い込まれました。残存部隊はその後、決死の覚悟で此処まで撤退しましたので、結局のところ誰も左翼陣地には辿り着いてません」
「なるほど。で、その生き残りはちゃんとここまでのルートを欺瞞したのか?」
「恐らくは”いいえ“です。先ほど見たところ彼も重傷だったので。敵部隊の様子を確認している暇は無かったかと」
ありがとね……よっと。重いなこれ。
ボクが今持っているのは「アーキバス」と呼ばれる遠距離熱火器。
鉄の筒に火薬と鉛の弾丸を入れ、棒で奥まで押し込む。それで引き金を引くと押し込んだ先に火のついた火縄が落ちて、火薬が爆発して弾が飛び出す……要するに火縄銃のことだ。
金属加工の分野で卓越した技術力を有する同盟国から輸入したアーキバスを構えて狙いを付ける。
狙いは───前から歩いて来る例の部隊。
「閣下。本当に不味い事態になりました」
「───から早馬でも走らせ……なんじゃ? 何があった? 今この状態よりも不味いことか?」
「ええ。此処の場所が───本営の位置が敵に露見した可能性があります。左翼との連絡路で待ち伏せを受けた部隊が隠蔽もせずにここまで撤退したようです」
「なんだと!? 最悪だ! その敵部隊が直接来るにしても後方に戻って味方を引き連れてくるにしても、此処には大した人員がおらん。動かせる部隊は軒並み送り出した後なんだぞ!?」
部隊の人数は計5人。部隊との距離は大体300メートルかそこら。
馬の上に座ってるから視点が高くて周囲を見渡しやすい。凄いよね軍馬って。普通こういう命のやり取りしてる場所に馬を突っ込ませるとヒビって逃げちゃうんだけど……この子はジッとしてくれてる。ボクがアーキバスを構えるために背中の上でゴソゴソしててもね。
フロントサイトとリアサイトを標的にすっぽりと収まるように照準を合わせて、ストックに頬をしっかりとくっつけて視線を固定する。
購入時に技術者からレクチャーしてもらった通りに射撃態勢に移ったボクはジーッと照準の先にある部隊の一人を見つめる。
「なら取れる手段はひとつです」
「それは一体なんだね?」
残り250メートル。
本営が置かれた天幕。その入り口の両脇に立つ歩哨は、いきなりアーキバスを構え始めたボクをギョロリと見ると、次いで銃口が前方の部隊に向いているのを見て慌て始める。
「本営の撤収です」
「なッ!? 貴様は撤退しろというのか?!」
残り220メートル。
相変わらず彼らの表情は分からない。だけど分かることもある。彼らは“汚れ過ぎている”。
そう、髪も顔も服装も。まるでそれら全部を隠すように。
「はいその通りです。重要な書類が多く置かれた此処が敵に渡るのは拙過ぎる」
「撤退の意味が分かってるのか? 一介の兵卒が独自判断で一時的に退避するのとは責任の重さが違うのだぞ?」
残り210メートル。
ゆっくりと息を吸う。
肺が土煙混じりの汚れた空気で満たされる。
彼らは一歩ずつゆっくりとこちらに歩みを進める。まるで疲れ切った味方のように。相手を油断させるように。
張り詰めた空気を感じ取ったのか、歩哨たちも彼らに静かに警戒しつつ、地面に突き立てた長柄武器のグレイブをゆっくりと構える。
「ならんならん!! 撤退などするものか!! そもそも先ほど右翼には敵前逃亡は死罪だと伝えたばかりだぞ!? それなのに我々が撤退しては示しが付かん」
「閣下。此処は“示し”などという曖昧な要素では無く、軍事面から考えるべきです。幸いなことに我々は未だ負けておりません。このまま後方まで下がって再設置してから指揮系統を再編すればいいでしょう? どうか賢明な判断を」
「ぐぬぬ………」
残り200メートル。
命中すれば確実な殺傷力を齎す距離───有効射程に入る。カタログスペックが本当ならもっと長いんだけど、ボクの射撃スキル的にはこの距離が限界らしい。
自然なリズムで数度呼吸し、最後に息を吐く。
