きみのうた
香久山 ゆみ
きみのうた
ターミナル駅を降りて、駅前広場では若者達が賑やかにしている。そんな通りから少し外れた、歩道橋の下の隅っこ。その歌は、そこから微かに聞こえてきた。
べつに、その歌を聴くためにわざわざその道を通ったわけではない。たんに、知人の事務所を訪れる通り道だっただけだ。彼の歌声にそんな力はなかった。
ただ、クリスマス商戦に彩られた街の明かりも届かないような、真冬の夜のなかでもいっとう寒いような場所。そんな場所をわざわざ選んで歌うのはどんな人物なのだろう。そう思い、ちらと視線を向けた。
その場所に似つかわしい人物、というと失礼になるだろうか。年齢不詳の二十代とも三十代とも見える、いややはりまだ二十代だろう、細身の青年が寒空の下、ないよりはましという程度のペラペラの綿もほとんど入っていなさそうなダウンジャケットを着て、寒さのせいか空腹のせいか、か細い歌声は震えていて音程も安定しない。年季の入った中古と思しきアコースティックギターは先程から同じコードばかり繰り返す。お世辞にも上手いとは言えない。
人通りの少ない道で、足を止める人は誰もいない。
青年の足元に置かれた空き缶には一円玉ひとつ入っていない。
そんな青年が哀れに思えて、ポケットを探って出てきた数枚の小銭と千円札一枚を空き缶に入れた。断じて彼の歌に感動したわけではない。これで何か温かいものでも食えよという、ちょっとした善行のつもりだ。サンタクロースからのプレゼントだと思えばいい。
黙って立ち去ろうとしたが、小銭を入れて体を起こした拍子に青年と目が合った。白髪の俺に、青年は驚いたような表情を向けた。なんとなく黙って行くのも気まずく、「頑張れよ」と声を掛けた。「は、はいっ」と青年は引っくり返った声を上げた。
数ヶ月後、再びその駅に降りる用事があった。
青年のことなどすっかり忘れていたが、彼はまたそこにいた。あの時の歌声のままに。……要するに、まったく上達していない。
何事にも才能の有無というのはあるが、彼には間違いなく歌の才能はない。また、ないならないなりに自己学習で努力したり、スクールに通ったりして多少なりとも進歩したりするものだが、残念ながら彼にはそのような形跡も見受けられない。不器用だが一生懸命な人間なのだろう。
今度はそのまま通り過ぎようとしたが、青年の方から声を掛けられた。この頭が目立つのかもしれない。仕方なく足を止める。
「あのっ。僕、こないだ貴方にその調子で頑張れって激励してもらって、それで夢を諦めずに毎日歌い続けてきました」
「ああ、うん……」
そんなこと言ったかな、言ったかもしれないな。と思いながらも、強いて厳しく諭したりする程の間柄でもないので、曖昧に微笑み返す。立ち止まったついでに、ポケットの中の金を空き缶に入れる。やはり缶には一円も入っていない。
「君さぁ、路上じゃなくてネットに動画をアップしたりしたら?」
そしたらこんな寒い場所に立ち続ける必要ないし、ここより多くの人の目に触れるだろ。と、親切らしく付け加える。俺は当面仕事のスランプでこの駅を利用せねばならないから、毎回こいつに会うのも面倒だ。
「いや、実は僕ケータイも止められちゃって」
はにかんだ表情ははじめて若者らしく見えた。けど、どうしても自分の作った歌詞をみんなに届けたいんですっ! 顔を赤くして言う。歌う時もそれくらい大きな声を出せばいいのに。
こんな奴らを山程知っている。
甘い夢を見て、それに人生を賭けるみたいなことを言いながらも、頑なに正攻法しか認めない。それで早々に夢破れて、サラリーマンになって、平凡な人生を送るのだ。今度は、いつまでも夢を追っている俺達みたいなのを馬鹿にしながら。
「君の歌、世界に届けるの手伝ってやろうか」
そう言ってスマホカメラを向けると、恥らいながらも歌い出す。相変わらずひどい音痴だ。俺の何気ない一言のせいで、続ける決意をしてしまったのなら申し訳ない。けど、歌詞はそれ程悪くもない。俺が忘れちまったような青臭い気持ちを縷々綴っている。
シンガーソングライターで売り出し、一時はそれなり人気を博したものの、現在スランプに陥っている。人気のあるうちに売れという事務所の方針で中途半端な曲を作り続けて、俺の泉は涸れてしまった。何某先生の事務所へ行って曲を作ってもらって来いと言われる始末。目立つ髪をしているのに、今や人に指されることも少ない。
彼の曲をアレンジすれば、結構俺に合う曲になりそうだ。キャッチーなサビを付けてネットにアップすればそこそこバズるかもしれない。青年の音痴でか細い歌声では、よもや誰も同じ曲とは思わないだろう。
これで話題になればラッキーだし、そうでなくても当面事務所からやかましく言われることはなくなるだろう。
彼が歌うより、俺が歌う方が曲のためだ。あくまで、彼の曲を世界へ届ける手伝いである。
そんなことを考えながら、録画終了のボタンを押した。
きみのうた 香久山 ゆみ @kaguyamayumi
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