忘れられないあの娘の目

三愛紫月

タイムリミットが近づいている

 不妊治療でステップアップしていく気持ちがおきなかったのは、あの娘の目を思い出したからだろう。

 

 私があの娘に出会ったのは、夫ともうすぐ結婚することが決まって浮かれていた時期だった。


 幼い頃に両親が離婚し、中学2年の冬に母を亡くした私にとって、姉以外の家族が出来ることはとても嬉しい事だった。


 母を亡くしてから家族への憧れが人一倍強くなった私は、家出までして姉に迷惑をかけたのだ。


 そんな私が夫に出会ったのは、ずっと追いかけていたかった夢を諦めなくちゃならなくなった時だった。

 

 結婚なんかしない、1人で生きていくそう心に決めた私に出来た新しい夢は母親になることだ。

 

 結婚生活に夢をもって浮かれていた私は、ある親子に出会った。


 その親子は、保育所の近くの路地裏を歩いている。


 左手に杖をつき右手は駐車場のフェンスにしがみついて歩かないと歩けない母親。

 歩くスピードは、ゆっくりで小さな子供ぐらいの歩幅だ。

 その後ろからついてきているのは、6歳ぐらいの女の子だった。  

 彼女は、眉間に皺を寄せて母親の姿を見つめる眼差しは悲しそうだ。

 時折、彼女は母親から距離をとるために立ち止まり、空を睨むような仕草をする。

 たぶん、一緒に歩きたくないんだろう。 

 彼女の顔を見ると、どうして私だけと言いたそうに唇を噛み締めて母親を睨んでいる。

 母親が彼女がついてきてないことに気付き立ち止まると、急ぎ足で距離をつめていた。


 私は、その親子に未来の自分の姿を見た気がした。



 子供を産むのは、私のエゴなんだ。

 彼女を見て、そう感じた。

 彼女の母親が最初から障害があったかどうかは私は知らない。

 もしかすると、あとからかも知れない。

 でも、私は違う。

 初めから、歩けなくなる未来が来るとわかっている。

 そんななかで、子供を産みたい育てたいなどエゴではないのか?


 そんな自問自答を繰り返しながら夫と結婚した。

 結婚したら不思議なもので、私はまた幸せ気分に浮かれたのだ。

 彼女のことは忘れていたし。

 何歳までに子供が欲しいねなどと夫と話をしていた。


 しかし、私の体は忘れてなどいなかった。

 結婚式を終えて、いつから妊活を始めようかと考えていた私に、体は裁きを下した。


 新婚旅行から帰ってきてしばらくしてから、急に体調不良が続き病院へ行き、いろいろ調べても胃腸炎としか言われなかった。

 薬をもらってもいっこうによくならず、寒いからと体温計を計れば35度を下回っている。

 さすがにおかしいと思った私は、ある人の言葉を思い出した。

 

 その人は、体温が低くて病院に行ったら、卵巣に病気が見つかったと言っていた。

 それかもしれない。

 半年前にブライダルチェックとして癌検診を受けていたから、まさかないとは思ったけれど、夫に言って産婦人科に連れて行ってもらった。


 検査の結果。

 私は、子宮がんの前段階であることがわかった。

 先生からは、いつ癌になってもおかしくないほど、悪い細胞が多いと言われたのだ。

 もし、私が30歳を回っていたら子宮を摘出していたと話された。


 新婚だったのと28歳という年齢を考えた先生は温存を選んでくれた。

 子供が欲しかった私は、この診断に安心した。

 帰宅してからは、毎日必死にいろいろ調べて、自分に出来ることを全てやってみたのだ。


 一年半が経ち、ようやく悪い細胞は全て消えてくれました。

 そして、先生から不妊治療専門病院を紹介されたのです。


 病院に行き、検査をしたら排卵がほぼされていない事実を知りました。

 まずは、排卵誘発剤を使ってのタイミング療法。

 そこで、私は奇跡的に妊娠します。

 しかし、継続はできずに流産してしまいました。

 

 その時に通っていた病院の先生からは、すぐに妊活はしてはいけませんと言われました。

 どれぐらい期間をあけたらいいですか?と尋ねると3ヶ月はあけないといけないと……。

 先生の話では、体への負担やそれ以外のことも考えるとすぐに再開していいとは言えないと言っていました。

 