肺の空気が抜け、数秒間発生する無意識の無呼吸時間。
重心が最も安定するタイミング。
───いける。
引き金を引いて暫くして……パンッ! と火薬の爆発音を轟かせながら弾丸は真っ直ぐ飛び───先程までとは打って変わって地面を踏み込み、こちらへと突撃しようとした標的の頭を撃ち抜いた。
……やっぱり敵だったか。戦場で感じた違和感って大体気の所為じゃないんだよね。最初、彼らを見た時に違和感に気付いて良かった。
ボクが弾丸を撃ち込んで───或いは偽装をやめて本営へ突撃を始めた彼らを見て───歩哨たちも残りの4人へと突撃し、白兵戦を始める。
あ、君はアーキバスの弾込めしといてね。
「何が……」
ボクの銃声を聞いてか、本営の天幕で何やら言い争っていた参謀のひとりが外の様子を見るためにこっちに歩いて来る。
敵襲ですよ。もう対処したんですけどね。
「なんと……」
まあ、まだ歩哨たちが戦闘してるけど……もうじき終わるでしょ。実質対処済みたいなもん。
それにしても……買っててよかったアーキバス。
ボクの月給の半年分が飛んだけど、でもそれに見合う“活躍”はしてくれた。整備のための年間保証サービスとか、別売りの火薬と弾丸とかもあるから相当痛い出費だった……。
戦闘で破損したり汚れたりした服とか武器とかは軍とか国が支給してくれる。だけど比較的新しい兵器であるアーキバスは、まだ大々的に採用して配備する程広まってはいない。必要なのは戦場での確かな実績。つまりどれだけの敵兵をアーキバスで殺したかという記録だ。
ボクの目的はアーキバス───ひいては遠距離兵器、特に火薬を利用した熱火器を全面的に採用させて、この国───ミケネ帝国の軍事力を底上げすること。
ボクは知っている。
火薬を用いた兵器がこの先の時代の戦場を席巻することを。
ボクは知っている。
今でこそ一分間に2、3発撃てればいい方で、命中率も低いし、大きな音も出るこの兵器がやがて世界の軍事戦略を根底からひっくり返すことを。
ボクは知っている。
やがては戦場に立つひとりひとりが毎分数百発を超える弾丸を敵へばら撒き、後方からは地面を陥没させる程の威力を持つ巨大な弾丸───砲弾が敵陣へと降り注がれるようになることを。
……ところで君? 早く弾込めしてくれない? 終わったならさっさとボクに渡して───
「……ぁ、がぁ……」
呻き声と共にガタンと物が落ちる音がする。軍馬の横からだ。
面倒な装填作業とか荷物持ちをやらせてる小間使いが居る筈の場所だ。
「…ご、ぼ……カハッ……ぁ……」
「大丈夫か?」
大丈夫じゃないんですケド。
なんだかイヤな予感がしつつも横───騎乗してるので正確には足元───を見ると其処には奇っ怪な呼吸音を立てながら喉を押さえる小間使いがいた。
地面にはアーキバスが落ち、火皿に乗っかった火薬と火縄の燃え滓がサラサラと土の上に溢れている。
……は?
小間使いの方をよく見ると、喉を押さえている両手からは血が滴り落ち、口の方からも頬を伝って血筋が流れ落ちている。これは何度も見た光景だ。喉笛を掻っ切られた時の人の様子だ。
なんで……?
「そこの奴隷が隠し持ってた短剣でお前を刺そうとしていたからだ」
下手人である参謀は右手にサーベルと呼ばれる片手武器を持ちながら切っ先でほら、と小間使いの後ろを差す。刃には血が付いている。
その位置はボクから見えないんだけど……。
グイッと鐙に乗せている足に力を込めてお尻を浮かせようとすると、力を込め過ぎたのか、それとも脇腹にボクのつま先がめり込んだのが嫌だったのか、軍馬は抗議するように身動ぎする。ごめんね。
細々とした馬の操作が苦手で下手に動かすわけにはいかないボクがなんとか見ようと格闘していると、突然小間使いが崩れ落ち、それと同時に後ろに落ちている短剣も見えるようになる。
刃渡りは15センチくらいある、どっちかというと包丁のような……ってかこれどっかで見たことが……あっ!