 夫と話してしばらく体を休めることに専念しました。

 そして、3ヶ月ちょっとが経ち。

 先生から、再開してもいいよと言われたので妊活を再開しました。


 妊娠期間中、喜びと共に私はあの娘を思い出していました。

 そのせいで、母親になる覚悟が少し揺らいだのだと思います。

 私のお腹の子は、それに気づいて産まれてくるのをやめてしまったのでしょう。


 それだけじゃなく、不妊治療の病院が私達夫婦に合わなかったので、病気を見つけてくれた病院でできることだけをすることに決めました。

 排卵誘発剤とタイミング療法をしながら、妊活を再開しました。


 しばらく経った頃。

 体は、また私を裁きました。

 夫の実家からの帰り、急に体調が悪くなりました。

 夜間救急病院に行くと、血圧がエラーで計れませんでした。


 これは、ヤバい。

 死にたくない。

 母親が脳の血管が切れてなくなっているので、怖くて怖くてたまらなかったです。

 しばらくして、血圧を計ると200の180でした。

 診察をしてもらった結果、異常はありませんでした。

 血圧も下がったので、帰宅することができました。

 


 次の日。

 産婦人科に行き、先生に話すと。

 血圧が上がったのは、排卵誘発剤の副作用だと言われました。

 この日。

 私は、先生からもう治療は出来ないと言われました。


 あれから、何年も経っていますが妊娠することはありません。

 やっぱり、私の未来はあの親子になる予定だったんだろう。

 諦めたくなかったし、本当は3人は欲しいって思ってました。

 だけど、私は母親になる覚悟が出来ていないんだと思う。

 あのお母さんみたいに、私は強くなれないと思った。


 母を早くに亡くして大人達から可哀想だと言われ続け、足が悪くなっても若いのに可哀想と言われてました。

 たぶん、私は。

 自分の子供が可哀想って言われるのが嫌なんだと思う。

 

 転けたら二度と歩けなくなってしまう私は、走り回りたい小さな子供にハーネスのようなものをつけなくちゃならない。

 保育所や小学校の運動会なんかも参加出来ないし。

 何より、5キロ以上のものを抱えて歩くことは出来ない。

 小さな子供がそれを我慢できるだろうか?

 きっと、あの娘のように空を睨むだろう。

 どうして私だけって思うだろう。

 そして、見知らぬ誰かに可哀想だねって言われるんじゃないだろうか?


 子供に浴びせらる全ての言葉や視線から、私は守ってあげられるだろうか?

 もちろん、夫もいる。

 だけど、日中長い時間を過ごすのは私だ。

 そう考えると私が子供を産むのはエゴなんじゃないかと思えてしまうのだ。


 なかなか妊娠ができなくて、いろいろ考えたりもした。

 里親や特別養子縁組とか。

 だけど、障がい者の人がやってるのかな?って思って調べたら心身共に健康とかって書いてたりするから。

 あーー。

 無理なんだねって悟りました。


 来世は、子だくさんになれたらいいなって思うしかできない。

 そうじゃなかったら、私を小学生の時に轢いた人を憎んじゃいそうだ。

 自分なりの答えを見つけながらも、上がったり落ちたりするメンタル。

 


 友人や知人の子供の投稿見るたび、私は何でできないのとか悲観的になったりもする。

 


 老後とか考えた時に、子供いなかったらどうするのとか思ってたんだけど。

 私の母は40代で亡くなって、伯父は60代で亡くなって。 

 2人とも、親より先に亡くなってる。 

 そう考えたら、子供が絶対生きているとも限らないんだよね。


 そう考えたら、何だかすこし楽になった。

 結婚したら子供がいるのが当たり前。

 実際に、私の周囲はずっとそうだった。

 だから、子供ができない自分は駄目な存在だって思って悲しくて消えたくなった。


 だけど、それは違うって今は思う。

 当たり前がたくさんあるんだってことを私は、今、学んでいるんだと思う。


 昔は、自分より後に結婚した友人に子供が産まれて、幸せそうなの見て腹立たしいし悲しかった。

 結婚も出産も勝ち負けじゃないって頭でわかっていても、心がわかってくれなかった。


 だけど、今は少しだけ。

 心がわかってくれるようになった。

 未来はどうなるかはわからないけれど。

 今は、夫と1日でも長く暮らすために努力しようと思っている。

 


 あと、40歳には歩けなくなると言われた歳になるので。

 足を長くもたせて歩き続けるのが、今の私の夢だ。

 夢だけど見ているだけじゃなく、しっかり叶えるために努力しようと思います。




 忘れられないあの娘は、きっと20歳ぐらいになっているかな?

 今は、空を睨まずに笑っているだろうか?

 お母さんと並んで歩いているだろうか?



 母親は、どんな形でも生きていてくれるだけでいいんだよ。

 私も結婚して、それに気づいた。

 いつか、あの娘も気づくと思ってる。

 そして、どうか幸せでありますように……。

 


 

 






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