「心当たりはあるか?」
これボクの家の包丁だね。刃物は小間使いのような奴隷では買えないから主人のボクが買ったんだよ。刃物屋さんで切れ味バツグンってオススメされて買った覚えがある。
「出処が分かっているならいい」
足先で小間使い───の死体を小突きながら安心したように息を吐く。本当に良かったと言う様に。武器の出処が分かっていることに対して。
この国───ミケネ帝国は奴隷が武器を持ち主人に反旗を翻すことを心底恐れている。いや、恐れているという表現は適切ではない。
嫌がっている、のだ。
理由は単純。ただただ対処が面倒臭いが故に。
まともな教養がない。得ようともしないし、例えやる気があっても得られない奴隷という身分は、それ故に何も考えずに集団意識に合流し、何も考えずに行動を起こす。例えば反乱、とか。
そうなった時、帝国の支配者たる自分たちが取れる手段は限られる。
交渉か、鎮圧か。
態々奴隷と、しかも反乱を起こした奴隷たちと交渉するのは余程のことが無い限りあり得ない。よしんば有ったとしても後で交渉を破棄し、自分の身分を思い出させてやるだろう。
結局最後には同じ結果を辿る。すなわち暴力による解決。物理的な集団の解散。
取り敢えず集団の半分を殺しておけば大抵の反乱は解決できる。
だがそれは同時に、反乱が起きた時、半分の奴隷は確実に失うということでもある。鎮圧する側にとって大切な、奴隷という資産が。
それは帝国にとっても、また皇帝に忠誠を誓う臣民たちにとっても損なことだ。
そうした理由から、奴隷が武器になるもの───包丁が最たる例だ───を持つ時には奴隷の所有者である主人が監督し、何かあった時に責任を持つ法律がある。包丁を奴隷が買うことが出来ないのも同様の理由からだ。
「これでもし出処が分からなかったら帝国衛隊の厄介になってたかもしれん。最近起きた自由市民どもの反乱が、王国の工作活動によるものとかで奴らも少々ピリついてるからな」
それは……怖い。主に命に関わるという理由で。
秘密警察の気がある帝国衛隊は、帝国の特権階級や支配階級たる臣民と貴族たちにすら手に掛けかねない危うさを秘めてる。
まあなんにせよ、このクソ奴隷の件はこれで解決だ。誰かに責任を問われることもない。…………帰ったら覚えとけよ。
「? 何かするのか?」
ん? ああ、こいつ両親と妹がいるんだよね。一家全員ボクの奴隷なんだけどね。家族がいるから裏切ることは無いって思って連れてきたのに……。
「それは残念だな。ただ殺すのは辞めておいたほうがいいぞ」
どうして? 確かに帰ったら両親の前で他の奴隷に妹を[
あともうちょっとで殺されてたかも知れないんだよ。……まあ刺された所で
「お、おう……。いや、な? それはいいが、今回の戦いは我々の負けだ。閣下は認める気が無さそうだが。とはいえ勝負はもう決まったも同然。つまりは……」
つまり?
「新しい奴隷が入って来ない。戦争捕虜の獲得もも銃後の奴隷狩りも出来ない以上、奴隷の価格は上がるだろう。新しく購入するのは難しくなる。殺さない方がいいと言ったのはそういう事だ」
なるほど。確かに一理あるね。
ミケネ帝国の人口の7割を占めるのが奴隷階級だ。それだけの割合の人数が誰かの所有物として、そして帝国の諸産業を動かす歯車として、日々労働を行っている。彼らが望むと望まざるとに限らず、だ。
ボクが今着ている服も今日の朝食も軍馬の世話をするのも武器を作る───は違うけど、材料の鉱石を採掘するのは奴隷の仕事だ。
日常・非日常のあらゆる所で奴隷による生産と帝国臣民や市民による消費が行われている以上、帝国の経済は奴隷に依存していると言ってもいい。
そのため奴隷市場の動きは今後の帝国の経済を左右する重要なファクターとなる。そしてそれが帝国を戦争マシーンにしている原因でもあるのだが……まあそれはいいだろう。
兎に角、今回の戦争で奴隷は得られない。要するに無利益、死人が出てることも考えるとマイナスと言える。結局アーキバスの有用性も負け戦のせいで霞むだろうし。
戦争することには反対しないけど、ちゃんとそれに見合った成果を上げてほしいものだよ。
あ〜帰って何しよう。研究の続きでもするかなぁ……。
……あ、そうそう。これだけは言っておかないと。
「なんだ?」
助けてくれて、ありがとね。
「……っ、気にするな。こちらもそちらのお陰で敵の襲撃に気付けたのだからな」
小間使いの死体から視線を外し、再び戦場の方を見ると、先程まで白兵戦を繰り広げていた歩哨たちが戻って来る。
彼らの後ろで地に伏せた敵兵を見る限り、彼らは無事に勝利したらしい。
───ウォォォォオオオオオオオ!!
戦場の向こう。恐らく敵の陣地がある方向から勝鬨が響き渡る。
見てるだけで憂鬱になってくる程どんよりとした空模様も、まるで敵の勝利を祝うように晴れ渡っていく。
こうして有史以来、何度目になるか数えることすら辞めたアスケラ山脈東部───エオス回廊での国境紛争は帝国の敗北に終わった。
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設定資料は作ったので、そのままの勢いで書いてみたやつです。
一応、幾つか「◯◯編」みたいに流れは考えてあるので今後も続きます。
ただ充電してから一気に放出するか、書き終わり次第逐次投入になるかはまだ決まってないので……その辺はご容赦を。
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